高知大学総合科学系生命環境医学部門の伊藤桂教授と、農林海洋科学部の卒業生である千田麻衣子さん、水口知洋さんらの研究グループは、常緑広葉樹アラカシに寄生する「カシノキマタハダニ(学名:Schizotetranychus brevisetosus)」が、捕食者に対して積極的に反撃する行動を示すことを発見しました。物理的刺激により巣外に出てパトロールし、捕食性ダニの卵を攻撃するこの行動は、ダニ類では前例がなく、進化の過程で独自に獲得した社会行動です。
【ポイント】
・アラカシに寄生するカシノキマタハダニは巣網を形成し、その内部で生活する。
・巣網に微小なガラスビーズを振りかけると、多くのメス成虫が巣外に出てパトロールを開始する。
・巣の周辺に配置された捕食性ダニの卵を口針で突き刺して殺す。
・このような攻撃行動はダニ類では前例がなく、進化の過程で独自に獲得した社会行動である。
【概要】
高知大学総合科学系生命環境医学部門の伊藤桂教授、農林海洋科学部卒業生 千田麻衣子さん、水口知洋さんらの研究グループは、常緑広葉樹のアラカシに寄生するカシノキマタハダニSchizotetranychus brevisetosusが捕食者に対して積極的に反撃行動を取ること、さらにその行動が物理的刺激によって誘発されることを明らかにしました。
研究では、10頭のメス成虫がいる巣網の上から、捕食者のサイズに近い直径50~400μmのガラスビーズを散布したところ、10分以内に最大40%のメス成虫が巣外に出てパトロール行動をしました。さらに、ガラスビーズに遭遇すると口吻(こうふん)(注1)で突いたり、歩脚でしっかりと捕捉して口針を突き刺そうとしました。また、触肢(注2)から出す糸でガラスビーズを巻き取ってボール状にする行動も見られました。このような行動は巣網の上にガラスビーズを散布しないと誘発されにくいことから、巣網の振動が行動の引き金になっていると考えられます。ただし、物理的刺激がなくても少数の個体によるパトロール行動は頻繁に行われていました。
捕食者であるスワルスキーカブリダニの卵を巣網の周囲において24時間放置したところ、メス成虫を入れた処理区ではカブリダニの卵の20%が破壊され、メス成虫の行動が捕食のリスクを軽減させることがわかりました。これらの反撃行動は、本種が独自に社会性(注3)を進化させてきたことを示唆しています。
本研究は、緩やかな群れを形成する種が多いハダニ類の中で、集団的な社会行動が見られることを示す重要な成果です。とくに、繁殖中と思われるメス成虫がわざわざ安全な巣網の外に出て攻撃するということやパトロールするということは特殊であり、植食性の昆虫であるアブラムシで見られるような繁殖分業(注4)を予感させるものです。
ハダニの一部は防除困難な農業害虫としても有名です。本研究で明らかになった「物理的刺激によって誘発される行動」が繁殖にどのような影響を与えるのかに関して、これまでほとんど注目されてきませんでした。今回は「捕食者への反撃」が見られましたが、その際の繁殖能力の損失(コスト)については不明です。物理的な刺激がハダニの繁殖能力を低下させる場合、農業害虫としてのハダニの防除にも役立つ可能性があります。
本成果は、2025年5月10日に、国際的な昆虫学誌 Entomologia Experimentalis et Applicata(オランダ昆虫学会誌)に掲載されました。
【研究の背景】
ハダニ科(Tetranychidae)は、植物の葉上に生息する微小な節足動物の一群であり、多くの種は単独、または緩やかな集団で生活しています。しかし中には、より緊密な社会構造を持った集団で行動する種もあります。ハチやアリに代表される社会性昆虫では、集団によるコロニーの防衛や捕食者に対する反撃行動が進化していますが、ハダニの中でこのような行動が確認されているのはごく限られています。
これまで知られている例としては、スゴモリハダニ属の一部の種において、多数の個体が共同で巣を作り、巣に侵入した捕食者に対して反撃する「共同社会性」が報告されています。これは、ダニ類にも社会行動の進化が起きている可能性を示唆する重要な例でした。
そうした中、2019年に本研究グループは、常緑樹のアラカシに寄生するカシノキマタハダニが捕食者に対して積極的に反撃することを報告しました。本種は葉の裏に複数の個体が集まり、巣網を形成して生活しており、成虫や若虫が協力して巣の外に現れた捕食者を攻撃して殺すことが確認されました。興味深いことに、本種は前述のスゴモリハダニ属とは全く異なる系統に属しており、このような社会性行動が独立して進化した、いわゆる「収斂(しゅうれん)進化」の例と考えられます。
