【概要】
 日本大学文理学部 物理学科の玉岡 幸太郎 准教授と米子工業高等専門学校 総合工学科の姉川 尊徳 助教からなる研究チームは、ブラックホール内部を記述する量子状態が、「絶対最大量子もつれ状態」で表されることを理論的に明らかにしました。
 ブラックホールの内部がどのようになっているかを理解することは、現代物理学における重要な未解決問題の一つです。
近年の研究で、宇宙やブラックホールを、ミクロな物質 (量子ビット) の集まりとして理解するという考え方が発展してきています。本研究では、ブラックホールの内部にある特別な断面に注目し、その断面に対応する量子ビットの構造を理論的に調べました。その結果、ブラックホール内部は、空間のどの部分を取り出しても残りの全体と最大限に強く結びついている、極めて特殊な量子ビットの集まりになっていることが分かりました。言い換えると、ブラックホールの中は「究極にもつれた情報の集まり」として理解できます。このような集まりは、絶対最大量子もつれ状態と呼ばれます。本研究の結果は、ブラックホール内部が一見複雑に見えながらも、情報理論の観点からは普遍的な構造を持つことを示しており、「宇宙は (量子) 情報で出来ている」という現代物理の考え方を、ブラックホールという極限的な環境で具体的に示した成果です。
 本研究成果は、2025年12月29日に、アメリカ物理学会発行の学術誌 Physical Review Letters に速報論文 (Letter) として掲載されました。


【要点】
・ブラックホールの内部の量子物質の構造をホログラフィー  (AdS/CFT 対応) と量子情報量を使って解析しました。
・量子情報量(レニー・エントロピー)の解析から、ブラックホールの内部は、絶対最大量子もつれ状態 (AME 状態) になっていることが分かりました。

【背景】
 ブラックホールは、重力が極端に強い天体であり、その内部では私たちが日常的に用いている物理法則がどこまで通用するのか、長年にわたって議論されてきました。特に重要な問題の一つが、「ブラックホールに落ちた情報は最終的にどうなるのか」というブラックホールの情報喪失問題です。この問題は、ミクロな世界の物理法則である量子論と重力理論をどのように両立させるかという、現代物理学の根幹に関わる問いでもあります。

 近年、この情報問題について大きな理論的進展があり、ブラックホールに落ちた情報が完全に失われるわけではない可能性が示されました。これにより、ブラックホールが量子論と矛盾しない形で理解できる道筋が見えつつあります。こうした成果を受けて、現在の理論物理学では次の段階の問いとして、ブラックホールの内部そのものをどのように量子論として記述すべきかが注目されています。
 この問題を考える上でこれまで重要な役割を果たしてきたのが、「ホログラフィー原理」と呼ばれる考え方です。これは、ある空間の中で起きている重力を含む物理現象が、その空間の境界にある重力を含まない物理法則によって完全に説明できる、という非常に直感に反する原理です。ミクロな世界の重力を説明すると期待される超弦理論では、その進展によりホログラフィー原理が具体的に成立する例 (AdS/CFT 対応) が見つかり、現代の重力理論の研究において中心的な役割を果たしてきました。
 しかし、このホログラフィー原理は、もともとブラックホールの外側にいる観測者の視点で定式化されたものであり、ブラックホールの内部まで同じように記述できるかどうかは、明確ではありません。特に、ブラックホールの内部でホログラフィーが成り立つのか、成り立つとすればどのような形をとるのかを理解することは、現在の理論物理学における重要な課題となっています。

