【発表のポイント】
◆これまでレタスなど一部の野菜しか栽培できなかったLED植物工場の養液栽培で、世界で初めてエダマメの安定生産に成功しました!
◆しかも収量は畑での栽培を上回り、さらに甘みが強く、健康成分イソフラボンなど栄養価も高いことが明らかになりました!
◆この成果により、都会のビルや砂漠、さらには宇宙でも一年中エダマメを作れる未来が開け、食料問題の解決や健康的な食生活につながります。
【概要】
東京大学大学院農学生命科学研究科修士課程の高野智京さん(研究当時)、若林侑助教、矢守航准教授、および法政大学生命科学部の佐野俊夫教授らの研究グループは、人工光型植物工場において世界で初めてエダマメの安定生産に成功しました(図1)。
エダマメは高タンパクで栄養価が高く、世界的に人気が高まっている食材ですが、収穫後すぐに品質が落ちるため長期保存が難しく、市場に出回るのは夏の限られた時期に偏っています。
本研究では、3種類の水耕栽培システムを用いて栽培実験を行い、その成果を比較しました。その結果、特に「NFT方式(養液膜栽培)」により、露地栽培を上回る収量を安定して得られることが明らかになりました。さらに、このNFT栽培では、甘味を左右する糖や健康成分であるイソフラボンが豊富に含まれ、味や栄養価においても優れていることが示されました。これは、これまで畑での栽培では実現できなかった画期的な成果です。
本研究は、都市のビル内や砂漠など耕作が難しい地域、さらには宇宙空間においても、一年を通じて高品質なエダマメを生産できる可能性を示したものであり、持続可能な食料生産と健康社会の実現に向けた大きな一歩となります。
【発表内容】
●LED植物工場で"畑を超える"エダマメを実現
<研究背景> 「工場では豆類は育てにくい」という常識
人工光型植物工場は、LEDや空調を用いて光・温度・湿度・二酸化炭素・養液を自在に制御し、一年中安定した作物生産を可能にする次世代の農業モデルです。天候に左右されないことから、気候変動や農薬依存の問題を解決する手段として期待されています。しかし、これまで主にレタスなどの葉物野菜が中心で、成長に時間がかかる豆類や果菜類は「工場ではうまく育てられない」とされてきました。
矢守研究グループは先日、LED植物工場で世界に先駆けてトマトの安定栽培に成功した成果を発表し、大きな注目を集めました(関連情報参照)。次なる一歩として選んだのはエダマメです。
<結果> NFT方式で実現した"畑を超える"高収量・高品質エダマメ
■生育のちがい ―― 旺盛に成長し、しっかり実をつける
3種類の栽培システム(NFT=養液膜栽培、ROC=ロックウール栽培、MIST=噴霧栽培)を比較した結果、NFTで最も茎や葉の成長が旺盛でした。露地栽培(FIELD)よりも多くのバイオマスを生産し、植物工場でも力強く育つことが示されました(図3)。
■収量のちがい ―― 露地を超える収穫量を達成
収量を左右するのは花の数よりも、どれだけ効率よく莢をつけられるかでした。NFTでは莢の数と種子数が多く、結果として収量は露地を上回る水準となりました。つまり「畑より多く収穫できるエダマメ」を工場で実現したのです(図3)。
■成分のちがい ―― 甘さと健康成分が豊富に
エダマメの味を決めるのは、糖とアミノ酸のバランスです。分析の結果、NFTやROCではショ糖が多く、甘みが強いことが分かりました(図4)。遊離アミノ酸はやや低めでしたが、健康成分として注目されるイソフラボンはNFTで露地よりも多く蓄積していました(図4, 5, 6)。LED光環境がイソフラボン合成を促す可能性も示唆され、従来の畑では得られない品質向上が確認されました。
■総合評価 ―― NFTが最も優れた栽培法
収量・甘味・機能性成分など複数の指標を統合して比較したところ、NFTが最も高い評価を獲得しました(図7)。
<まとめと将来展望> 都市・砂漠・宇宙へ広がる"エダマメ革命"
今回の研究は、世界で初めて人工光型植物工場においてエダマメを安定的かつ高品質に栽培することに成功した、画期的成果です。これにより、夏に限られていたエダマメを一年中楽しめる未来が現実味を帯びました。都市の高層ビル内や砂漠地帯といった耕作が難しい環境、さらには宇宙空間においても、高タンパクで栄養価の高いエダマメを生産できる可能性が広がります。都市農業の新しいビジネスモデルとして、また、長期宇宙ミッションでの食料供給源としても、大きな期待が寄せられます。
「いつでも・どこでも・おいしいエダマメを育てる」――これまで不可能とされた挑戦が現実となり、新しい農業の未来がここから始まろうとしています。
【図の解説】
・図3:収量関連形質
(A) 収量および収量構成要素。
収穫指数は完全粒の乾物重を地上部乾物重で割った値として算出した。
各値は平均値±標準誤差(n=4)を示す。異なるアルファベット間には有意差があること、n.s.は有意差がないことを示す(P<0.05、Tukey検定)。
(B) 収量関連形質間の関係図。
