ドラッカーの名言・至言は、日本の経営の現場にどのように浸透しているのだろうか。星野リゾートの星野佳路代表は、ドラッカーやマイケル・ポーターなどの経営書を愛読し、その実践に取り組んでいるという。
吉田 星野さんは、ピーター・ドラッカーやマイケル・ポーターの経営理論を確実に形にする経営を実践しているとか。それはどのような理由からなのですか。
星野 経営の現場ではさまざまな課題が出現します。たとえ予想外の出来事であっても、十分に手を打てなければ当然、会社は危機に直面します。しかし一方で、課題に答えやヒントを与えてくれる経営書はきちんと存在するのです。
世界最高レベルの頭脳を持つ碩学が、調査や研究を尽くして法則性を見出し、知識を体系化してくれている。ならば素直に、その教えに従うことが最も賢明でしょう。ただし、「3つのことを為せ」とあるならば、必ず3つをやりきること。1つ2つといった中途半端なやり方では絶対に成功しません。
吉田 最近の課題はどのようなものですか。
星野 今取り組んでいるのは、イノベーションを組織の仕組みに内在化させることです。
吉田 ドラッカーが、『イノベーションと企業家精神』(注1)で語っているところですね。
星野 ええ。ドラッカーはイノベーションが起きるきっかけとして「7つの機会」(注2)を示しています。最初の4つが経営組織の内部に関わること、残り3つが環境変化など外部のものです。何より目を引かれたのが、第一の機会「予期せぬことの生起」、すなわち「予期せぬ成功、予期せぬ失敗、予期せぬ出来事」でした。
リゾートホテルや旅館の仕事は、予期せぬことだらけです。正直、クレーム対応は憂鬱でおっくうなものですが、しかしドラッカーは、イノベーションのきっかけとして、真っ先に「予期せぬことの生起」を挙げている。「そういうとらえ方があるのだ」と分かるだけで、クレーム対応がまったく別のものに変わるのです。
吉田 クレームは、情報の宝庫だと言いますね。
星野 星野リゾートは全体で毎年150万人ほどのお客さまをお迎えしています。いただいたご意見やお叱りはすべてもれなく集約し、5つぐらいに分類して対応策をまとめています。
一方、私たちは「新魅力開発」と言って、それぞれの施設が地域らしさを生かした新しい魅力の開発を絶え間なく続けています。「春にはこんな企画」「冬ならば、こんなアピールを」といった具合です。
このように、クレーム対応や計画立案、さらに言えば業務改善なども、かなり仕組みとして練れてきています。ただ、私は、それがドラッカーの言う「イノベーションの機会」とは思えないのです。
ドラッカーの真意は、計画されていることや、対応策があるから生まれるのではなく、予期せぬもののなかに転がっているヒントを感じ取り、面白がってこそもたされるのではないか。そう考えると、まだまだ生かせていない失敗や機会がたくさんあると思うのです。
吉田 取り組み始めてから、どれぐらい経ちますか。
星野 2年ぐらいですね。マイケル・ポーターの『競争の戦略』(注3)を全社員で学び、強みの分析や生かし方などは定着してきました。そこで、次なる課題として、組織内にイノベーションを内在化させる取り組みを始めたのです。
私が期待しているイノベーションは、改善を超える領域にあります。
吉田 組織のフラット化にも長年、取り組まれていますね。
星野 フラットな組織づくりは、星野リゾートのすべて、つまり本社だけでなく各ホテルや旅館の現場でも実践されるべき最も重要な取り組みです。人事評価でもウェイトの大きな項目となっていますし、ケン・ブランチャード(注4)の『1分間エンパワーメント』は私たちの教科書です。
誤解のないように言っておきますと、フラットな組織とは役職数が少ない、組織図にしてピラミッド階層が薄い、ということではありません。あくまでも人間関係のフラットさです。人間関係のフラットさが組織運営の前提になっていなければ、言いたいことを言いたい人に言えなくなります。
日本には年功序列の文化があり、ただでさえ若い人は先輩や上司にはものを言いにくい。だから星野リゾートでは、互いを役職名ではなく「さん」付けで呼びます。決裁権限は総支配人やディレクターにあるけれど、私はいつも「権限はあるが、それ以上でもそれ以下でもない」と言い続けています。
吉田 そうできれば理想的ですが、やっぱり本音と建前が残ってしまいませんか。
星野 いや、そんなことはないですよ。
しかし現地の従業員に「フラットな組織」の考え方を説明し、経営情報も包み隠さず開示してきたところ、島への誇りが強いだけに「(お客さまには)ランギロアはよいところだと思って帰ってほしい」と、新しいサービスや改善案をどんどん出してきたのです。
日本での運営となんら変わりません。星野リゾートの仕組みを、そのまま移植できる。これは嬉しかったし、大きな学びになり、自信も得ました。2017年には星のやバリをオープンしましたが、ここでも従業員の意欲は同じでした。
