東京薬科大学の多田塁准教授、松尾侑希子講師、三巻祥浩教授、根岸洋一教授らの研究グループは、国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所(NIBN)との共同研究により、植物(ジギタリス)由来の「スピロスタノール配糖体」ギトニンが、経鼻ワクチンにおける安全かつ強力な粘膜アジュバントとして機能することを世界で初めて実証しました。この発見は、インフルエンザや新型コロナウイルスなどの呼吸器感染症に対する、安全で効果的な次世代経鼻ワクチンの開発に大きく貢献すると期待されます。



1.ポイント
・既存のサポニン系アジュバント(QS-21など)とは異なる骨格の化学構造を持つ「スピロスタノール配糖体」*1ギトニンが、経鼻ワクチンのアジュバント*2として機能することを世界で初めて実証
・既存のトリテルペンサポニン*3で課題となる局所刺激性とは対照的に、ギトニンは投与部位における炎症細胞の浸潤(炎症反応)を伴わないことから、高い安全性を有する新規粘膜アジュバントとして有望
・鼻腔や肺などの粘膜面で感染を防御するIgA抗体*4と、重症化を予防する血中IgG抗体の両方を強力に誘導し、次世代の経鼻ワクチン開発への応用が期待


2.概要
東京薬科大学の多田塁准教授、松尾侑希子講師、三巻祥浩教授、根岸洋一教授らの研究グループは、国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所(NIBN)との共同研究により、植物(ジギタリス)由来の「スピロスタノール配糖体」ギトニンが、経鼻ワクチンにおける安全かつ強力な粘膜アジュバントとして機能することを世界で初めて実証しました。これまでサポニン系アジュバントとしてはトリテルペン類(QS-21など)が実用化されてきましたが、本研究はそれらとは骨格の異なる「スピロスタノール配糖体」に初めて粘膜アジュバント活性を見出したものです。本研究の成果は、従来の粘膜アジュバントが抱えていた「効果と安全性のジレンマ」に対し、炎症を伴わずに免疫を賦活化できる「スピロスタノール配糖体」という新しい骨格の化学構造をもつサポニン系アジュバントの選択肢を提示するものです。この発見は、インフルエンザや新型コロナウイルスなどの呼吸器感染症に対する、安全で効果的な次世代経鼻ワクチンの開発に大きく貢献すると期待されます。本成果は、国際学術誌「Vaccine」に掲載されました。


3.研究背景
インフルエンザや新型コロナウイルスなどの感染症は、依然として世界的な公衆衛生上の課題であり、効果的な予防法の確立が急務です。現在主流である「注射型ワクチン」は、全身性の免疫(IgG抗体)を誘導して重症化を防ぐ効果は高いものの、ウイルスを含む病原体が侵入する喉や鼻の粘膜で働く免疫(IgA抗体)は誘導されにくいため、感染そのものを阻止することは困難という課題があります。これに対し、鼻や口から接種する「粘膜ワクチン」*5は、病原体の侵入口である粘膜組織でIgA抗体を誘導できるため、感染そのものを水際で防ぐ理想的なワクチン戦略として期待されています。しかし、現在実用化されている粘膜ワクチンは全て生ワクチン*6であり、より高い安全性を求めて病原体の構成成分のみを用いる「サブユニット型ワクチン」*7の研究開発が進められていますが、効果を発揮するためには粘膜免疫機能を補助する「粘膜アジュバント」の添加が不可欠です。

このアジュバントの有力候補として、植物由来成分であるサポニン*8が検討されてきました。代表例のQS-21(シャボンノキ由来のサポニン)は、帯状疱疹ワクチンなどの注射用ワクチンで実用化されています。しかし、これらQS-21を含むトリテルペンサポニン系のアジュバントは、高い効果の一方で、局所反応(痛みや炎症)などの反応原性が高いことが課題とされてきました。


一方で、サポニンの化学構造には「スピロスタノール系骨格」というグループも存在しますが、これまでワクチンアジュバント、特に鼻から投与する「粘膜アジュバント」としての可能性は未解明でした。そこで本研究グループは、高い安全性が期待できる新たな候補物質として、この「スピロスタノール配糖体」に着目しました。


4.研究内容と成果
本研究グループは、ゴマノハグサ科ジギタリスDigitalis purpureaの種子から単離した「スピロスタノール配糖体」ギトニン(Gitonin)に着目しました。マウスを用いた実験の結果、ギトニンは既存のサポニン系アジュバントとは異なる骨格の化学構造を持ちながら、経鼻ワクチンの効果を劇的に高める粘膜アジュバント活性を持つことを突き止めました。これは、スピロスタノール配糖体が粘膜アジュバントとして機能することを示した世界初の成果です。 さらに、マウスの鼻腔組織を詳細に解析した結果、ギトニン投与群では投与部位における炎症細胞(好中球など)の浸潤がほとんど認められず、組織傷害を伴う炎症反応が極めて少ないことが判明しました。これは、ギトニンが強力な免疫誘導能を持ちながらも、高い安全性を有することを示しています。


