~蚊媒介感染症の監視への応用に期待~

東京慈恵会医科大学 熱帯医学講座(講師 青沼宏佳、教授 嘉糠洋陸)は、台湾の國家衛生研究院 感染症ワクチン研究所(研究員 陳俊宏)と、ブルキナファソのジョゼフ・キ=ゼルボ大学 基礎・応用昆虫学研究室(教授 Athanase Badolo)と共同で、蚊のウイルス感染の痕跡を検出する簡便な方法を確立し、デング熱流行地の野生の蚊からデングウイルス感染の痕跡を検出することに世界で初めて成功しました。

蚊は、デング熱、日本脳炎、黄熱、ジカウイルス感染症などの原因となる、様々な病原ウイルスを媒介します。

これらの感染症を効果的に制圧するためには、媒介蚊におけるウイルス感染状況を正確に把握し、適切にコントロールすることが欠かせません。しかし、流行地の多くを占める途上国では、蚊からウイルスを検出するための設備や技術が十分に整っておらず、調査が大きな課題となっていました。

今回の研究では、蚊のウイルス感染の痕跡(vDNA=ウィルス由来DNA)を従来よりも簡便かつ高い精度で検出できる新たな方法「vDNA-LAMP法」を確立しました。この方法を実際にブルキナファソでデング熱が流行した際に適用したところ、野生の蚊におけるデングウイルス感染の痕跡を、世界で初めて確認することに成功しました。
この成果により、設備や技術が限られた国や地域においても、蚊のウイルス感染状況を把握できる可能性が飛躍的に広がります。さらに、この手法は途上国だけでなく日本でも有用であり、国内でデング熱などの感染症が流行した際の迅速な状況把握と対策立案に役立ちます。

「vDNA-LAMP法」の開発とその有効性の実証結果は、、感染症の早期発見や流行の予測、さらには国際的な感染症対策の強化につながるものと期待されます。

研究成果の概要
①デングウイルスに感染した蚊から、“感染の痕跡(vDNA)”を見つけ出す新しい検出方法を確立しました。

②確立した方法は従来のウイルス検出法よりも簡便で感度が高く、保存状態が悪い蚊からも感染の痕跡を確かめることができます。

③実際にアフリカで採集した野生の蚊からウイルス感染の痕跡を確認することに成功し、地図上に可視化することで、感染リスクの把握につながる成果となりました。


図1 本研究の概要と特徴

今後の展開
今回の研究成果を基盤として、今後はデング熱以外の様々なウイルス感染症と、それらを媒介する蚊を対象に研究を発展させていく予定です。蚊から各ウイルスに特有の感染痕跡を検出する方法を確立し、それらを組み合わせることで、複数の感染症の状況を同時に把握できる新たな手法への応用展開も視野に入れています。



論文発表
本研究の成果は、2025年9月12日に「PLOS ONE」誌に掲載されました。
Aonuma H, Sombié A, Li JC, Ote M, Saiki E, Ichimura H, Iizuka I, Odagawa T, Sakurai T, Yamaji K, Saijo M, Chen CH, Badolo A, Kanuka H. Dissecting the dynamics of virus-derived DNA of dengue virus 2 (DENV-2) in Aedes mosquitoes. PLoS One 2025; 20(9):e0332245. doi: 10.1371/journal.pone.0332245.

研究グループ
・東京慈恵会医科大学 熱帯医学講座
講師 青沼宏佳、教授 嘉糠洋陸
・台湾 國家衛生研究院 感染症ワクチン研究所 
研究員 陳俊宏
・ブルキナファソ ジョゼフ・キ=ゼルボ大学 基礎・応用昆虫学研究室
教授 Athanase Badolo

研究支援
本研究は、東京慈恵会医科大学女性研究者キャリア支援研究費「vDNA検出による蚊のウイルス感染検査法の開発(研究代表者:青沼宏佳)」、黒住医学研究振興財団研究助成金「vDNAを標的とした迅速・簡便なウイルス媒介蚊検査技術の開発(研究代表者:青沼宏佳)」、日本医療研究開発機構(AMED)「アフリカにおける顧みられない熱帯病(NTDs)対策のための国際共同研究プログラム(研究代表者:嘉糠洋陸)」、「新興・再興感染症研究基盤創生事業(海外拠点活用研究領域)(研究代表者:嘉糠洋陸)」による助成を受けておこなわれました。


【本研究内容についてのお問い合わせ先】
東京慈恵会医科大学 熱帯医学講座
講師 青沼 宏佳(あおぬま ひろか)
電話 03-3433-1111(代)
メール aonuma@jikei.ac.jp

【報道機関からのお問い合わせ窓口】
学校法人慈恵大学 経営企画部 広報課
電話 03-5400-1280
メール koho@jikei.ac.jp 
研究の詳細

1.背景
デング熱をはじめとするアルボウイルス感染症は、世界的に拡大を続けている公衆衛生上の重要課題です。世界保健機構(WHO)の報告によれば、2023年にはデング熱の症例が過去最多となり、感染拡大はかつてない規模に達しています。
こうした感染症を制御するためには、患者発生の動向を把握するだけでなく、媒介者である蚊の感染状況や分布を正確に監視することが不可欠です。
アルボウイルスはほぼすべてRNAウイルスです。私たちの研究チームは、デングウイルスに感染した蚊の体内で、「ウイルス由来のDNA(vDNA)」が産生される点に着目しました。vDNAは蚊の免疫応答を助ける役割を持つことが報告されていますが、自然界に生息する野生蚊における実態は不明のままでした。今回、私たちはデングウイルス感染細胞や実験感染蚊でvDNAの産生を確認するとともに、野生蚊からのvDNA検出にも世界で初めて成功しました。

