東京薬科大学・生命科学部・感染制御学研究室の新崎恒平教授らのグループは、大阪大学微生物病研究所・山本雅裕教授と笹井美和准教授、岐阜大学大学院医学系研究科・永井宏樹教授と久堀智子准教授、京都大学大学院医学研究科・中川一路教授と野澤孝志准教授らのグループとの共同研究により、感染宿主の自己成分である細胞膜によって覆われたレジオネラ含有液胞膜が細胞内において非自己としてセルオートノマス免疫系に捕捉される仕組みを解明しました。


1. ポイント
・宿主由来の細胞膜で覆われたレジオネラ含有液胞(Legionella-containing vacuole; LCV)へのセルオートノマス免疫系関連分子であるGBPの集積には、レジオネラの病原因子であるLpg2552が必要であることを明らかにしました。

・Lpg2552はLCV膜においてリン脂質のホスファチジン酸の合成を促進していることを発見するとともに、GBPがこのホスファチジン酸の集積を非自己のサインとして識別することでLCV膜を破壊していることを見出しました。さらに、ホスファチジン酸を認識できないGBPの変異体はLCV膜を捕捉できず、その結果、レジオネラの細胞内増殖を抑制できないことを明らかにしました。
・これらの成果は、GBPによる他の病原体含有液胞に対する攻撃メカニズムの研究の一助となる他、GBPが関わる自己免疫疾患の発症機構を解明する足掛かりとなることが期待されます。


2. 概要
東京薬科大学・生命科学部・感染制御学研究室の新崎恒平教授らのグループは、大阪大学微生物病研究所・山本雅裕教授と笹井美和准教授、岐阜大学大学院医学系研究科・永井宏樹教授と久堀智子准教授、京都大学大学院医学研究科・中川一路教授と野澤孝志准教授らのグループとの共同研究により、感染宿主の自己成分である細胞膜によって覆われたレジオネラ含有液胞膜が細胞内において非自己としてセルオートノマス免疫系に捕捉される仕組みを解明しました。本研究の成果は、セルオートノマス免疫系が自己成分を「非自己」として識別できる分子機構の一端を明らかにしたとともに、この仕組みの解析はセルオートノマス免疫系に由来する自己免疫疾患発症機構の理解に繋がることが期待されます。本成果は、米国National Academy of Sciencesが刊行する科学誌「Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America」に掲載されました。


3. 研究の背景
 免疫系において、『自己』と『非自己』の厳密な識別は必要不可欠です。一般に、自然免疫系や獲得免疫系では病原体特有の分子パターン(Pathogens Associated Molecular Pattern: PAMP)を基盤として自己と非自己を識別しています。一方、細胞内に侵入した病原体を捕捉し殺傷する『セルオートノマス免疫系』では、自己と非自己の境界が曖昧となっています。その理由として、細胞内に侵入した病原体の多くは剥き出しの状態ではなく、『宿主細胞由来の膜』に覆われて存在していますが、セルオートノマス免疫系では、この宿主由来の膜に覆われた病原体を捕捉し攻撃しています。つまり、『自己由来』の膜成分を『非自己』として認識し攻撃していることから、この識別は病原体のライフサイクルによって引き起こされる宿主因子の分子変動に伴うパターン(Pathogen "Life-cycle" Associated Molecular Pattern: PLAMP)を基盤にしていると考えられます。それゆえ、細胞内で起こるどのような分子の変化が「自己」を「非自己」としているかを明らかにすることで、セルオートノマス免疫系における『PLAMP』の解明に繋がることが期待されます。