しかし、このような攻撃行動がどのような条件下で誘発されるのかは、これまで明らかにされていませんでした。今回の研究では、カシノキマタハダニの反撃行動を引き起こす要因として「巣網への物理的刺激」に着目し、微小なガラスビーズを葉面に散布する実験を行いました。同時に、実際の捕食者であるカブリダニの卵を用いて、ハダニの反撃が捕食リスクの低減につながるかどうかを評価しました。
【研究の目的・内容・成果】
本研究では、カシノキマタハダニの反撃行動の発現条件とその実効性を評価するため、4つの実験を実施しました。
・ガラスビーズによる刺激実験(実験I, II)
直径50~400μmのガラスビーズを葉面に散布し、メス成虫の行動を観察しました。その結果、「巣外パトロール」「突き押し」「捕獲」といった反応が確認され、反応頻度は粒径や時間経過に応じて変動しました。特に小型のビーズ(50~100μm)に対する反応が顕著で、刺激後すぐに反応する個体が多く、反応個体の割合は徐々に減少するものの3日間も持続しました。
・刺激位置の違いによる行動変化(実験III)
ガラスビーズを巣網の上に散布した場合にのみ、多くの個体がパトロールや捕獲などの行動を示しました。
・天敵卵への反撃効果(実験IV)
葉片にハダニを導入して巣網を張らせ、その周囲にカブリダニ卵を配置しました。そして、ハダニの成虫や巣網、撹乱要因としてのカブリダニ幼虫の有無を変えた5通りの条件で、24時間後の卵の生存率を調べました。その結果、ハダニ成虫が存在する条件では、卵の約20%が破壊され、内容液を失って潰れている様子が確認されました。これは、ガラスビーズへの反応で見られた行動が実際の捕食回避に役立っていることを実証する結果といえます(図4)。
【成果の意義/今後の展望】
これまで鋏角類(注5)における明確な「反撃行動」は、巣に侵入した天敵を追い払うスゴモリハダニ属の一部種でしか確認されていませんでした。巣の外で自発的に敵を攻撃し、さらには無生物の物理的刺激にも反応を示すという、これまでに例を見ないタイプの行動です。これは、むしろ社会性昆虫であるハチやアリの警戒行動や防衛行動に類似しており、行動生態学的に注目すべきものです。
さらに、当グループの先行研究とも併せると、本種のメス成虫は捕食者に対する高い殺傷能力があり、その社会行動はスゴモリハダニ属の種や社会性昆虫とは異なる系統から独立して進化したものです。攻撃行動の進化メカニズムは社会生物学において長年の課題ですが、本研究の成果はその理解を一歩前進させるものです。今後は、ハダニ類の反撃行動が繁殖や生存に及ぼすコストと利益を明らかにし、社会性の進化に関する新たな理論的枠組みを構築することが期待されます。
【論文情報】
論文名:Evaluation of counterattack efficiency against predators in Schizotetranychus brevisetosus using small glass beads and phytoseiid eggs
著者:Maiko Chida, Tomohiro Mizuguchi, Katsura Ito
所属:高知大学農林海洋科学部
雑誌名:Entomologia Experimentalis et Applicata
DOI:10.1111/eea.13590
URL: https://onlinelibrary.wiley.com/doi/full/10.1111/eea.13590
公開日:2025年5月10日
[用語解説]
注1)口吻:ダニの口器。ここから先の尖った口針を出して葉面を傷つけ、植物の汁を吸う。
注2)触肢:口吻の近くの付属肢
注3)社会性:集団(しばしば血縁個体)で生活する動物が示す習性で、共同で育児したり防衛を行う。
高度に発達したハチやアリなどの社会性昆虫では繁殖や労働の分業が見られる。
注4)繁殖分業:繁殖するカーストと繁殖しないカーストの役割分担
注5)鋏角類:クモ・ダニ・サソリ・カニムシなどを含む節足動物のグループ
【問い合わせ先】
<研究に関すること>
高知大学総合科学系生命環境医学部門 教授
伊藤 桂
TEL:088-864-5136
E-mail: ktr@kochi-u.ac.jp
▼本件に関する問い合わせ先
高知大学広報・校友課広報係
TEL:088-844-8643
FAX:088-844-8033
メール:kh13@kochi-u.ac.jp
【リリース発信元】 大学プレスセンター https://www.u-presscenter.jp/
