北里大学大学院理学研究科の植原明日香(修士課程1年)、上田将史講師、長谷川真士教授の研究グループは、昭和薬科大学薬学部の臼井一晃准教授と共同で、チアントレンをクマリンに融合した「折れ曲がった」分子構造を有する新規有機発光色素(6,7-BDTC)を設計・開発しました。本研究では、粉末試料に「すり潰す」などの機械的な外部刺激を加えることで、発光色が変化する現象(メカノフルオロクロミズム(注3))が発現することを明らかにしました。
さらに、分子の「折れ曲がり(folded)構造」が固体状態における発光特性およびメカノフルオロクロミズムに及ぼす影響を体系的に解明し、分子構造と分子配列を精密に制御することで、固体発光材料の特性を自在に調整できることを実験的に証明しました。本成果は、英国王立化学会が発行する国際学術誌Chemical Communicationsに掲載(2025年12月10日付)され、裏表紙にアートワークとして紹介(2026年1月27日付)されました。


■ポイント

・多くのクマリン色素が「平面構造」を有する中で、あえて「折れ曲がった」チアントレン骨格を融合することで、「分子の折れ曲がり×分子間の積層様式制御」を実現

・外部刺激による粉末試料の発光色の変化、励起子の非局在化/局在化の機構を、結晶多形のX線結晶構造解析と蛍光寿命測定により分子レベルで実証

・π拡張クマリン色素や刺激応答蛍光材料の分子設計に新たな指針を提供することで、応力センサー、セキュリティインク、スマート材料などへの応用が期待される

■研究の背景

 クマリンは医薬・生体関連分野から光機能性材料に至るまで幅広く研究されている有機化合物です。これまでのクマリン骨格を含む有機蛍光色素材料の研究では、「剛直で平面な」分子構造をとることが、高い発光効率を実現する有用な設計戦略とされてきました。一方、固体状態においては、このような剛直性の高い骨格が分子配列および分子集積構造に強力な分子間相互作用を誘起するため、単分子では高効率に発光する分子であっても、固体では無発光化(消光)や発光効率の低下が生じることが知られています。しかし、「折れ曲がった」構造を有するクマリン色素において、分子構造・集積状態と発光特性の相関を明確に示した例は、これまでほとんどありませんでした。

■研究の内容

 研究グループは、「折れ曲がった」チアントレン骨格を「平面な」クマリン骨格に融合させた新規有機蛍光色素(6,7-BDTC)を設計・合成しました。本分子は、硫黄架橋によってπ共役の拡張を維持しつつ、硫黄原子に由来して折り曲がった分子構造をとる点が特徴です。

 調査の結果、以下の点を明らかにしました。

1. 粉末状態の試料は水色に発光するが、「すり潰す」などの外部刺激を与えると緑色発光へと変化する。

2. すりつぶした粉末試料を溶媒蒸気に暴露すると、元の水色発光に戻る可逆的な挙動を示す。

3. 同一分子から得られた2種の結晶多形(結晶IおよびII)が、それぞれ異なる発光色(水色および緑色)を示す。


4. X線結晶構造解析および励起スペクトル解析により、これらの発光色の違いが分子配列(分子間相互作用の強さや次元性)に起因することを解明した。

 6,7-BDTCは、硫黄原子を含むチアントレン由来の折れ曲がったπ骨格と、平面性を持つクマリン骨格を組み合わせたドナー・アクセプター型分子です。溶液中では、溶媒の極性に応じたソルバトフルオロクロミズム(注4)を示し、分光測定および量子化学計算の結果から、分子内電荷移動状態に基づく発光が支配的であることを明らかにしました。

 一方、固体状態では、顕著なメカノフルオロクロミズムが観察されました。未処理の粉末試料は水色に発光し、機械的刺激(粉砕処理:grinding)により緑色発光へと変化します(図1a)。さらに、溶媒蒸気に暴露することで元の水色発光に戻すことが可能であり、この挙動は可逆的かつ繰り返し可能でした。加えて、異なる溶媒条件下で得られた2種類の結晶多形(結晶I: 水色発光、 結晶II: 緑色発光、図1a)についてX線結晶構造解析を行い、蛍光寿命を比較した結果 (図1b, c)、発光色の違いが分子配列様式(分子間相互作用の強さや次元性)に由来することが明らかになりました。