【手法・成果】
 本研究では、反・ドジッター時空に存在するブラックホール内部の量子状態を理解するために、重力理論の枠組みの中で理論的な解析を行いました。ブラックホールの内部は直接観測できないため、理論的な手法や結果の普遍性に基づいて、その性質を間接的に明らかにする必要があります。
 研究の出発点として、「ブラックホールの内部においてもホログラフィーが成立する」という立場をとりました。これは、ブラックホールの外部だけでなく、内部についても、量子論と重力理論の対応関係が何らかの形で成り立っているという、近年の研究成果に基づく仮定です。
この仮定のもとで、本研究では、これまでの議論で仮定として置かれてきた二つの重要な点について、純粋に重力理論の立場から検証と正当化を行いました。
 第一に、ブラックホール内部を記述する量子状態の自由度 (ヒルベルト空間の次元) は、必ずブラックホール外部のものよりも大きくなることを示しました。これは、ブラックホール内部では、外部で時間として使われていた方向が空間のような役割を果たすため、内部が事実上、非常に大きな、形式的には無限に広がった系として解釈されることに対応しています。この理解は、特定のモデルに依らず、ブラックホールに共通する普遍的な性質として捉えることができます。
 第二に、ブラックホール内部の量子状態は、非常にランダムな量子状態として近似できることを示しました。このような状態では、内部のどの部分を取り出しても、残りの全体と非常に強い量子論的な相関 (量子もつれ) を持つことが知られています。
 より具体的には、本研究では、ブラックホール内部に存在する「特別な極値断面」と呼ばれる空間断面に着目し、ホログラフィーの力を借りることで、量子状態の量子もつれを定量化する、レニー・エントロピーと呼ばれる情報量を詳細に解析しました。解析の結果、この量子状態が、絶対最大量子もつれ状態 (AME状態) と呼ばれる非常に特殊な状態になることを示しました。これは、空間をどのように二つに分けても、常に最大限の量子もつれを持つ状態であり、文字通り究極にもつれた量子状態であることを意味します。
 これらの結果から、本研究は、ブラックホール内部の量子状態が、系の詳細に依らない普遍的な量子情報理論的構造を持つことを明らかにしました。ブラックホール内部は、複雑でランダムに見えながらも、量子情報理論の観点からは明確な構造を持つ状態として理解できることが示されたのです。

【波及効果・今後の展望】
 本研究の成果は、ブラックホール内部というこれまで理論的に扱うことが難しかった領域に対して、量子情報の観点から統一的な理解を与えた点に大きな意義があります。

 特に重要なのは、ブラックホール内部の量子状態が、細かな力学の違いに依らず、普遍的な状態として特徴づけられることが明らかになった点です。これにより、ブラックホール内部の複雑な量子論を、個々のモデルに依存せず、共通の枠組みで議論できる可能性が開かれました。これは、ブラックホール内部を理解するための理論的基盤を大きく前進させるものです。また、本研究は、重力理論と量子情報理論という、二つの分野の結びつきを、ブラックホール内部という極限的な状況において明確に示しています。ブラックホール内部の状態が、量子情報理論でよく研究されている「最大限にもつれた状態」と対応することが分かったことで、量子情報理論の手法を用いてブラックホールの未解決問題を考える道が、さらに広がりました。
 今後の研究では、本研究で得られた結果を基に、ブラックホール内部のより詳細な性質を調べていくことが重要な課題となります。特に、今回の研究で得られた知見をもとに、ブラックホールの内部に存在するとされている「特異点」が量子論の観点からどのように理解されるべきかを明らかにすることが必要です。このような特異点の研究は、私たちの住む宇宙そのものの始まりを理解する上でも重要であると期待されています。
 さらに、本研究で用いた考え方を、私たちの住む宇宙の最初期とも深く関わる膨張宇宙のような状況へと拡張していくことも、今後の重要な課題です。もし類似した普遍的構造が、より一般の時空でも成立することが示されれば、ホログラフィー原理の適用範囲は大きく広がり、量子論と重力理論の理解に大きな進展をもたらすと期待されます。

【用語解説】

● ブラックホール
非常に強い重力を持つ天体で、光さえも外に出られない領域を持っています。そのため、ブラックホールの外にいる観測者からは、その内部がどのような状態になっているのかを直接見ることはできません。
理論的な研究においては、超弦理論のような重力の量子論を考える上で、理論の無矛盾性を検証するための試金石的な役割を果たしてきました。