2.手法
蚊細胞および蚊個体からのvDNAの検出には、高感度かつ迅速な分子診断技術であるLAMP法を応用しました。ウイルスの多様な変異に対応するため、既報のデングウイルス2型(DENV-2)41株の遺伝子配列を基に検出法を設計しました。デングウイルス2型ゲノムRNAおよび、感染させた培養細胞から得られたvDNAを用いた検出試験を繰り返し実施し、結果の評価をおこないました。
実験モデルとして、台湾の國家衛生院において蚊にデングウイルス2型を人工感染させ、野生感染蚊を模倣しました。これらの蚊を用いて、検出法の感度および特異性を評価しました。
西アフリカ・ブルキナファソの首都ワガドゥグ周辺におけるデングウイルス2型が流行した際に、約1,000世帯の家屋内外で蚊を採集しました。採集された蚊は死滅・乾燥した状態で保存し、検査に供しました。得られた蚊の検体データは採集地点のGPS情報と統合し、ウェブベースの地図可視化ツールを用いて調査地点およびvDNA陽性地点を地図上に表示しました。

3.成果
本研究では、デングウイルス2型(DENV-2)に感染した細胞および蚊から、ウイルス由来DNA(vDNA)を検出する新しい方法「vDNA-LAMP法」を確立しました。感染させた蚊細胞では感染群からのみ特異的にvDNAが検出され、人工感染蚊においても同様の結果が得られました。これにより、感染細胞や蚊体内でごく少量しか存在しないvDNAを安定的に増幅・検出できることが示されました。
さらに、従来広く用いられてきた遺伝子検査法(qPCR)と比較したところ、LAMP法は同等あるいはそれ以上の感度を示し、とりわけウイルス量が少ない検体において有用であることが明らかとなりました。加えて、ブルキナファソで採集した野生蚊の検体の一部からも、DENV-2由来のvDNAが検出されました。野生蚊からのvDNAの直接検出は世界初の報告であり、流行地における感染蚊の分布把握に直結する重要な知見となります。
これらの成果は、確立したvDNA-LAMP法が実際の流行地域における感染蚊監視に応用可能であることを示し、デング熱の流行予測や感染リスク評価に新たな手法を提供するものです。


4.今後の応用、展開
本研究で確立したvDNA-LAMP法は、デングウイルス由来DNAを高感度かつ簡便に検出できる新規手法であり、従来のウイルスゲノムRNAを対象とする方法に比べて多くの利点があります。特に、野外で採集された蚊は死滅・乾燥した状態で保存されることが多く、RNAの劣化によってウイルス検出が難しくなることが課題でしたが、vDNAを対象とすることで保存条件の影響を受けにくく、現地調査での実用性が大きく向上します。また、LAMP法は一定温度で反応が進むため、高価な装置を必要とせず、資源の限られた流行地域においても効率的な蚊の監視体制を構築することが可能です。
さらに、感染蚊から検出されたvDNAの分布を地図上に可視化することで、感染リスクの高い地域を特定し、流行予測や媒介蚊対策の重点化に活用できると期待されます。今後は、vDNAの検出と実際の感染性との関係を解明する研究を進めることで、感染症対策における新たな指標としての応用が見込まれます。
将来的には、デング熱にとどまらず他のウイルス感染症へ対象を広げ、蚊体内に残るそれぞれのウイルス由来DNAを検出する方法を確立することを計画しています。それらを組み合わせることで、複数の感染症の流行状況を同時に把握できる新しい統合的な監視システムの構築を目指しています。

5.用語説明

【デング熱/デングウイルス(DENV)】
デング熱は、フラビウイルス科に属するデングウイルス(DENV: 4種類の血清型あり)によって引き起こされる急性感染症です。媒介するのはネッタイシマカやヒトスジシマカなどの蚊で、高熱、頭痛、筋肉痛、発疹などを特徴とします。二度目以降の感染ではまれに重症化(デング出血熱、デングショック症候群)することがあり、注意が必要です。ワクチンや特効薬は限られているため、蚊の発生源対策や蚊に刺されない工夫が呼ぼうの基本となります。

【アルボウイルス】
蚊やダニなどの節足動物が媒介するウイルスの総称です。
デングウイルス、ジカウイルス、日本脳炎ウイルス、黄熱ウイルスなどが代表的です。人に感染すると発熱や脳炎などの病気を引き起こすことがあります。

【ウイルス由来DNA(vDNA)】
ウイルス由来DNA(vDNA)は、本来RNAを遺伝しとしてもつウイルスが蚊などの細胞に感染した際に、その一部のRNA配列が宿主細胞内で逆転写され、DNA断片として残るものを指します。ウイルスと宿主の相互作用の一旦を示す現象として注目されています。

【LAMP法(Loop-mediated Isothermal Amplification)】
LAMP法は、DNAやRNAの特定の配列を一定の温度で効率的に増幅する遺伝子増幅技術です。PCR法のような温度の上げ下げを必要とせず、短時間で高い感度と特異性を持って結果が得られるため、感染症の診断や現場での簡便な検査に広く応用されています。

【qPCR(定量的PCR)】
DNAやRNAの量をリアルタイムで測定しながら増幅できる方法です。従来のPCR法が「有無」を調べるのに対し、qPCRは「どのくらいあるか」を数値化できるため、感染症の診断やウイルス量の測定などに広く利用されています。

図2 本研究の成果と応用展望


以上


本件に関するお問合わせ先
学校法人慈恵大学 広報課 
メール:koho@jikei.ac.jp
電話:03-5400-1280

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