これまで、タヒチのような島のリゾートでは、本社が作ったマニュアル通りに動けと言われ、単なる労働力としか見られてこなかったのです。しかし私たちは、「君たちはサービスクリエーターだ」と言う。クリエーターとしての働き方は、本当に楽しいのだと思います。
吉田 ドラッカーは『現代の経営』(注5)で、「目標管理の最大の利点は、支配によるマネジメントを自己管理によるマネジメントに代える」ことだと言っています。
星野 なるほど。確かに、そういう見方もありますね。マルチタスクは、主に生産性の向上という観点で考えていました。
吉田 星野さんは、「観光に従事する者は、お客さまを喜ばせたいという気持ちを持っているはずだ。私はそう信じたい」とおっしゃっていますね。国を問わず、信じて任せてくれることは嬉しいから、張り切ります。
星野 そこでこちらは、自由に活動してもらえる領域を広げていく。この信頼関係がうまく働くためにも、フラットな組織が不可欠なのです。
私は「日本旅館メソッド」と呼んでいますが、現場のスタッフが自分たちで考え、発想して新しいサービスをどんどん生み出す運営方法は、すごく日本らしいと思うのです。建物は舞台であり、そこで演じるのはスタッフ一人ひとりです。
リゾートでは集客も大事な仕事ですから、シーズン毎に魅力を発信しなければなりません。
吉田 当事者意識の高いマルチタスクが、日本らしい独自性やオリジナリティにつながっていくわけですね。星野リゾートが「ホスピタリティ・イノベーター」を標榜しているのも、そうした意図があってのことでしょうか。
星野 日本の旅館やホテルチェーンは、世界から見れば規模が小さく、しかも後発組なのです。そこにチャレンジしていくのですから、イノベーターでなければならない。それが一義的な意味です。
もう少し踏み込んでお話しすると、日本の宿泊業では「おもてなしこそが日本らしさだ」と誰もが言います。私もそう思います。ただ、「おもてなしとはなにか」と問えば、誰もが「親切で、気が利いて、顧客の心を思って先回りしてサービスを提供することだ」と言う。ここが問題なのです。
星野 アメリカでホテル経営学(注6)を学んでいた頃の同級生たちに説明すると、「そんなことは西洋のホテルの方がはるかに進んでいる。だから日本の宿泊業界はダメで、世界に打って出られないのだ」とまったく相手にされません。
吉田 あちらは執事の文化もあるし、何をいまさら……、というわけですね。
星野 そうなんですよ。そこである時、フッと発想を変えました。私たちは、お客さまのニーズや要望を気にしているのではなく、自分たちのこだわりを大事にしているのだ、と。こだわりとは、「ここに来たらこれを見てください」「これは絶対に食べて帰ってください」といったもの。例えば「星のや富士」にお泊まりいただいたら、コタツに入りながらでも富士山の雄大さに圧倒されてほしい。
ですから軽井沢でも富士でも部屋にはテレビを置いていません。「テレビを見るくらいなら、ここに泊まる意味はありません」というくらいの気持ちでいます。テレビがないからこそ聞こえる音があり、浮かび上がってくる景色がある。これはニーズではなく、こだわりの押しつけです。でも、これが日本のおもてなしではないか。
同級生に話したら「それはすごい」と絶賛してくれました。「俺たちには絶対にできないことだ。『CNNは見られません』と告げたら、マリオットでもハイアットでも1人の客さえ集められないだろう」とね。
私は確信しました。「おもてなしを、こだわりの押しつけ、と規定しなければ日本のホスピタリティに進化はない」と。そもそもおもてなしとは、なにが正しいのかという概念ではなく、日本の観光をどうポジショニングするかという概念なのです。
吉田 友達や親戚の家に遊びに行ったときの温かさを思い出します。「これ食べなさい」「見せたい場所があるの」なんて言ってくれて。自分の家に友達が来てもそうします。
星野 おもてなしの原点は、そこだと思うのです。それぞれの土地に、素晴らしい食材や景色がある。もちろん、お客様は知らないので、ニーズとして持ちようがない。そのギャップに着目するのです。
お客さまに正面からニーズを聞くと、どのホテルや旅館でも同じような項目が上がってきます。たいていのスタッフは、それに一所懸命に応えようとする。そんな涙ぐましい努力の結果が、コモディティ化です。どこに行っても、似たようなサービスが提供されることになってしまう。
サービスの差別化とは、自分のこだわりに立脚する以外に方法はありません。そういう差別化戦略を取っていかない限り、日本のおもてなし産業なり日本の宿泊業界は、世界に打って出られないでしょう。
>>星野リゾート経営から読み解くドラッカー(下)/星野佳路代表が語る、星野リゾートの管理職が「立候補制」である理由に続く

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