ベトナムでもクレジットカードが急速に普及している。
「タクシー料金がクレジットカードで支払えるようになった」と聞いたのは、4年ほど前だっただろうか。私は普段、バイクで移動しており、タクシーに乗ることはほとんどない。日本からのお客様をタクシーで送迎したときに、好機到来とばかりにカード払いを試してみた。
運転手は慣れた手つきでカードリーダーを操作し、何の支障もなく支払いが完了。拍子抜けするほどスムーズだった。それまでもクレジットカードを使った経験はあったが、「ああ、タクシーでも使えるようになったのか。本当に普及が進んでいるのだな」と感慨深かったのを覚えている。
今や、海外からの旅行者が利用するホテルや高級レストランはもちろん、もっぱらベトナム人しか行かないようなスーパー、下町のコンビニ、小さなカフェでも、使えるから驚きだ。
日本からの旅行者・出張者の方も、最近は「現金は極力少なく。基本はカード払いで」という人が増えた。
しかしカードが普及すると共に、トラブルも増えてきている。今回は、私の回りで発生した事例を紹介したい。
事例1:カードが使えると思ったのに、使えない Aさんがホーチミン市を散策中、レストランのガラスドアにかかっている「Welcome」と書かれたボードに、自分が持っているクレジットカードのロゴがあるのが目に入った。ちょうどお昼時だったので「ああ、ここは私のカードも使えるんだ」と思って入店。食事が終わって支払いをするときに、クレジットカードを差し出すと、「現金のみです」と言われてしまった。
驚いて「表のドアにこのクレジットカードのボードがあるんですが」と指差したところ、お店の人は澄ました顔で「ああ、あれは単なる飾りですから」。
これには2つの解釈が成り立つ。1つは、お店の人が、どこかでクレジットカードのボードを手に入れて「これは便利」と使っている場合だ。もう1つは、お店がかつてはクレジットカードの加盟店だったが、契約を解除後も、ボードを返却せずに使い続けている場合である。いずれにしても、クレジットカードのロゴがあっても、それを100パーセント信用しないほうがいいだろう。
事例2:クレジットカードとバンクカードを混同Bさんが、ホーチミン市内のドンコイ通りでお土産物屋に入ったときのことである。
「クレジットカードは使えますか?」
と尋ねると、お店の人は自信満々で、
「当店では、主要なカードはすべてお使い頂けます」
と胸を張った。
それでも念のために、
「JCBはどうですか?」
と確認すると、お店の人は「それは何ですか?」。そこで、どんなカードが使えるのか、重ねて尋ねると、お店の人は、
「ベトコムバンク、BIDVバンク……」
など、銀行名を並べ始めた。クレジットカードと、バンクカードの区別がついていなかったのだ。
確かにバンクカードでも、デビット機能がついていて支払いに使える。Bさんは旅行者で、残念ながら当地の銀行のカードは持っていない。結局、現金払いを選択した。
こういう例は減ってきているものの、日本に比べると、まだカード文化は歴史が浅いので、思わぬ反応が返って来ることがある。
私の知り合いが、ダイナースクラブカードを提示したら「当店では、この割引カードには加盟していません」と言われたそうだ。逆の例もある。ホーチミン日本商工会では、加盟店で各種割引が受けられる特典カードを発行している。それを提示したところ、店員さんが、首をかしげながら、クレジットカード読み取り機に通していた。
Cさんは、大手クレジットカードのゴールドカード保有者である。カード会社から送られて来た会員向け情報誌に掲載されていたベトナム特集を読んで、「ベトナム、良さそうだな」と思いハノイを訪れた。情報誌で推薦されていたのは、もちろん、同社のカードが使える店ばかりである。
記事で推薦されていた高級レストランで食事を済ませ、支払いの時にカードを出したところ、しばらくしてお店の人が戻ってきて、
「このカードは使えません」
と言う。「それはおかしい」と抗議をしたが、結局、受け付けてもらえなかった。
Cさんは、日本に帰ってからクレジットカード会社に、強硬なクレームを入れた。それには理由があった。クレジットカードがまったく使えなかったのではなく、別の会社のクレジットカードは問題なく使えたからである。
彼からのクレームを重大視したクレジットカード会社は、数名の人間を日本からハノイまで送って、問題の発生したレストランを調査するという事態になった。
ベトナムに住んでいる私からすると、カード読取機などの機械の不調は日常茶飯事で、Cさんの事例も驚くにあたらない。
カードを使うつもりだったが現金払いに切り替える場面は他にもある。あるカフェでは「一定以上の金額でないと、クレジットカードでの支払いはお受けできません」と言われた。
また、最近は滅多にないが、以前は「クレジットカードで支払う場合は手数料が加算される」という店が多かった。手数料はカード会社によって異なるが、3%前後。金額が大きいと手数料もばかにならない。そういう場合、現金払いに切り替える。
だからクレジットカードで支払いをするつもりであっても、食事や買物は、自分が手元に持っている現金の額の範囲内におさめる。そうしないと「このカードは使えません」と言われたときに困ってしまうからだ。
事例4:クレジットカードの不正利用で300万円の被害 最近、日本人が被害にあった事例がニュースで報道されていた。手口は次の通りだ。レストランの会計係のベトナム人が、預かったクレジットカードを携帯電話で撮影。そうして得た情報を使って、オンラインショッピングを行ったのである。被害額は約300万円だという。
もちろん、騙したほうが悪いのは言うまでもないが、被害者のほうも、セキュリティに対する意識が甘かったのではないか。
私の持っているクレジットカードは、通常はオンライン決済ができないように、ロックがかけられている。だから、上記のような被害にあう可能性はない。
