【概要】
東京医科大学(学長:宮澤啓介/東京都新宿区)免疫学分野 横須賀忠主任教授・町山裕亮准教授、大学院医学研究科博士課程 吉田洋輔医師、腎臓内科学分野 菅野義彦主任教授を中心とする研究チームは、超解像イメージング法を用い、T細胞の働きを減弱する免疫チェックポイント分子PD-1がCAR-T細胞の抗腫瘍効果を抑制するメカニズムを、1細胞1分子レベルで解明しました。さらに、抗PD-1抗体の添加でこの抑制が解除され、CAR-T細胞の機能が回復することを確認しました(図1)。
この研究は日本学術振興会科学研究費補助金等の支援の下で行われ、研究成果は国際科学誌Communications Biologyのオンライン版に2026年1月8日付けで掲載されました。この成果によって、CAR-T療法と免疫チェックポイント阻害剤の併用戦略の分子基盤を提供し、がん免疫療法の最適化に寄与することが期待されます。
【本研究のポイント】
●CAR-T細胞は、シグナルユニット「CARマイクロクラスター」を形成し殺腫瘍効果を発揮することが示されました。
●免疫チェックポイント分子PD-1は、抑制性シグナルソームとして機能する「PD-1マイクロクラスター」を構築し、CARと共局在することでCAR-T細胞の活性化信号を減弱させました。
●PD-1マイクロクラスターは脱リン酸化酵素SHP2をリクルートし、CARマイクロクラスターのリン酸化を減弱させることで、CAR-T細胞のサイトカイン産生と細胞傷害活性を抑制しました。
●抗PD-1抗体の添加が、PD-1マイクロクラスター形成を阻害し、CAR-T細胞の機能を回復させることを、in vitroおよび担癌マウスモデルを用いたin vivo実験から明らかにしました。
【研究の背景】
免疫チェックポイント阻害(immune checkpoint blockade : ICB)療法¹*の登場により、これまでのがん治療の選択肢が劇的に広がりました。同時に、キメラ抗原受容体(chimeric antigen receptor : CAR)-T細胞療法や二重特異性抗体療法など、他のがん免疫療法も飛躍的に進歩しています。どのがん免疫療法でも主役となる免疫細胞が、直接腫瘍細胞に接着して殺すことができるリンパ球:T細胞です。
一方、CAR-T細胞療法も、固形腫瘍に対しては「がん微小環境²*」の免疫抑制やCARからの継続的なシグナル活性化に伴うT細胞の疲弊が壁となり、効果の持続と安全性の両立が大きな課題です(図2)。この免疫抑制を中心的に誘導させる分子がPD-1であり、腫瘍や微小環境に発現するPD-L1と結合することで、TCRやCARから誘導される活性化シグナルをオフにさせます。既に、ICB(抗PD-1/抗PD-L1抗体)療法はこの結合を遮断することでCAR-T細胞機能を回復させることが臨床的に分かっていますが、CAR-T細胞にどのような分子レベルでの変化が起こっているのか、メカニズムの精密な理解が求められてきました。
【本研究で得られた結果・知見】
本研究は、CAR-T細胞の活性化過程でPD-1がどのように振る舞い、どの分子を呼び込み、どのタイミングでシグナル伝達を抑えるのか、1細胞1分子レベルのライブイメージングで可視化・定量し、CAR-T細胞療法のICB併用の可能性を目的とした基盤研究です。具体的には、B細胞抗原CD19を提示するガラス支持脂質二重膜(Glass-supported lipid bilayer : SLB)上にCD19標的CAR-T細胞を落下させ、SLBとCAR-T細胞との接着面にできるCARの凝集体(CARマイクロクラスター)とPD-1の動態を観察しました(図3)。
T細胞は標的とする腫瘍細胞を見つけると接着し、「免疫シナプス」と呼ばれる細胞-細胞接着面を作ります。免疫シナプスには、腫瘍抗原を認識したTCR数十個集がまった「TCRマイクロクラスター」が200~300個形成され、腫瘍抗原の認識と腫瘍細胞の殺傷を行う活性化ユニットとして機能します(Yokosuka T, et al., Nature Immunology, 2005)。つまりTCRマイクロクラスターがT細胞の機能を決定しているといえます。腫瘍細胞の細胞膜を模倣したSLBを用いることで、この微小な構造の1細胞1分子レベルでの観察が可能になります。
