困った社員を辞めさせたいが、強引に進めると訴訟リスクが心配だ──そんな経営者や人事担当者の悩みを次々と解決しているのが、弁護士の西脇健人氏だ。「円満退職請負人」として、法律知識を活かしながら、トラブルを避けて速やかに退職につなげる独自の手法を確立してきた同氏が、問題社員を合法的に退職へ導く具体的なノウハウを明かす。
辞めさせると決めたら
手順を淡々と踏んでいくだけ
これは私が代理人として話し合いに参加する時の1つのパターンです。
話が尽きたら一旦ブレイクを入れます。ブレイクと言っても、ほんの1分程度ですが、一瞬だけ社長や人事部長の同席している決裁権者と方向性について確認します。
「予定通り、辞めてもらう方向でいいですか」と確認する意味もありますが、この流れで、退職させるのをやめますということは少ないので、形式的な確認になります。
本題(1)円満退職の提案
短いブレイクの後、本題に入りましょう。切り出し方としては、以下のようなセリフが想定できます。
「いろいろ話を聞いたけれども、お話が聞けない(または話は聞けた)けど、やはりあなたの話よりも他の従業員の話のほうがどうしても整合性が取れている」
「会社としてあなたに仕事を続けてもらうと、組織としても潰れてしまうし、他の従業員が辞めてしまうかもしれないから、会社としては円満に辞めていただきたいと思っています」
このように話します。このタイミングで、用意していた「合意退職書」を提示します。
本題(2)合意退職書の提示
「今日辞めていただけるのでしたら、こういう条件も含めて辞めていただけるように考えています」
そのように言って「合意退職の書面」に記載されている条件を見せます。
ここは、問題社員の感情が一番高ぶるところだと思います。さすがに、退職まで打診されるとは思っていないのでしょう。
しかも、「今日会社を辞めろ」と突然言われるのです。
しかし、交渉する側(私たち)はできる限りそういった感情に引きずられないようにしましょう。
動揺が落ち着くまで待つのは
裁判を回避するために重要
本題(3)問題社員が落ち着くまで待つ
問題社員が動揺して泣いてしまった。その状態で、合意退職の書面にハンコを押してもらい、トントン拍子に手続きを進めてしまったら、後々、何を言われるかわかりません。
「あの時は動揺していた」「無理やり合意させられた」「強迫された」そんなふうに言われて、裁判を起こされるかもしれません。
ですので、問題社員が動揺している時は、急がずに時間をかけましょう。問題社員が落ち着くまで1時間ぐらい待つこともあります。
その間、私は独り言のように喋り続けることもあります。何を話すのかと言いますと、「社長としても、今まで働いてくれた恩があるし、感謝の念もあるから、解雇といった形にして、揉めたいとは思っていないです」
「もちろん、会社の都合を第1に考えての提案ではありますが、次の再就職にも影響が出ると思うので、できればここは円満に合意退職という形で辞めてもらったほうが、あなたの人生にとってもいいのではないかと真摯に考えています」
「正直、他の従業員とこれだけ揉めていて、これだけの問題を起こしておいて、このまま働き続けるというのは会社としてもあなたとしてもなかなか厳しいと思っています」
問題社員は動揺しているので、聞いているか聞いていないかわかりません。もちろん、本当に思っているからこそ話していることでもあります。
ただ、録音していることもあり、強迫していないことと、問題社員に寄り添っていることを、残すためのものでもあります。
ちなみに、「このまま働き続けるのは会社としてもあなたとしてもなかなか厳しいと思っています」と言う時に「あなたとしても厳しいでしょ?」と聞くのはNGです。
なぜなら、「いや、厳しくないです」と言われてしまったら水掛け論になるからです。
合意退職の説明を聞かないなら
懲戒解雇を宣言する
本題(4)条文を確認する→応じてもらえないならば(懲戒)解雇を宣言
問題社員が落ち着いたら、合意退職の書面にある条文を1つひとつ読み上げて、確認していきましょう。
ここで、「条文を読み上げて確認するから見てほしい」とお願いすると、泣いていた問題社員が少し落ち着くことがあります。
怒って、「こんなのいりません」と言って突き返してくる人もいますが、その時はまたそこで時間を取って、落ち着くまで待ってください。そこで私は、また独り言のように問題社員に話しかけます。
「内容だけでも見ていただけませんか」
「あくまでお願いですが、まず、見ていただかないとなかなかお話もできないので、一旦、見ていただけませんか」
このように、3、4回はお願いします。
でも大概の人は、この「お願いなんで」という言葉に反応します。「お願いだったら聞く必要はない」と思うのか、「私、辞めませんから」と言う人もいれば、「じゃあクビにすればいいじゃないですか」と言う人もいます。
ここでまた、30分~1時間ぐらいかけて、どうしても見ていただけないようなら、「お話に応じていただけないってことでしょうか」と言い、隣にいる社長(もしくは、企業の担当者)に「今回のお話を受け入れていただけないということなので、会社としてはあなたを(懲戒)解雇します」と言って、「解雇通知書」と「解雇理由書」を提示して、
「今日付で解雇するので、明日から来ないでください」