 具体的には、結晶Iでは強い面内π-π相互作用により分子間の重なりが大きくなり、励起子の非局在化が支配的となることで、短寿命成分が主な発光の起源となります。一方、結晶IIでは部分的な重なりを持つ層分離型構造を形成することで励起子が局在化し、長寿命の緑色発光が単一成分として観測されました。未処理の粉末は結晶Iに類似した積層構造に由来する水色発光を示しますが、粉砕処理後の粉末では長寿命の緑発光成分が増加します。これは粉砕によって積層構造が崩れ、単一分子に近い状態(溶液中の発光と類似した状態)での発光が支配的になるためであることが示されました。

 これらの結果から、本研究は「折れ曲がったπ共役骨格を導入することで、分子集合体中の積層構造および励起状態を制御できる」ことを実験的に示し、クマリン色素類の設計指針を拡張する知見を提供しました。


■研究の意義・今後の展開

 本研究は、「分子骨格を折り曲げる」という設計が、固体中の分子配列および発光特性を制御する有効な手段であることを実験的に示したものです。この知見は、圧力や摩擦を光の色として可視化できる応力・摩擦センサー、偽造防止や情報記録を志向したセキュリティインク、外部刺激に応答するスマートマテリアルなど、幅広い分野への展開が期待されます。また、平面骨格が主流であった従来型のクマリン系蛍光色素材料の設計指針を拡張し、今後の有機光機能性材料研究に新たな方向性を与える成果です。

■用語解説

(注1) 励起子:分子が光を吸収した際に生じる、電子と正孔(電子が抜けた穴)が対になったエネルギー状態。物質中を量子力学的波動として伝播する場合には、一つの準粒子として扱われ、この状態を励起子と呼ぶ。励起子が広がる(非局在化)か、特定の場所に留まる(局在化)かによって発光色や寿命が変化する。

(注2) 結晶多形:同じ分子であっても、結晶中での分子の並び方(積層様式)が異なることで、異なる結晶構造や物性を示す現象。発光色や安定性が変化することもある。

(注3) メカノフルオロクロミズム: 圧力や摩擦、粉砕などの機械的な外部刺激を与えることで、物質の発光色が変化する現象。分子の並び方や分子間相互作用の変化に基づいて発光特性が変わる。

(注4) ソルバトフルオロクロミズム: 溶媒の種類(極性や粘度)によって、蛍光の色や波長が変化する現象。分子内の電荷分布や励起状態が、周囲の溶媒環境の影響を受けることで生じる。


■論文情報

【掲載誌】Chemical Communications

【論文名】A folded mechanochromic organic fluorophore based on thianthrene-fused coumarin

【著 者】Masafumi Ueda*, Asuka Uehara, Kazuteru Usui, Masashi Hasegawa (* 責任著者)

【DOI】10.1039/D5CC05320J

【URL】https://doi.org/10.1039/D5CC05320J

■裏表紙アートワーク

【DOI】10.1039/D6CC90029A

【URL】https://doi.org/10.1039/D6CC90029A

■発表者・研究者情報

北里大学大学院 理学研究科

・植原 明日香 大学院生(修士課程1年)

・上田 将史 講師

・長谷川 真士 教授

昭和薬科大学 薬学部

・臼井 一晃 准教授

■研究助成

 本研究は、科研費「基盤研究C (課題番号:JP22K05070, JP24K08400)」の支援により実施されました。

■問い合わせ先

【研究に関すること】

 北里大学理学部化学科

 講師 上田 将史

 e-mail:msfmueda@kitasato-u.ac.jp

【報道に関すること】

 学校法人北里研究所 広報室

 TEL:03-5791-6422

 e-mail:kohoh@kitasato-u.ac.jp

【リリース発信元】 大学プレスセンター https://www.u-presscenter.jp/
編集部おすすめ