 レジオネラは、温泉や公衆浴場といった『水』を扱う施設での感染事例を報道などで目にする機会のある病原体で、感染すると重篤な肺炎を引き起こす可能性があります。最近では大阪・関西万博において基準値を超えたレジオネラが検出されたとの報道が記憶に新しいかと思います。なお、感染したレジオネラは宿主細胞内において増殖することから、『細胞内発症型細菌』に分類されます。
 宿主細胞に侵入後、レジオネラはレジオネラ含有液胞(Legionella-containing vacuole; LCV)とよばれる『宿主細胞の細胞膜』によって覆われた膜構造を細胞内に作り出します。その後、レジオネラはLCVの動態を制御することで、LCVのリソソーム(細胞内分解工場)への輸送を遮断するとともに、LCVを自身の増殖の場である小胞体へと誘導します。なお、レジオネラはLCVの動態制御を行うに際して『レジオネラエフェクター』と呼ばれる多くの病原因子を宿主細胞に放出します。
 一方で、私たちの細胞には細胞内の病原体と対峙できる機構があることが知られています。インターフェロンは感染した病原体に対抗するための遺伝子の発現を亢進するサイトカインの一つであり、先行研究によってインターフェロンで誘導されるGTPaseの一種であるGuanylate binding protein; GBP(マウスにおいてはGBP2・ヒトにおいてはGBP1)はLCV膜を捕捉し破壊することが明らかにされています。更に、レジオネラエフェクターが放出できない変異株を含むLCVはこれらのGBPによって捕捉"されない"ことも分かっています。つまり、これらGBPは何らかのレジオネラエフェクターがLCV上で引き起こした分子変動を識別していると推察されますが、その詳細は不明となっています。

4. 研究成果の詳細
 本研究では培養細胞にGBP遺伝子を強制的に発現させるシステムを用い、GBPによるLCVの捕捉を促すレジオネラエフェクターの探索から着手しました。その結果、『Lpg2552』とよばれるレジオネラエフェクターの遺伝子を欠失したレジオネラを含むLCVにおいて、GBPによる捕捉が検出されないことがわかりました。
Lpg2552はLCV上においてリン脂質のジアシルグリセロール(Diacylglycerol; DAG)の合成を促す因子として報告されていたことから、「GBPはLCV上のDAGを認識する」との仮説を立て検証を行いました。しかしながら、解析の結果、GBPはDAGではなく別のリン脂質であるホスファチジン酸(Phosphatidic Acid; PA)を極めて特異的に認識するという結果が得られました。この結果は当初の仮説とは異なるように思われますが、細胞内において合成されたDAGは速やかにPAへと変換されることを考慮すると理にかなっています。事実、PAを特異的に標識する蛍光プローブを用いた解析によりLpg2552依存的にLCV上にPAが蓄積していることを見出しました。これらの結果は、Lpg2552の作用によりLCV上に蓄積したPAをGBPが非自己のサインとして識別していることを示しています。通常、PAは細胞小器官といった生体膜の構成成分となります。そこで、GBPが細胞内においてLCV膜だけを特異的に識別できる(細胞小器官の膜は認識しない)分子機構の解析を行ったところ、GBPが認識できるPAの濃度は通常のPA結合タンパク質が認識できる濃度より極めて高いことを見出しました。つまり、GBPはPAの濃度を「自己」と「非自己」の境界線としていると考えられます。さらに、PAの認識に重要となるGBPのアミノ酸残基(GBP2:585番目のリジン残基・GBP1:587番目のリジン残基)の同定にも成功し、当該残基を変異させたGBPの発現実験により、当該変異はLCVの捕捉やレジオネラの細胞内増殖抑制に極めて大きな影響を与えることが示されました。
 続いて、Lpg2552によるLCV上でのPA産生がインターフェロン存在下における病原体排除における必要性の検証を行いました。先ず、インターフェロン処理により発現量が著しく上昇したGBPがLCV膜を捕捉していること、未処理の条件と比較してレジオネラの細胞内増殖を強く抑制することを確認しました。一方で、Lpg2552欠損株を含むLCVはインターフェロンによって発現誘導されたGBPからの捕捉を逃れ、更にはインターフェロン存在下においても有意に増殖していることを発見しました。

 以上の結果は、セルオートノマス免疫系によるレジオネラの排除にはレジオネラ自身の作用によりLCV上に蓄積したPAが利用されていることを示しています。


(別添:研究概要図)

5. 今後の展望
 今回の研究では、セルオートノマス免疫系における「自己」と「非自己」の境界線を決定する分子機構の一端を明らかにすることができました。セルオートノマス免疫系はレジオネラのみならず宿主由来の膜によって覆われた多くの病原体の捕捉と排除に働いていることを鑑みると、今回の研究で明らかにされた知見は、セルオートノマス免疫系による他の病原体捕捉機構の解析の一助になると考えています。さらには、今回得られた「細胞内のPAの濃度がセルオートノマス免疫系における自己と非自己の境界線になっている」という知見は、GBPに関連した自己免疫疾患の発症機構(当該患者において、異常なPAの蓄積が検出される等)の理解にも役立つと考えられます。

