東京慈恵会医科大学総合医科学研究センター臨床医学研究所の日吉加菜映研究員、医学科4年生 松下大地氏、渡部文子教授は、短期間の社会的孤立によってマウスの社会性が増大する現象において、脳の島皮質(Insular Cortex)の神経活動が重要であることを明らかにしました。
本研究では、社会性動物であるマウスを用いて、化学遺伝学的な神経活動抑制と組み合わせた行動学的解析により、短期社会的孤立中の島皮質の活性化が、その後の社会性の増大に必要であることを示しました。
本研究成果は、2025年7月15日に国際科学誌「Molecular Brain」に掲載されました。
【研究成果、ポイント】
短期間の社会的孤立を経験したマウスでは、他個体との接触行動の増加に加え、孤立中の摂食量の増加もみられました。
孤立中に島皮質の活動が抑制されると、その後の他個体との接触行動は減少しました。
孤立による社会的な情動価の高まりと、それに伴う行動変容に島皮質が重要な役割を果たしていることが明らかになりました。
【論文情報】
論文タイトル:Modulation of social valence by insular cortex activity during acute social isolation in mice
著者:日吉加菜映1, 松下大地1,渡部文子1*(*責任著者)
1. 東京慈恵会医科大学 総合医科学研究センター 臨床医学研究所
DOI: 10.1186/s13041-025-01236-4
本研究は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)革新的技術による脳機能ネットワークの全容解明「細胞内シグナル伝達系の光操作による革新的シナプス可塑性介入技術の研究開発」(研究代表者 渡部文子)、AMED脳神経科学統合プログラム「シナプス可塑性による情動価変容と共感性制御のダイナミクス解明」(研究代表者 渡部文子)、JST(Moonshot R and D)および日本学術振興会科学研究費の支援を受けたものです。
【本研究内容についてのお問い合わせ先】
東京慈恵会医科大学 総合医科学研究センター 臨床医学研究所 教授 渡部文子(わたべ あやこ)
電話 04-7164-1111(代表) メール awatabe@jikei.ac.jp
【報道機関からのお問い合わせ窓口】
学校法人慈恵大学 経営企画部 広報課 電話 03-5400-1280 メール koho@jikei.ac.jp
研究の詳細
1. 背景
社会性動物にとって、社会的孤立は、捕食者との遭遇リスクや繁殖機会の喪失など、生存に関わる潜在的な脅威であると考えられています。実際に、ヒトにおいては、社会的孤立は様々な精神疾患のリスク因子として知られています。さらに、モデル動物においては、長期的な社会的孤立は、社会性の減弱やうつ様行動を引き起こすストレスモデルとして広く用いられています。一方、短期的な社会的孤立は、社会的接触や親和性行動の増大といった、長期孤立とは対照的な向社会性行動が引き起こされることが知られおり、隔離期間に応じた二相性の行動変化が報告されています。しかしながら、そのメカニズムについては、長期社会的孤立の解析が進む一方で、短期社会的孤立に伴う行動変化に関わる神経メカニズムの理解は遅れています。
2. 手法と成果
はじめに、短期社会的孤立による情動・社会性行動の変化を解析しました。その結果、短期社会的孤立を経験したマウスは、基本的な運動活性や不安様行動に顕著な変化はみられないものの、社会的嗜好性が増強することが分かりました。また、孤立中の摂食量が増大しており、社会的・精神的渇望と物質的な渇望が関連している可能性が示唆されました。さらに、短期孤立中に、化学遺伝学的に島皮質の活動を抑制すると、その後の社会的嗜好性が減弱することが見出され、短期社会的孤立によるリバウンドの社会的接触には島皮質が必要であることを示しました。
3. 今後の応用、展開
本研究では、短期の社会的孤立によって、島皮質が社会的情動価を増強させることで行動戦略を変えうることが示されました。これは、社会的文脈に応じた情動価変容の神経メカニズムの解明につながることが期待されます。また、孤独感やそれによって生じる渇望に関わる神経基盤を理解するうえでの基礎的知見となる可能性が考えられます。
4. 用語説明
Insular cortex (IC):島皮質。大脳皮質の一領域であり、身体の内外の情報の統合や社会性行動に関与することが知られています。
化学遺伝学:神経細胞に人工受容体(DREADD)を発現させて特異的なリガンド(CNOなど)を投与することにより、神経細胞活動の亢進や抑制を人工的に操作することができる手法です。
本件に関するお問合わせ先
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