【ポイント】
・アラカシに寄生するカシノキマタハダニは巣網を形成し、その内部で生活する。
・巣網に微小なガラスビーズを振りかけると、多くのメス成虫が巣外に出てパトロールを開始する。
・巣の周辺に配置された捕食性ダニの卵を口針で突き刺して殺す。
・このような攻撃行動はダニ類では前例がなく、進化の過程で独自に獲得した社会行動である。
【概要】
高知大学総合科学系生命環境医学部門の伊藤桂教授、農林海洋科学部卒業生 千田麻衣子さん、水口知洋さんらの研究グループは、常緑広葉樹のアラカシに寄生するカシノキマタハダニSchizotetranychus brevisetosusが捕食者に対して積極的に反撃行動を取ること、さらにその行動が物理的刺激によって誘発されることを明らかにしました。
研究では、10頭のメス成虫がいる巣網の上から、捕食者のサイズに近い直径50~400μmのガラスビーズを散布したところ、10分以内に最大40%のメス成虫が巣外に出てパトロール行動をしました。さらに、ガラスビーズに遭遇すると口吻(こうふん)(注1)で突いたり、歩脚でしっかりと捕捉して口針を突き刺そうとしました。また、触肢(注2)から出す糸でガラスビーズを巻き取ってボール状にする行動も見られました。このような行動は巣網の上にガラスビーズを散布しないと誘発されにくいことから、巣網の振動が行動の引き金になっていると考えられます。ただし、物理的刺激がなくても少数の個体によるパトロール行動は頻繁に行われていました。
捕食者であるスワルスキーカブリダニの卵を巣網の周囲において24時間放置したところ、メス成虫を入れた処理区ではカブリダニの卵の20%が破壊され、メス成虫の行動が捕食のリスクを軽減させることがわかりました。これらの反撃行動は、本種が独自に社会性(注3)を進化させてきたことを示唆しています。
本研究は、緩やかな群れを形成する種が多いハダニ類の中で、集団的な社会行動が見られることを示す重要な成果です。とくに、繁殖中と思われるメス成虫がわざわざ安全な巣網の外に出て攻撃するということやパトロールするということは特殊であり、植食性の昆虫であるアブラムシで見られるような繁殖分業(注4)を予感させるものです。
ハダニの一部は防除困難な農業害虫としても有名です。本研究で明らかになった「物理的刺激によって誘発される行動」が繁殖にどのような影響を与えるのかに関して、これまでほとんど注目されてきませんでした。今回は「捕食者への反撃」が見られましたが、その際の繁殖能力の損失(コスト)については不明です。物理的な刺激がハダニの繁殖能力を低下させる場合、農業害虫としてのハダニの防除にも役立つ可能性があります。
本成果は、2025年5月10日に、国際的な昆虫学誌 Entomologia Experimentalis et Applicata(オランダ昆虫学会誌)に掲載されました。
【研究の背景】
ハダニ科(Tetranychidae)は、植物の葉上に生息する微小な節足動物の一群であり、多くの種は単独、または緩やかな集団で生活しています。しかし中には、より緊密な社会構造を持った集団で行動する種もあります。ハチやアリに代表される社会性昆虫では、集団によるコロニーの防衛や捕食者に対する反撃行動が進化していますが、ハダニの中でこのような行動が確認されているのはごく限られています。
これまで知られている例としては、スゴモリハダニ属の一部の種において、多数の個体が共同で巣を作り、巣に侵入した捕食者に対して反撃する「共同社会性」が報告されています。これは、ダニ類にも社会行動の進化が起きている可能性を示唆する重要な例でした。
しかし、それに続く新たな報告はありませんでした。
そうした中、2019年に本研究グループは、常緑樹のアラカシに寄生するカシノキマタハダニが捕食者に対して積極的に反撃することを報告しました。本種は葉の裏に複数の個体が集まり、巣網を形成して生活しており、成虫や若虫が協力して巣の外に現れた捕食者を攻撃して殺すことが確認されました。興味深いことに、本種は前述のスゴモリハダニ属とは全く異なる系統に属しており、このような社会性行動が独立して進化した、いわゆる「収斂(しゅうれん)進化」の例と考えられます。
しかし、このような攻撃行動がどのような条件下で誘発されるのかは、これまで明らかにされていませんでした。今回の研究では、カシノキマタハダニの反撃行動を引き起こす要因として「巣網への物理的刺激」に着目し、微小なガラスビーズを葉面に散布する実験を行いました。同時に、実際の捕食者であるカブリダニの卵を用いて、ハダニの反撃が捕食リスクの低減につながるかどうかを評価しました。