まず私たちはマウスCD8陽性細胞傷害性T細胞³*にCD19 CARとPD-1を遺伝子導入したCD19 CAR-T細胞を作成し、さらにCD19とPD-1のリガンド⁴*PD-L1を組み入れたSLBを準備し、その上にCD19 CAR-T細胞をのせ、CARとPD-1の挙動を観察しました。CD19 CAR-T細胞は抗原であるCD19と結合して「CARマイクロクラスター」を形成しました(図4A)。また、SLB上にPD-L1が存在すると、PD-1と結合し「PD-1マイクロクラスター」を形成し、CARマイクロクラスターと共局在することが観察されました(図4A)。CAR-T細胞の活性化信号の指標であるCD3ζのリン酸化は、PD-1マイクロクラスターの形成によって減弱することが観察され(図4B)、T細胞の活性化を示す分子Erkのリン酸化(pErk)を低下していることが分かりました(図4C)。「CAR-PD-1マイクロクラスター」を形成することにより、CARの活性シグナルが負に制御されたことになります。
次に、PD-1がどのような抑制分子をリクルートしてCARシグナルを抑制しているのかを解析しました。通常、疲弊T細胞⁵*では、PD-1は脱リン酸化酵素であるSHP2をリクルートすることで、活性化シグナルを遮断することが知られています。当研究室ではPD-1−PD-L1結合後、SHP2がTCR-PD-1マイクロクラスターにリクルートすることを示しました(Yokosuka T, et al., J. Experimental Medicine, 2012, Nishi W, et al., Nature communications, 2023)。本研究では、CAR-T細胞においても、PD-1はPD-L1との結合に依存してSHP2を2分以内と極めて短い時間にCAR-PD-1マイクロクラスターへ集積することを明らかにしました(図5A)。また、免疫沈降法による生化学的解析においても、PD-1とSHP2の物理的な相互作用が証明されました(図5B)。これらの知見は、SHP2がCAR-PD-1マイクロクラスターにリクルートされることで、CARの根幹となるCD3ζ鎖や下流のErkのリン酸化を直接的に解除し、強力なブレーキとして機能している可能性を強く示唆しています。
続いて、このような分子レベルの抑制が、CAR-T細胞の実際の抗腫瘍効果にどう影響するかを検証しました。
最後に、このPD-1による抑制をICBによって解除できるかを検討しました。複数種類の抗PD-1抗体を添加したところ、抗体の濃度依存的にPD-1マイクロクラスターの形成が阻害され(図7A)、これに相関してCAR-T細胞のサイトカイン産生能や抗腫瘍効果が回復しました(図7B,C)。次に担がんマウスモデルにおいても、抗PD-L1抗体の投与を行ったところ、生存成績の劇的な改善が確認されました(図7D)。以上の結果は、ICB抗体がPD-1マイクロクラスターの形成を阻害することでCAR-T細胞のブレーキを外し、殺腫瘍効果を増強させることを視覚的・機能的に裏付けるものです。
【今後の研究展開および波及効果】
本研究により、CAR-T細胞においてPD-1がSHP2をリクルートし抑制性マイクロクラスターを形成することで、CAR-T細胞の機能低下と抗腫瘍免疫の破綻を誘導しているというメカニズムが初めて可視化されました。これはCAR-T細胞の疲弊メカニズムの核心に迫る成果です。また抗PD-1/PD-L1抗体の添加によって、このマイクロクラスターの形成を抑制できることが示され、今回確立したイメージング解析系が、CAR-T細胞療法と併用するICB抗体の種類の選定や、最適な投与量を決定するための「効果判定ツール」として応用ができる可能性も生まれました。さらに、PD-1マイクロクラスターの形成自体を阻害するような、次世代のCARデザインや新規薬剤の開発への使用が期待されます。
【論文情報】
タイトル:PD-1 suppresses CAR signaling by forming the inhibitory signalosome colocalizing to CAR microclusters
