韓国の与党系議員らが今月、北朝鮮関連の取り締まりの中核を担ってきた「国家保安法」の廃止法案を国会に提出したことを受け、警察や情報機関など安保当局の間で強い反発が広がっている。長年、対北朝鮮の諜報・防諜捜査に携わってきた元幹部らは、「法律がなくなれば、事実上、北朝鮮スパイの捜査ができなくなる」と警鐘を鳴らしている。

国家保安法は、韓国で北朝鮮を「反国家団体」と位置づけ、スパイ活動や指令の受領、利敵行為などを処罰する特別法だ。冷戦期に制定され、現在も対北安保法制の柱とされている。一方で、思想・表現の自由を過度に制限してきたとの批判も根強く、今回、与党系議員が廃止に踏み切った。

パク・ジュヒョン前警察捜査研修院安保捜査学科長は17日、韓国メディアの取材に対し、「国家保安法が廃止されれば、警察の対北スパイ捜査は全面的に中断されかねない」と指摘した。現在、国会では刑法上の「間諜罪」を改正し、処罰対象を『敵国』から『外国』へ広げる案が審議されているが、「それでも空白は埋まらない」と強調する。

その理由についてパク氏は、「韓国の法体系では北朝鮮を国家として認めていないため、外国を前提とする間諜罪の適用には根本的な限界がある」と説明する。改正案は北朝鮮対策を意識したものだが、成立しても、地下組織との接触や指令の受領といった典型的な対北工作活動を網羅的に処罰するのは難しいという。

20年以上にわたり安保捜査に携わってきたという同氏は、「北朝鮮と連携した工作活動や、表に出にくい利敵行為は、国家保安法以外の法律では細かく対処できない」と述べ、同法の存続を訴えた。「極端な話、ソウル中心部で金正恩総書記の顔が描かれたTシャツを着て北朝鮮の国旗を振る行進が行われても、法的に制止できなくなる」とも語っている。

現場の警察官の間にも戸惑いが広がっている。安保警察の事情に詳しい関係者は「廃止の理念に共感できないという声が圧倒的だ」と明かす。「進行中の捜査が止まるだけでなく、すでに有罪が確定して収監されている受刑者から再審や釈放を求める動きが相次ぐのではないか、との懸念も強い」という。

実際、国家保安法は現在も頻繁に適用されている。韓国警察当局が国会に提出した資料によると、2015年から今年8月までに警察が国家保安法違反容疑で検察に送致した人数は342人に上る。同じ期間に国家情報院は82人、国軍防諜司令部は8人を送致しており、年間40人以上が北朝鮮関連の安保脅威や反国家的行為で摘発されてきた計算になる。

元国家情報院の対共捜査要員は「国内で活動するスパイは15万人に達すると推定される」と主張し、「国家保安法がなくなれば、韓国の安保システムは根底から揺らぐ」と警告した。ファン・ユンドク前国情院対共捜査団長も韓国メディアの取材に、「北朝鮮関連の利敵行為を処罰する法的根拠が失われ、情報機関の活動は大きく制約される」と語って廃止に反対した。

ファン氏はその根拠として、「韓国憲法は、大韓民国政府のみを朝鮮半島の唯一の合法政府と規定しており、北朝鮮は反国家団体と解釈される」と指摘した。「この憲法解釈が維持される限り、反国家団体を規律する国家保安法は不可欠だ」との立場だ。

なお、憲法裁判所は2023年、国家保安法をめぐる憲法訴願について条項別に合憲または却下の判断を下しており、同法が憲法に違反しないとの判断は8回目となった。

一方、廃止に反対する世論も急速に拡大している。国会の電子請願制度には、国家保安法廃止に反対する請願が2件提出され、合わせて30万人以上が署名した。

国家保安法廃止案は、与党「共に民主党」のミン・ヒョンベ議員、革新系の祖国革新党のキム・ジュニョン議員、進歩党のユン・ジョンオ院内代表らが今月2日に代表発議し、与党系議員31人が名を連ねている。発議理由では、「国家保安法は日本統治期の治安維持法を継承し、思想の自由を抑圧してきた悪法だ」としたうえで、「冷戦体制の終結や南北の国連同時加盟などにより、存続の根拠は失われた」と主張している。

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