円安の影響もあり、訪日外国人旅行が空前絶後の“沸騰”状態だ。京都などでは観光「公害」も叫ばれる中、インバウンド・ビジネスはどこへ向かうのか。
未体験のインタラクティブ(双方向)活動
日本のインバウンド需要が空前の盛り上がりを見せている。観光庁によると、2024年1~3月の訪日外国人の旅行消費額は1兆7505円で、四半期ベースで過去最高を記録した。
訪日外国人が訪れる都市は、東京や京都ばかりではなくなっている。米紙ニューヨーク・タイムズが発表した「2024年に行くべき52カ所」で、日本から選ばれたのは山口県山口市。前年の同じ特集では、岩手県盛岡市が選ばれた。日本人の感覚からすると意外に感じるかもしれない結果だが、私には、外国人が日本の地方に惹かれるのは十分に納得できる。
私は日本にもう20年以上住んでいて、ビジネスや観光でさまざまな地域を訪れてきた。例えば、訪問した岩手県北上市の工場で、せっかく岩手に来たんだから、と「わんこそば」を勧められてから、やみつきになってしまった。こちらが食べた瞬間に、お店の人がポンポンと、そばを入れてくれる。ダイナミックでインタラクティブ(双方向)なやり取りを、今まで食事で体験したことはなく実に面白く感じた。
新幹線の北上駅で売っている「くるみゆべし」も、美味しくて好きになった。
安全に遊べるのも日本の長所
日本の地方の魅力は、何と言っても自然だ。オーストラリア人の友人はラフティング(川下り)が趣味で、GoProで撮影した動画を見せてくれるのだが、彼によれば日本の急流はかなり良好なスポットらしい。海外からの旅行者はスキーやハイキングなど、アウトドアで体を動かす遊びを好む傾向があるから、日本はうってつけの旅行先だ。
美しい自然ならば他の国にもあるが、日本ならではの長所がある。まずは、安全性だ。水上バイクやスノーモービルなどの機械を使う遊びは、時には事故の危険もあるが、日本ならばきちんとメンテナンスされているから、他国でやるより安心感がある。
そして、なんと言っても、自然のすぐそばに温泉旅館などがあって文化的にも楽しめる。今、私の周りで日本に来る外国人の多くは、大自然でのアドベンチャーと、文化的なものの両方を求めている。それらを同時に味わうには、東京や大阪のような大都市よりも地方のほうが適しているのだ。
ところで、私が大好きな地方都市は、長野県松本市だ。歴史のある町で温泉旅館もあるし、自然の中でハイキングも楽しめる。
その時期には、街を歩いていると、至るところから子どもたちのバイオリンの音色が響いてくる。もちろん、初心者もいるから上手い下手はあるが、それも含めてかわいらしい。私の娘もバイオリンを習っていたので、練習に参加したこともある。街全体がにぎやかな音楽の場に変わって、なんとも魅力的なのだ。
円安だけが理由じゃない安全・安心・清潔な日本は“特殊な国”
もう1カ所、私が大好きな場所は、能登半島だ。1月1日の地震によって大きな被害を受けてしまったことは本当に心が痛む。少しでも役に立ちたいと思い、すぐにペイパル社内で復興支援活動を行うNGO団体などへの寄付をグローバルに集める仕組みを作った。私が米国の本社に出張に行った際にはリーダーたちに直接寄付を呼び掛けたほか、世界中の社員に協力を仰ぎ、多くの支援を得ることができた。能登の復興にはまだ多くの苦難を伴うだろうが、一日も早く、平穏な日々が戻ってくることを祈っている。
能登の魅力は、やはり大自然だ。昨夏も息子と2人でレンタカーを借りて、あちこち走り回った。砂浜の海岸線や、一歩踏み外したら崖下の海に転落するような細い山道など、変化に富んだドライブが楽しめる。
道中には小さな漁師町もあって海の幸も楽しめるし、温泉につかることもできる。輪島市街に行けば、輪島塗や和紙などの伝統工芸品に触れることもできる。金沢まで足を伸ばせば、兼六園などの著名な観光スポットを見ることも可能だ。
最初に紹介した岩手県北上市も、私の大好きな松本も能登も、自然と文化の両方の魅力を備えていて、一回の旅行で同時に楽しむことができる。しかし、考えてみれば、このような場所は日本の至るところに存在する。つまり、日本の地方が持つインバウンド産業のポテンシャルは、とてつもなく大きいのだ。
欧州の観光地にも、文化と自然を同時に楽しめる場所はあるが、特にアジアでは、西洋人から見ると日本がこうした条件を最も満たした国に思える。それに加えて日本は安全、安心、清潔だ。それら全てを持ち合わせている日本は、かなり“特殊な国”だといえる。
たちまち京都の魅力は失われる
話は変わるが、私は大阪と京都に深い縁がある。大阪には、留学生として大学に通っていた1980年代に住んでいた。大学のビジネスのクラスのプロジェクトとして、日本のお店でアルバイトをして日記を付けると決めた。心斎橋にあるアメリカ村の炉端焼き屋でバイトしたのは思い出深い。当時は私のように日本語ができる外国人が多くなかったので、ちょっとした名物店員になったのを覚えている。
あの頃に比べると外国人観光客の数は増えたが、大阪の雰囲気自体は変わっていない。ごちゃごちゃしていて、大阪弁の呼び込みや、いろんな言語が飛び交って、とにかくにぎやかだ。しかし不思議なことに、道頓堀のような繁華街から少し離れると、別世界のように落ち着いた街並みが現れる。バイトを終えて枚方市のアパートに帰宅すると、虫の声が聞こえるくらい静かで、窓を開けて夏の夜の風を楽しんだものだ。
日本人にとっては当たり前のことかもしれないが、このように小刻みに面白い変化がある街というのは、日本くらいだと思う。
京都には、電子部品メーカー・ロームの社外取締役を務めている関係で、月に1度は通っている。美しい寺社や文化財の数々は当然素晴らしいのだが、私が特に好きなのは、京都の人たちの独自の雰囲気やプライドだ。今や、街を歩けば外国人の方が多い状況なのに、「京都の良さは京都の人にしか分からない」と、あえて敷居を高くしているようなところがある。
これには良い面も悪い面もあるだろうが、それくらいの軸を持っていないと、あれだけの数の旅行者に圧倒されてしまうだろう。外国人に媚びてテーマパーク化してしまったら、たちまち京都の魅力は失われてしまう。敷居の高さにぶち当たって苦労することも確かにあるが、そういうしっかりした軸を持っている点を、私は非常に評価している。
こうした特徴は、京都の企業にも当てはまるように思う。ロームにしても、京セラや村田製作所にしてもそうだが、京都には独立系の企業が多い。“スーパー経営者”が自力で道を切り開いてきた流れがあり、社員ひとりひとりが自社の文化を理解して、守っていこうという気持ちが強いように感じる。
後編では、日本の地方に潜む大きなビジネスチャンスについて考えてみたい。