【研究の目的・内容・成果】
本研究では、カシノキマタハダニの反撃行動の発現条件とその実効性を評価するため、4つの実験を実施しました。
・ガラスビーズによる刺激実験(実験I, II)
直径50~400μmのガラスビーズを葉面に散布し、メス成虫の行動を観察しました。その結果、「巣外パトロール」「突き押し」「捕獲」といった反応が確認され、反応頻度は粒径や時間経過に応じて変動しました。特に小型のビーズ(50~100μm)に対する反応が顕著で、刺激後すぐに反応する個体が多く、反応個体の割合は徐々に減少するものの3日間も持続しました。
・刺激位置の違いによる行動変化(実験III)
ガラスビーズを巣網の上に散布した場合にのみ、多くの個体がパトロールや捕獲などの行動を示しました。
一方、巣の外に散布した場合や、散布を模倣しただけの対照区ではほとんど反応が見られませんでした(図3参照)。この結果は、巣網への物理的刺激(巣の振動)が、反撃行動の引き金になっていることを示唆しています。
・天敵卵への反撃効果(実験IV)
葉片にハダニを導入して巣網を張らせ、その周囲にカブリダニ卵を配置しました。そして、ハダニの成虫や巣網、撹乱要因としてのカブリダニ幼虫の有無を変えた5通りの条件で、24時間後の卵の生存率を調べました。その結果、ハダニ成虫が存在する条件では、卵の約20%が破壊され、内容液を失って潰れている様子が確認されました。これは、ガラスビーズへの反応で見られた行動が実際の捕食回避に役立っていることを実証する結果といえます(図4)。
【成果の意義/今後の展望】
これまで鋏角類(注5)における明確な「反撃行動」は、巣に侵入した天敵を追い払うスゴモリハダニ属の一部種でしか確認されていませんでした。巣の外で自発的に敵を攻撃し、さらには無生物の物理的刺激にも反応を示すという、これまでに例を見ないタイプの行動です。これは、むしろ社会性昆虫であるハチやアリの警戒行動や防衛行動に類似しており、行動生態学的に注目すべきものです。
さらに、当グループの先行研究とも併せると、本種のメス成虫は捕食者に対する高い殺傷能力があり、その社会行動はスゴモリハダニ属の種や社会性昆虫とは異なる系統から独立して進化したものです。攻撃行動の進化メカニズムは社会生物学において長年の課題ですが、本研究の成果はその理解を一歩前進させるものです。今後は、ハダニ類の反撃行動が繁殖や生存に及ぼすコストと利益を明らかにし、社会性の進化に関する新たな理論的枠組みを構築することが期待されます。
【論文情報】
論文名:Evaluation of counterattack efficiency against predators in Schizotetranychus brevisetosus using small glass beads and phytoseiid eggs
著者:Maiko Chida, Tomohiro Mizuguchi, Katsura Ito
所属:高知大学農林海洋科学部
雑誌名:Entomologia Experimentalis et Applicata
DOI:10.1111/eea.13590
URL: https://onlinelibrary.wiley.com/doi/full/10.1111/eea.13590
公開日:2025年5月10日
[用語解説]
注1)口吻:ダニの口器。ここから先の尖った口針を出して葉面を傷つけ、植物の汁を吸う。
注2)触肢:口吻の近くの付属肢
注3)社会性:集団(しばしば血縁個体)で生活する動物が示す習性で、共同で育児したり防衛を行う。
高度に発達したハチやアリなどの社会性昆虫では繁殖や労働の分業が見られる。
注4)繁殖分業:繁殖するカーストと繁殖しないカーストの役割分担
注5)鋏角類:クモ・ダニ・サソリ・カニムシなどを含む節足動物のグループ
【問い合わせ先】
<研究に関すること>
高知大学総合科学系生命環境医学部門 教授
伊藤 桂
TEL:088-864-5136
E-mail: ktr@kochi-u.ac.jp
▼本件に関する問い合わせ先
高知大学広報・校友課広報係
TEL:088-844-8643
FAX:088-844-8033
メール:kh13@kochi-u.ac.jp
【リリース発信元】 大学プレスセンター https://www.u-presscenter.jp/
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