● 量子ビット
ミクロな世界における物理法則である量子論に従う、物質の基本的な自由度です。量子コンピューターを構成する情報の最小単位でもあります。例えば、電子はスピンと呼ばれる自由度を持っており、このスピンの自由度を量子ビットと見なすことができます。通常のコンピューターのビットが「0」または「1」のいずれかの状態をとるのに対し、量子ビットは「0」と「1」の量子的な重ね合わせの状態をとることができます。2進数以外の表現が用いられる場合もあり、本研究では、ブラックホールの微視的な状態数に対応する非常に大きな数が用いられています。

● 量子もつれ
複数の量子ビットが強く結びつき、一部だけを切り離して独立に取り扱うことができなくなる、量子論特有の現象です。空間的に遠く離れていても量子ビット同士の相関が保たれることが特徴であり、例えば、片方の量子ビットが「0」の状態にあると分かった瞬間に、もう一方も必ず「0」であることが決まる、といった振る舞いが現れます。

● 絶対最大量子もつれ状態(AME状態)
量子ビットの集まりをどのように二つの部分に分けても、常に最大限の量子もつれを持つ特別な量子状態です。英語では Absolutely Maximally Entangled State 、略して AME 状態と呼ばれています。

● ホログラフィー原理
平面から立体像を再現するホログラムになぞらえて、ある空間の中で起きている重力を含む物理現象が、その空間の境界に対応する理論によって完全に記述できるとする作業仮説です。

● 反・ドジッター時空
理論物理学で用いられる特殊な宇宙モデルです。
例えば三角形の内角の和が180度を下回るなど、私たちの直感とは異なる幾何学的性質を持っています。さまざまな理由から、重力理論と量子論の関係を理論的に詳しく調べるのに適した舞台として用いられています。英語では Anti-de Sitter spacetime 、略して AdS 時空と呼ばれています。

● AdS/CFT 対応
反・ドジッター(AdS)時空と、臨界現象を記述する理論である共形場理論(英語では Conformal Field Theory、略して CFT)との間に成り立つとされる対応関係です。ホログラフィー原理の具体例として、超弦理論の研究を通じて見いだされました。

【研究プロジェクトについて】
 本研究は、JSPS科研費 研究活動スタート支援(課題番号:24K22886) とJSPS科研費 学術変革領域研究(A) (課題番号:24H00972) の支援を受けました。

【論文タイトルと著者】
タイトル:Holographic Absolutely Maximally Entangled States in Black Hole Interiors
著者:Takanori Anegawa  and  Kotaro Tamaoka
掲載誌:Physical Review Letters
DOI: https://doi.org/10.1103/w7nc-l9s5

【問合せ先】
<研究に関すること>
玉岡 幸太郎(たまおか こうたろう)
日本大学文理学部物理学科 准教授
所在地:日本大学文理学部物理学科
〒156-8550 東京都世田谷区桜上水 3-25-40
E-mail: tamaoka.kotaro@nihon-u.ac.jp

<報道に関すること>
日本大学文理学部庶務課
〒156-8550 東京都世田谷区桜上水 3-25-40
TEL: 03-5317-9677
E-mail: chs.shomu@nihon-u.ac.jp

▼本件に関する問い合わせ先
日本大学文理学部庶務課
<研究に関すること> 日本大学文理学部物理学科 准教授 玉岡 幸太郎(たまおか こうたろう) <報道に関すること> 日本大学文理学部庶務課
住所:〒156-8550 東京都世田谷区桜上水 3-25-40
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メール:tamaoka.kotaro@nihon-u.ac.jp chs.shomu@nihon-u.ac.jp

【リリース発信元】 大学プレスセンター https://www.u-presscenter.jp/
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