著 者:Yosuke Yoshida, Hiroaki Machiyama*, Ei Wakamatsu, Kensho Saito, Arata Takeuchi, Tetsushi Nishikawa, Ryohei Matsushima, Wataru Nishi, Hitoshi Nishijima, Yoshihiko Kanno, Tadashi Yokosuka* (*責任著者)
掲載誌名:Communications Biology
DOI : https://doi.org/10.1038/s42003-025-09415-8
【用語の解説】
1* 免疫チェックポイント阻害(ICB)療法
免疫チェックポイント分子は、T細胞などの免疫細胞に発現し、過剰な免疫応答を抑制するための「ブレーキ役」を担う受容体です。
2* がん微小環境
がん微小環境(tumor microenvironment)は、腫瘍細胞を取り巻く細胞が作り出す生体環境を示し、がんの増殖・転移・治療抵抗性に深く関与します。腫瘍細胞は、IL-10(interleukin-10、衣インターロイキン-10)やTGFβ(transforming growth factor β、トランスフォーミング増殖因子β)など、細胞機能を低下させる抑制性サイトカインを放出し、周囲の免疫細胞(T細胞、マクロファージ、樹状細胞など)、線維芽細胞、血管内皮細胞、間質細胞を機能不全に陥らせ、腫瘍の身方に付けてしまいます。この機能抑制は、免疫抑制性分子(PD-L1など)や代謝制約(低酸素、低栄養)を介して行われ、CAR-T細胞療法や免疫チェックポイント阻害療法の効果を制限する要因となります。
3* CD8陽性細胞傷害性T細胞
T細胞は、免疫系において中心的な役割を果たすリンパ球で、T細胞受容体(T cell receptor ; TCR)を介して、HLA(human leukocyte antigen ヒト白血球抗原)とその上に提示された抗原を認識して免疫応答を惹起させます。CD4陽性T細胞とCD8陽性T細胞の2種類に大分され、があります。CD4陽性T細胞(ヘルパーT細胞)はサイトカインなどの飛び道具を出すことで、免疫応答を調整し、他の免疫細胞(B細胞やマクロファージなど)を活性化する一方、CD8陽性T細胞(細胞傷害性T細胞、cytotoxic T lymphocyte ; CTL)はウイルス感染細胞や腫瘍細胞を直接攻撃・殺傷する役割を担います。
4* リガンド
リガンド(ligand)は、生体分子に特異的に結合する分子の総称で、通常は受容体(レセプター)に結合してシグナルを伝達します。
5* 疲弊T細胞
疲弊T細胞(exhausted T cell)は、慢性感染症や担がん状態などで抗原刺激が長期間持続することにより、機能が低下したT細胞の状態を指します。通常、T細胞は抗原を認識すると活性化し、サイトカイン産生や細胞傷害活性を発揮しますが、慢性的な刺激下ではこれらの機能が徐々に失われ、増殖能や抗腫瘍効果が低下します。疲弊T細胞は、PD-1、LAG-3、TIM-3、TIGITなどの免疫チェックポイント分子を高発現することが特徴で、これらの分子が抑制シグナルを伝えることで免疫応答がさらに弱まります。
【主な競争的研究資金】
本研究は、日本学術振興会科学研究費補助金(JP18K06165, JP24K10438, JP25113725, JP15H01194, JP16H06501, JP17H03600, JP19K22545, JP20H03536, JP23K27466, JP23H04790)、AMED(25ama221450h0001)、JSTさきがけ、武田科学振興財団の支援を受けています。
【免疫学分野HP】
https://tokyo-med-imm.jimdofree.com/
▼本件に関する問い合わせ先
企画部 広報・社会連携推進室
住所:〒160-8402 東京都新宿区新宿6-1-1
TEL:03-3351-6141(代)
メール:d-koho@tokyo-med.ac.jp
【リリース発信元】 大学プレスセンター https://www.u-presscenter.jp/