「会社から貸与された備品は全て置いていってください」と通告します。
この時、言い方は優しく丁寧ですが、言っている側からはおそらく尋常ではない圧が出ていると思います。
その様子を見て、ここで折れる人は多いです。
ほとんどの問題社員は、「明日から来るな」とか、「今すぐ全部置いていってくれ」などと言われるとは思っていないのだと思います。自ら「クビにしたらいいじゃないですか」と言ったにもかかわらず、です。
さらに、「解雇通知書」まで用意しているとは思っていないのでしょう。
「話を聞かせてもらえませんか?」「一緒に条文を確認してもらえませんか?」そんなお願いベースの言葉と態度にすがって、ここで泣きつけば、まだなんとかなる、解雇はできないのだろうと思っている人がほとんどなのです。
ここで初めて「自分の立場が危ない」ということに本気で気がつくのでしょう。
問題社員の時間稼ぎには
毅然とした態度で対応を
本題(5)取りつく島を与えない
ここからの流れで、想定できるのは、
「せめてパソコンの中身を整理してもいいですか?」
「私物を処理してもいいですか」と言われることです。
しかし、そもそも会社の備品ですし、人に見られてはいけないような私物を会社に持ち込んではいけないのです。ここで、パソコンから会社の情報をコピーして持っていこうとする人もいるので、毅然とした態度で臨みましょう。
はっきりと、「あなたが整理する必要はないから一切触らないでください」と言いましょう。おそらく時間稼ぎをして、なんとか取り戻すチャンスはないか、動転して発言しているだけであることが多いです。
1ミリたりともスキを与える必要はありません。
すると、今度はものすごい絶望に変わり、「どうしてですか……?」と聞いてきます。「どうしてですか?」そのように聞かれても、ブレずにこれまでと同じ態度をつらぬいてください。
本題(6)円満退職へのダメ押し
「我々としても解雇したかったわけではないけれども、あなたが事情も説明してくれないし、説明してくれても、我々が別の従業員にヒアリングしている客観的な証拠と違うことをおっしゃるので、我々としては今ある手元の証拠、証言をもとに客観的に判断せざるを得ない」
「ただ、あなたは会社に貢献してくれたと思うので、なるべく円満にと思い、合意退職の道も示したけど、それもあなたが自らの意思で応じないと言いました。ですから、我々もこういう結論を出すしかなかったのです」
この説明も、理解してもらえるまで、何度も話します。
ここまで来ると翻って「私、合意退職します」と言う人も多いです。
その場合、ここからようやく円満退職の交渉を始めることができます。
今日辞めさせる覚悟を
最後まで曲げてはいけない
本題(7)退職条件に問題社員の意向を反映させる
「円満退職するなら、もう1回条文を読み上げるので、一緒に確認してもらえますか?」と言って、ひとつずつ条文を確認しましょう。
読み合わせた後、そして、必ず、「何か気になるところはありますか」と確認します。
この時、「ここだけ変えてほしいです」と言われたほうがこちらにとっては好都合です。なぜなら、「退職条件に関して向こうの意向を反映している」ということは、「強迫された」とか、「判断能力がなかった」と後から問題社員に言われるリスクが低くなるからです。
だから、むしろ、「何か意見はないですか?これはあくまで会社が考えてきた案なので、できる範囲であれば考慮しますよ」と譲歩の姿勢を見せます。
「ある程度条件をのみます」と言うと、「退職日をずらしてください」と言われることがありますが、それには応じないでください。他の従業員や会社のデータに触れさせる機会を与えると、どのような影響が起きるかわからないからです。
なお、有給休暇を消化するために退職日をずらすことはあり得ますが、これも本当は有給休暇の買取などで対応して、退職日はXデーとしたほうが無難です。
問題社員から、「まだ従業員だから、その間、健康保険証は渡さない」などと言われ、事後的に感情的なやりとりが生じる可能性が高まるからです。
金銭的な面や他の条件はのんでも、「本日付の退職という点だけは譲れない」ここだけは明確に話しましょう。
円満退職が決まっても
備品の返却などを忘れずに!
本題(8)エンディング
全ての条文に合意したら、合意退職の書面にサインをもらいます。
現金交付の場合は、証拠を残す意味で、領収書をもらってください。
振込の場合、合意退職である以上、解雇と異なり当日中である必要はありませんが、問題社員の生活もありますし、期限徒過するリスクも考えると速やかに支払いを行うようにしてください。
貸与した会社の備品を返してもらうことを忘れないでください。
そして、「お帰りください」と言って見送り、終了です。
番外編こんなパターンもある
1度だけ、交渉中に「解雇でいい」と問題社員が言って譲らないため、解雇通知書を渡したことがあります。円満退職ではなく、「解雇」となった初めてのパターンです。
しかし、翌日問題社員から電話がかかってきて、「やっぱり合意退職にしてください」と言われました。そこで、急遽我々弁護士が出向き、合意退職の書面にサインしてもらい、無事に円満退職で終わらせることができました。

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