オンライン決済をするときは、ウェブサイトにアクセスしてロックを解除する。不正なオンライン決済を防ぐため、カード会社も「常にロックをかけておきましょう」「利用が終わったら、ロックを戻すのを忘れないようにしましょう」と、呼びかけている。
実は、最初、私はそのことを知らなかった。私は店頭でクレジットカードを使うのは、何か特別の事情があるときだけ。カード支払いをするのは、オンライン決済時のみである。
カードを入手したとき、最初にしたのも、決済手段がオンラインに限定されている有料アプリの支払いだった。ところが、受け付けてくれない。
試しに、店頭での支払いの時にカードを使うと、問題なく決済できる。「どうしてだろう?」と疑問に思い、クレジットカードを作ったベトコムバンク(ベトナム外商銀行)に行き、顔なじみの行員さんに質問した。そこで、オンライン決済ができないようにロックがかかっていることを教えてもらったのである。
確かに、カード番号、氏名、有効期限、それからカード確認コード(CVC=Card Verification Code)が分かれば、本人でなくてもオンライン決済は可能だ。日本人から300万円をだましとった手口も、単純そのものである。
もし「必要なときだけ、オンライン決済のロックを解除する」という機能がなかったら、私は不安でしかたがないだろう。私の妻は、前掲のような被害に合うことを避けるため、クレジットカードを受け取ると、最初にCVCを塗りつぶして見えないようにしている。
一般社団法人日本クレジット協会の調査によると、日本におけるクレジットカードの不正利用による被害額は年々増えており、2016年は140億円を超えたという。自衛努力は欠かせない。
事例5:店員のミスで二重に課金されてしまった 最後に私自身の体験談を紹介しよう。コンビニで買い物をしたときに、クレジットカードを使った。金額は5万8000ドン。若い男性の店員さんがカードを読取機に入れたが、サインをする領収書が出てこない。感熱紙を使うタイプで、紙がきれていたのだ。
店員さんは、「ちょっとお待ちください」と断って、新しい感熱紙のロールを機械に入れて、印字をしてくれた。それを見ていた私は「これ、2重払いになってしまうのでは……」と悪い予感がした。
クレジットカードを使うと、利用明細が直ちにSMSで自分の電話に届く設定になっている。自分のスマホを取り出したところ、思った通りだった。5万8000ドンが、ほぼ同時に2回、課金されている。
それをお店の人に見せると、店の奥から女性マネージャーが出て来て、すぐに取り消し手続きをしてくれた。操作をした店員さんは新人さんで、カード読み取り機の操作に慣れていなかったようだ。
マネージャーさんは「24時間以内に、SMSで取り消し通知が来ますから、それをご確認ください」というが、通知が来なかったときの対応を考えると不安が残る。「同じ代金のものを2つ買ったのでは?」と言われてしまえばおしまいだからだ。
幸い、彼女と話をしている間に、取り消し通知がSMSで届いたので、安心してお店を後にすることができた。
単純な操作ミスの場合もある。あるカフェで、やはり操作ミスで2回、課金された。本来は6万2700ドンなのに、利用金額を入力する際に、「627」まで入れたところで、確定キーを押してしまったのが原因だった。
その時は、もちろんお店の人もすぐに気がつく。私の席に飛んできて、「申し訳ありません!」と謝りながら、1000ドンを現金で返金してくれた。
日本で作ったクレジットカードだと、利用通知はメールで受け取るのが一般的であるようだ。ベトナム旅行中は、当地で使えるSIMカードを購入して常にインターネットに接続できる環境を確保するか、少なくともホテルに戻ったときに、使った覚えのない利用明細メールが届いていないかどうか、確認することを心がけたい。
まとめ:ベトナムもクレジットカードが不可欠になりつつあるここまで述べてきたようなリスクはあるものの、日本からベトナムに来る際、そしてベトナムで生活するうえで、クレジットカードが使えるのは非常に便利である。というより、オンライン決済ができないと不便でしかたがない。
「現金決済至上主義」だったベトナムでも、ホテル予約サイト、航空券の予約、有料アプリの購入など、オンライン決済が前提になっている商品やサービスが非常な勢いで増えているからだ。
クレジットカードで支払いをすると、店によっては買い物した金額の5~10%を割引してくれるのも魅力だ。現金で払うより安くなるのだから、これを使わない手はない。
私の近所のガソリンスタンドでは、クレジットカード支払いの受付を始めた当初、「ガソリン代をカードで支払った人には、雨具かミネラルウオーターをプレゼント」というキャンペーンをしていた。
私はいつも現金払いなのだが、ある時、顔見知りのスタッフが「お客さん、クレジットカードをお持ちだったら、カード支払いにしませんか」と勧めてくる。試しにガソリン代5万ドンをカードで払うと、5000ドン程度するミネラルウオーターをくれた。実質1割引に相当する。
雨具をもらうこともあった。これは水と違って減らないから、溜まる一方である。5~6着になった時点で、レンタルバイク業をしている友人に寄贈した。
日本からベトナムを訪れる方にとっては「多額の現金を持って行かなくていい」という安心感や、「両替の手間が省ける」という利便性が大きいだろう。
中級以上のホテルで宿泊をする際は、身分証明書代わりにクレジットカードの提示を求められる場合がある。まだクレジットカードを持っていない頃は、「カードをお持ちでない場合、現金を保証金としてお預かりします」と言われ、米ドルで50~100ドル程度を預けた。
この保証金の返金を忘れる人がいるという話を、旅行関係者から聞いたことがある。クレジットカードなら提示するだけでいいので、そういう心配もない。
ベトナムを訪れる方が、ここで紹介した事例を参考にしてクレジットカードを安全に使い、快適な滞在を楽しまれることを願っている。
(文・撮影/中安昭人)