6. 用語解説
セルオートノマス免疫系:細胞自律的免疫系ともよばれる。細胞内で病原体を異物として排除する、細胞自身が自律的にもっている免疫系。

Guanylate binding protein (GBP):インターフェロンによって発現が誘導されるGTPアーゼ。マウスやヒトにおいて複数の分子種が存在している。細胞内に存在する病原体や病原体を包埋している膜を捕捉し、病原体や病原体包埋膜上で重合構造を形成することで、標的物を破砕する。

レジオネラ:1976年、米国フィラデルフィア州で開催された在郷軍人会に参加していた複数の人々が肺炎を発症し、患者より新規の病原細菌が単離された。その後、在郷軍人(legionnaire)にちなみ、Legionella pneumophila(レジオネラ・ニューモフィラ)と命名された。自然界において、レジオネラはアメーバなどの原生生物を宿主としているが、レジオネラを含むアメーバなどによって形成されたバイオフィルム*が存在する取水管やタンク内の水はレジオネラによって汚染される。
そして、それら水源から発生するエアロゾルの吸入がヒトへの感染の引き金となる。
*;原生生物や微生物の集合体。例として排水溝のヌメリなどが挙げられる。

レジオネラエフェクター:細胞内に侵入したレジオネラが、分泌装置を介して宿主細胞内に放出する病原因子。レジオネラは300種類以上のレジオネラエフェクターを放出していると推測されている。レジオネラエフェクターには宿主細胞の機能をコントロールする役割があると考えられているが、機能未知のレジオネラエフェクターが多く存在している。

Diacylglycerol (DAG):リン脂質の一種。脂質でありながら生体膜の成分にはならず主にシグナル伝達物質として働く。生理活性が強いことから、細胞内で合成されたDAGはリン酸化されることで速やかにPAへと変換される。

Phosphatidic Acid (PA):リン脂質の一種。生体膜の構成成分となる一方、細胞内シグナルや複数のイオンチャネルの活性化に働くことから、細胞内において濃度が低くなるように制御されている。

7. 原著論文
掲載誌:Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America
論文名:Phosphatidic acid production on the vacuole harboring Legionella pneumophila is a signal for recognition of interferon-induced GTPases.
著 者:生出 紘夢1, 久堀 智子2, 永井 宏樹2,3, 野澤 孝志4, 中川 一路4, 笹井 美和5, 山本 雅裕5, 新崎 恒平1#
    #:責任著者
    所属1:東京薬科大学・生命科学部・感染制御学研究室
    所属2:岐阜大学・大学院医学系研究科・病原体制御学分野
    所属3:岐阜大学・高等研究院・One Medicine トランスレーショナルリサーチセンター
    所属4:京都大学・大学院医学研究科・微生物感染症学分野
    所属5:大阪大学・微生物病研究所・感染病態分野


8. 研究支援
日本学術振興会 基盤研究B(18H02656)、学術変革領域研究B(20H05772)(研究代表者:新崎恒平)

日本学術進行会 学術変革領域研究B(20B304)(研究代表者:山本雅裕)
科学技術振興機構 創発的研究支援事業(JPMJFR206D)(研究代表者:山本雅裕)
科学技術振興機構 ムーンショット型研究開発事業(JPMJMS2025)(研究代表者:松浦善治・課題推進者:山本雅裕)
日本医療研究開発機構 新興・再興感染症に対する革新的医薬品等開発推進研究事業(JP23fk0108682)(研究代表者:山本雅裕)

内藤記念科学記念財団 (研究代表者:笹井美和)

日本学術振興会 基盤研究 B (23H02716/23K27407)、内藤記念科学振興財団(研究代表者:永井宏樹)

日本学術振興会 基盤研究 B (22H02867/23K24129、25K02493)、武田科学振興財団(研究代表者:久堀智子)

日本学術振興会 基盤研究B(25K02494)(研究代表者:中川一路)

▼本件に関する問い合わせ先
入試・広報センター
住所:東京都八王子市堀之内1432-1
TEL:042-676-4921
FAX:042-676-8961
メール:kouhouka@toyaku.ac.jp


【リリース発信元】 大学プレスセンター https://www.u-presscenter.jp/
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