本研究成果は、米国の科学誌「Science Advances」に掲載されました(日本時間2025年12月20日午前4時)。
研究成果のポイント
フロリゲンが花をつくる新しいメカニズム「フロリゲン・リレー」を発見した
フロリゲンが花をつくる際の詳細な分布を高精細に明らかにした
フロリゲンとサイトカイニンの拮抗的な関係を明らかにした
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図1 フロリゲン・リレーのしくみ。イネのフロリゲンHd3aは葉で作られた後、茎の先端に位置する茎頂メリステム*2まで運ばれ、そこを花序メリステムへと切り替える。フロリゲンHd3aはメリステムの中央部分まで到達した後、そこで"第二のフロリゲン" OsFTL1の発現を活性化する。OsFTL1がメリステム全体に広がることで、花の発生が進む
研究背景
植物の花は古くから私たちの暮らしを彩り、その後の実りは食として人類をはじめとする動物の生命を支えてきました。花が咲くことは、植物の生活環を締めくくるできごとであり、次の世代を残すうえでも欠かせません。植物が花をつくる際に最も重要な役割を担うのがフロリゲンです。植物が花づくりに適した環境を認識すると、フロリゲンが葉で合成され、維管束を通って茎の先端へ運ばれます。到達したフロリゲンは、幹細胞を含む組織である茎頂メリステムに作用し、植物は葉をつくる状態(栄養成長相)から花をつくる状態(生殖成長相)へと切り替わります。この成長相転換*3によって、茎頂メリステムは花序メリステムへ変わります。フロリゲンがメリステムでどのように相転換を引き起こすのかを明らかにすることは、植物の生存戦略の理解にも農業生産への貢献にも大きく関わる重要な研究として注目されています(図2)。
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図2 フロリゲンによる茎頂メリステムの成長相転換
本研究では、フロリゲンは茎頂メリステムのどこに分布しているのかを細胞レベルで明らかにし、花をつくるために重要な役割を果たす植物ホルモンとどのように関わりながらメリステム全体を転換させるのかを明らかにすることに取り組みました。
研究内容
私たちは将来の食糧生産への貢献も視野に入れ、世界三大穀物のひとつであるイネを用いて研究を進めました。この研究のために、茎頂メリステムを一細胞解像度で三次元的に観察できる3Dイメージング技術(Moeko Sato et al. (2022)、[文献等2-5])と、フロリゲンや植物ホルモンの働きを蛍光タンパク質によって可視化できるイネを独自に開発しました[文献等6]。
はじめに、茎頂メリステムにおけるフロリゲンの分布を観察した結果、フロリゲンは茎頂メリステムの中央部分に多く蓄積することがわかりました(図3)。フロリゲンによる花づくりはメリステム全体で開始すると考えられてきた従来の仮説とは異なり、フロリゲン自身はメリステム全体ではなく中央部分に強く偏って分布していたため意外な発見でした。
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図3 イネのメリステムにおけるフロリゲンの空間的分布。
(左)花序メリステムとその周辺領域におけるフロリゲンの分布
(右)一細胞解像度で可視化したメリステム内部のフロリゲンの分布
次に、フロリゲンと植物ホルモンの関係を調べました。なぜなら植物ホルモンは花の形つくりに重要な役割を果たすからです。多数の実験と観察から、細胞分裂を活性化する植物ホルモンであるサイトカイニンが特に重要であることが分かりました。私たちはサイトカイニンの観察を可能にする独自のイネ系統を開発し、これを先に使用したフロリゲンのイメージング技術と組み合わせることで、フロリゲンとサイトカイニンの空間的分布を同時に可視化することに世界で初めて成功しました(図4)。観察の結果、フロリゲンはメリステムの中央部に、サイトカイニンは周縁部に位置し、まるで異なる領域をそれぞれが支配するように分布していることが明らかになりました(図4)。これは、フロリゲンによる花づくりとサイトカイニンによる細胞分裂が、空間的に異なる領域で進むことを示しています。
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図4 メリステムにおけるフロリゲンとサイトカイニン情報伝達の空間的分布。
(左)フロリゲンHd3a(緑)とサイトカイニン(マゼンタ)の働く領域
(右)フロリゲンとサイトカイニンの空間的分布の模式図
さらに私たちはフロリゲンとサイトカイニンが機能的にどのように異なるのかを調べるため、一つのメリステムから全遺伝子の発現を解析できる独自技術、シングルメリステム RNA-seq を開発して解析を行いました。その結果、フロリゲンとサイトカイニンはメリステムで OsFTL1 と呼ばれる遺伝子を拮抗的に制御していることが分かりました。フロリゲンはOsFTL1を活性化し、サイトカイニンは抑制しました。興味深いことに、OsFTL1はフロリゲンとほぼ同じタンパク質をコードしていたことから、OsFTL1 は「第二のフロリゲン」ともいえます。 OsFTL1 についても空間的分布を観察してフロリゲンと比較したところ、 OsFTL1はフロリゲンが主に分布するメリステムの中央部分で合成された後、メリステム全体へ広がり、各領域で花づくりに関わる遺伝子の発現を促すことを発見しました(図5)。
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図5 メリステムにおけるOsFTL1の空間的分布。OsFTL1は遺伝子発現の発現領域からメリステム全体に広がり、花を作る遺伝子(OsMADS15)を活性化する
これらの詳細な観察を通して、複数のフロリゲンが共同して働くしくみが明らかになりました。まず”第一走者”であるフロリゲン Hd3a が葉からメリステム中央まで移動します。そこで”第二走者”の OsFTL1 が活性化され、メリステム全体へ広がることで花づくりが進むと考えられます。これが私たちの発見した「フロリゲン・リレー」であり、メリステム全域で花づくりが開始される新しいしくみが明らかになりました(図1)。
今後の展開