Above DW:地上部乾物重、A seed FW:1粒あたりの完全粒新鮮重、A seed DW:1粒あたりの完全粒乾物重、Flower N:開花後49日目(DAS)までの累積開花数、HI:収穫指数、Leaf DW:葉乾物重、PMS:完全粒割合、Pod DW:莢乾物重、Pod N:1株あたりの莢数、Pod SR:結莢率(Pod N / Flower N で算出)、Seed DW:完全粒乾物重、Seed MC:完全粒含水率、Seed N:1株あたりの総子実数、Seed N/Pod:1莢あたりの子実数、Stem DW:茎乾物重、Yield:1株あたりの完全粒新鮮重。
図中の各値は相関係数を示す(Flower N、 Pod SRは n=6、それ以外の形質は n=8)。*、 **、 *** はそれぞれ P<0.05、 P<0.01、 P<0.001 で有意であることを示す。実線は有意な相関関係があることを、破線は有意な相関関係がないことを示す(P<0.05)。線の太さは相関の強さを表し、赤線は正の相関、青線は負の相関があることを示す。
・図4:完全粒に含まれる成分
(A) 可溶性糖および澱粉含量。(B) 遊離アミノ酸含量。 (C) イソフラボン含量。
総遊離アミノ酸含量は、HPLCで検出されたすべてのアミノ酸の総和として算出した。総イソフラボン含量は、マロニルゲニスチン、マロニルダイジン、ダイジン、グリシテインの総和として算出した。各値は平均値±標準誤差(n=4)を示す。異なるアルファベット間には有意差があること、n.s.は有意差がないことを示す(P<0.05、Tukey検定)。
・図5:収量関連形質および子実成分の主成分分析(PCA)
(A) PCA二次元プロット。
AA:総遊離アミノ酸含量、AboveDW:地上部乾物重、SeedN:1株あたりの子実数、HI:収穫指数、Isoflavones:総イソフラボン含量、Sugars:総可溶性糖含量、Yield:1株あたりの子実新鮮重。
第1主成分(PC1)と第2主成分(PC2)の寄与率は、それぞれ全分散の71.1%、21.8%を占めた。矢印は各形質がPC1およびPC2に及ぼす影響の強さを示す。
・図6:NFT栽培と圃場栽培を比較した子実の代謝マップ
略号:AcCoA=アセチルCoA、CA=ケイ皮酸、F6P=フルクトース-6-リン酸、G6P=グルコース-6-リン酸、MaCoA=マロニルCoA、PEP=ホスホエノールピルビン酸、OAA=オキサロ酢酸、Ru5P=リブロース-5-リン酸、2OG=2-オキソグルタル酸、3PGA=3-ホスホグリセリン酸、4CoCoA=4-クマロイルCoA。
赤色の星はNFT栽培で相対的に多い成分、青色の星は少ない成分を示す。
・図7:人工光型植物工場におけるエダマメの最適な栽培システム
(A) 各栽培システム間の特性比較
AA:総遊離アミノ酸含量、HI:収穫指数、Isoflavones:総イソフラボン含量、Sugars:総可溶性糖含量、Yield:1株あたりの子実新鮮重。
各値は標準化したZスコアを示す。
(B) 植物工場にNFT栽培を導入した際のイメージ図。
○関連情報
・プレスリリース「世界初!LED植物工場で"甘くて栄養価の高いミニトマト"の安定生産に成功――LED光と空間設計の最適化で、温室を凌ぐ甘さと栄養価を達成――」(2025/07/30)
https://www.a.u-tokyo.ac.jp/topics/topics_20250730-1.html
【発表者・研究者等情報】
<東京大学>
大学院農学生命科学研究科
高野 智京 研究当時:修士課程
若林 侑 助教
河鰭 実之 教授
矢守 航 准教授
<法政大学>
生命科学部
和田 宗士 研究当時:学部4年
佐野 俊夫 教授
【論文情報】
・雑誌名: Scientific Reports
・題 名: Sustainable Edamame Production in an Artificial Light Plant Factory with Improved Yield and Quality
・著者名: Tomoki Takano, Yu Wakabayashi, Soshi Wada, Toshio Sano, Saneyuki Kawabata, Wataru Yamori*
・DOI: 10.1038/s41598-025-17131-w
【研究助成】
本研究は、日本学術振興会科研費「基盤研究(B)(課題番号:21H02171)」、「学術変革領域研究(A)「細胞質ゲノム制御」(課題番号:24H02277)」の支援により実施されました。
▼本件に関するお問い合わせ先
(研究内容については発表者にお問合せください)
・東京大学大学院農学生命科学研究科附属生態調和農学機構
准教授 矢守 航(やもり わたる)
TEL: 070-6442-9511
E-mail: yamori@g.ecc.u-tokyo.ac.jp
・東京大学大学院農学生命科学研究科・農学部
事務部 総務課総務チーム広報情報担当
TEL: 03-5841-8179, 5484
FAX: 03-5841-5028
E-mail: koho.a@gs.mail.u-tokyo.ac.jp
・法政大学生命科学部
教授 佐野 俊夫(さの としお)
TEL: 042-387-7108
E-mail: toshiosano@hosei.ac.jp
・法政大学総長室広報課
TEL: 03-3264-9240
E-mail: pr@adm.hosei.ac.jp
【リリース発信元】 大学プレスセンター https://www.u-presscenter.jp/