5.今後の展開
本研究により、ギトニンは安全性の高い有望な粘膜アジュバント候補であることが示されました。ギトニンは安定な化学構造を持つ単一成分であるため品質管理が容易である点や植物の抽出や化学的手法の合成から供給可能である点も、粘膜ワクチン開発において大きなメリットとなります。今後はインフルエンザウイルスや肺炎球菌などの感染モデルマウスに対する有効性の検証を進め、安全で効果的な次世代型経鼻ワクチンの実用化を目指します。


■ 用語解説
*1 スピロスタノール配糖体:ステロイドサポニンの一種で、トリテルペンとは異なる「スピロスタノール骨格」を持つ化合物群です。これまでアジュバントとしての性質はほとんど知られていませんでした。

*2 アジュバント:ワクチンと一緒に投与することで、免疫反応を増強させる補助物質。
*3 トリテルペンサポニン:現在実用化されているサポニン系アジュバント(QS-21など)の多くが持つ化学構造です。強力な免疫誘導能を持ちますが、細胞膜に対する作用が強く、投与部位での痛みや炎症(反応原性)を引き起こしやすいという課題がありました。
*4 IgA(免疫グロブリンA):粘膜表面で、ウイルスや細菌の侵入を阻止する抗体。
*5 粘膜ワクチン:注射ではなく、鼻や口から投与するワクチン。病原体の侵入口である粘膜面で免疫(IgA)を誘導できるため、感染そのものを防ぐ効果が期待できる。
*6 生ワクチン:病原性を弱めたウイルスや細菌そのものを投与するワクチン。自然感染に近い強力な免疫誘導が可能ですが、感染リスクや、免疫機能が低下している人には接種できないなどの安全性への懸念があります。
*7 サブユニット型ワクチン:ウイルスや細菌の構成成分(タンパク質など)の一部のみを人工的に合成・精製して使用するワクチン。病原体そのものを含まないため感染のリスクがなく、安全性が非常に高いのが特徴です。一方で、単独では免疫誘導能が弱いため、効果を発揮させるために「アジュバント(免疫増強剤)の添加が不可欠となります。
*8 サポニン:植物や動物などに含まれるトリテルペンおよびステロイド配糖体(糖が結合した化合物)の総称。
水に溶かすと石鹸のように泡立つ性質(界面活性作用)を持ち、古くから医薬品や洗剤として利用されてきました。免疫細胞を刺激する作用を持つため、ワクチンのアジュバント(増強剤)としても利用されています。


■ 論文情報
・タイトル:Gitonin, a spirostanol glycoside, acts as a mucosal adjuvant to enhance antigen-specific mucosal and systemic immune responses in mice(スピロスタノール配糖体ギトニンの粘膜アジュバント作用:マウスにおける抗原特異的な粘膜および全身免疫応答の増強)
・著者:Rui Tada, Yukiko Matsuo, Emiri Nomura, Midori Tanaka, Taiki Koenuma, Yudai Honda, Yoshihiro Mimaki, Jun Kunisawa, Yoshiyuki Adachi, Yoichi Negishi
・掲載誌:Vaccine
・巻号・ページ: Volume 71, 128053 (2026)
・DOI: 10.1016/j.vaccine.2025.128053


■ 参考情報
本研究成果は特許出願中です。
・発明の名称:粘膜アジュバント
・発明者:多田塁、松尾侑希子、根岸洋一、三巻祥浩
・特許出願人:学校法人東京薬科大学
・出願番号:特願2025-125381

■ 研究支援
本研究は、以下の助成の支援を受けて行われました。
 日本学術振興会 科学研究費助成事業(課題番号:23K06185)
 国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)(課題番号:253fa727001h0004)

■ 研究体制
・研究代表者:多田 塁(東京薬科大学・薬学部・免疫学教室・准教授)
・共同研究者:
 - 松尾 侑希子(東京薬科大学・薬学部・漢方資源応用学教室・講師)
 - 野村 瑛美梨(東京薬科大学・薬学部・薬物送達学教室)
 - 田中 碧(東京薬科大学・薬学部・薬物送達学教室)
 - 肥沼 大葵(東京薬科大学・薬学部・免疫学教室)
 - 本多 優大(東京薬科大学・薬学部・薬物送達学教室)
 - 三巻 祥浩(東京薬科大学・薬学部・漢方資源応用学教室・教授)
 - 安達 禎之(東京薬科大学・薬学部・免疫学教室・教授)
 - 國澤 純(国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所(NIBN)・ヘルス・メディカル微生物研究センター・センター長)
 - 根岸 洋一(東京薬科大学・薬学部・薬物送達学教室・教授)

【研究内容に関するお問い合わせ先】
 東京薬科大学 薬学部 免疫学教室 准教授 多田 塁(ただ るい)
 TEL:042-676-5616
 E-mail:ruitada[at]toyaku.ac.jp ※[at]を@に置換してください。


▼本件に関する問い合わせ先
入試・広報センター
住所:東京都八王子市堀之内1432-1
TEL:042-676-4921
FAX:042-676-8961
メール:kouhouka@toyaku.ac.jp


【リリース発信元】 大学プレスセンター https://www.u-presscenter.jp/
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