会議中、Lさん(49歳)に異変が起こったのは15時半頃。急にろれつが回らなくなったLさんに気づいた同僚が即座に救急車を手配、18時過ぎには搬送先で脳梗塞の治療を受けていた。
タイム・イズ・ブレイン。時間の損失が脳機能の損失につながることを端的に表したこのスローガンが、いまや世界中の脳卒中治療医の合言葉になっている。
国内では2005年、発症3時間以内の“超"急性期脳梗塞に対する血栓溶解薬rt‐PA(一般名アルテプラーゼ)が承認された瞬間、タイム・イズ・ブレインが加速した。rt‐PAは静脈内に投与し、脳血管に詰まった血栓を溶かす薬で、超急性期の脳梗塞であれば後遺症なく退院することも可能だ。ただ、すでに梗塞が広がっている場合は血流の再開が逆に脳出血につながること、外傷などほかに出血がある場合は大出血の可能性があり、適応外のケースも少なくない。
しかし今年4月末、脳血管に詰まった血栓を回収する血管内治療機器「Merciリトリーバルシステム」が承認され、3時間を経過した症例にも希望の光が見え始めている。脚の付け根から直径2~3ミリメートルのカテーテルを頸動脈経由で脳血管に挿入。脳血管内で内部に仕込まれた直径1ミリメートル以下のカテーテルと形状記憶ワイヤーが展開し、血栓をからめとって回収する方法だ。発症後8時間以内の治療が原則だが、rt‐PA無効例や適応外の症例にも施術できる。2004年からMerciを使用している海外の成績では、血流が再開通した患者の半数が職場や家庭で自立している。
欧米に遅れること数年、ようやく日本にも脳梗塞の一部は治せる時代が到来した。しかし受け皿の整備はこれから。
このほか救急搬送システムとの連携や、急性期を脱した後の転院先など医療全体にかかわる問題が山積している。都市部はまだしも、医療崩壊が指摘される地方はどうするのか。医療機関だけでなく国を挙げての体制づくりが求められる。
一方、システムが整備されたところで患者本人と周囲の人間が真っ先にタイム・イズ・ブレインを実践しなくては意味がない。自分や家族、そして一人暮らしの老親を守るために、脳梗塞の超急性期に表れる症状を知っておこう。

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