今回明らかになった「フロリゲン・リレー」は、フロリゲンがどのようにメリステム全体へ影響を広げて花がつくられていくかを説明する新しい発見となりました。このしくみが示されたことで、植物が花をつくる過程を空間的にどう制御しているかという大きな疑問に新しい研究の方向性が示され、植物の花の研究が次の段階へ進んだといえます。
また、植物が花をつくる時期の理解が深まれば、農業における収量向上や品種改良の可能性が大きく広がります。今回の研究では、フロリゲン・リレーの中心を担うOsFTL1の働きを抑えることで、穂の種子数を増やせる可能性も示されました。これはフロリゲン・リレーを利用した収量向上の可能性を示しており、将来の育種技術や栽培技術に新しい発想をもたらします。
研究費
本研究は、日本学術振興会特別研究員奨励費(19J21998)、新学術領域研究「植物新種誕生原理」計画研究(16H06464)、新学術領域研究「植物新種誕生原理」総括班(16H06466)、科学研究費補助金 基盤研究(A)(21H04728, 25H00933)、科学研究費補助金 基盤研究(A)(22H00415)、科学研究費補助金 基盤研究(S)(22H04978)、JST CREST「植物頑健性」(A)(JPMJCR16O4)、JST未来社会創造事業(JPMJMI20C8)、JST ASPIRE (JPMJAP2306)などの支援を受けて実施されました。
論文情報
タイトル:Florigen and cytokinin signaling antagonistically regulate FLOWERING LOCUS T-LIKE1 to drive a florigen relay that facilitates inflorescence development in rice
著者:
佐藤萌子(横浜市立大学木原生物学研究所 大学院生 2022年3月博士(理学):研究当時)
坂本勇貴(信州大学理学部 助教)
田中真理(横浜市立大学木原生物学研究所 技術補佐員)
井藤 純(横浜市立大学木原生物学研究所 特任助教)
野村有子(横浜市立大学木原生物学研究所 技術補佐員)
森下友梨香(名古屋大学大学院生命農学研究科 大学院生)
田岡健一郎(横浜市立大学木原生物学研究所 特任助教)
三上雅史(横浜市立大学大学院生命ナノシステム科学研究科 大学院生:研究当時)
遠藤真咲(農研機構 生物機能利用研究部門 上級研究員)
北野英己(名古屋大学生物機能開発利用研究センター 名誉教授)
松永幸大(東京大学大学院新領域創成科学研究科 教授)
辻 寛之(横浜市立大学・木原生物学研究所 教授、名古屋大学生物機能開発利用研究センター 教授)
掲載雑誌:Science Advances
DOI:https://doi.org/10.1126/sciadv.adv1424
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用語説明
*1 フロリゲン:茎頂メリステムで成長相転換を引き起こす因子。イネではHd3aと呼ばれる球状のタンパク質である。フロリゲンは植物が花をつけるのに適した季節を認識すると葉で合成され、維管束を通って茎の先端まで輸送され、茎頂メリステムにたどり着くと成長相転換を引き起こす。フロリゲンは植物の環境適応から農業生産まで極めて重要な役割を果たしていることから、その発生学的な働きを解明することで幅広い領域への貢献が期待されている。
*2 茎頂メリステム(SAM):植物の花、茎、葉など植物の地上部すべての器官を形成する大元となる組織。茎の先端にある、直径わずか50マイクロメートルの極小の組織。植物の地上部の全細胞種に分化する能力を持ち、無限に生きる能力を持つ幹細胞を含む。
*3 成長相転換:植物が葉を作る状態から花をつくる状態に変化すること。茎頂メリステムは発芽して以降、最初は、葉をつくり続ける「栄養成長相」であるが、その後、花をつくるのに適した季節の到来を感知すると、葉をつくるのをやめて花をつくる「生殖成長相」へ相転換する。成長相転換のタイミングの決定は、植物が個体として生き残るためにも種として生き残るためにも最も重要なイベントであると同時に、人類の生存を支える農業生産のうえでも最重要なイベントである。
参考文献など
1. Hiroyuki Tsuji and Moeko Sato.(2024). The function of florigen in the vegetative-to-reproductive phase transition in and around the shoot apical meristem.Plant Cell Physiol.65: 322–337.
https://doi.org/10.1093/pcp/pcae001
2. 生命ナノシステム科学研究科 佐藤 萌子さん(木原生物学研究所)、植物の1細胞解像度3Dイメージング技術を開発!
https://www.yokohama-cu.ac.jp/news/2021/20220131tsujiintjmolsci.html
3. Moeko Sato, Hiroko Akashi, Yuki Sakamoto, Sachihiro Matsunaga and Hiroyuki Tsuji (2021). Whole-Tissue Three-Dimensional Imaging of Rice at Single-Cell Resolution. Int. J. Mol. Sci. 23: 40. https://doi.org/10.3390/ijms23010040
4.木原生物学研究所の博士後期課程3年の佐藤萌子さん、辻寛之准教授、共同研究で新規の植物・動物共通の組織透明化技術の開発に成功
https://www.yokohama-cu.ac.jp/news/2021/20220113tsuji.html
5. Sakamoto et al. (2022)Improved clearing method contributes to deep imaging of plant organs.Communications Biology5. 22
https://doi.org/10.1038/s42003-021-02955-9
6. 生命ナノシステム科学研究科の佐藤 萌子さんと中村 珠里さん(木原生物学研究所)、日本育種学会 第141回講演会にて優秀発表賞を受賞!
https://www.yokohama-cu.ac.jp/news/2022/20220630nakamurasato.html