立教大学理学部の三井正明教授、東京大学大学院理学系研究科の高野慎二郎助教および佃達哉教授の研究グループは、42個の金(Au)原子からなる異方的な形状を持つ金クラスター超原子である「Au量子ニードル」を増感剤として用いることで、エネルギーの低い近赤外(NIR)光を高輝度な可視光(黄色・橙色)へと変換する「三重項-三重項消滅(TTA)に基づくフォトンアップコンバージョン」において、世界最高効率と太陽光レベルの微弱光でも駆動する低閾強度の両立を実現しました。


本研究では、独自の合成手法により開発したAu量子ニードルAu42(PET)32が、代表的な発光体である「ルブレン」が持つ本来の性能を最大限に引き出せることを見出しました。
これにより、波長808 nmの近赤外光において現状の世界最高記録となる21.4%の高効率な波長変換と、太陽光照度レベルの微弱光での駆動可能な低い光閾強度(0.14 W cm-2)を両立させました。本研究成果は、これまで未活用であった近赤外光を次世代太陽電池の効率向上や光触媒、光医療技術などに利用可能にする革新的な系として期待されます。
本成果は、ドイツ化学会の国際化学誌「Angewandte Chemie International Edition」に2026年2月12日付で掲載されました。

【研究の成果】
太陽光は最大の再生可能エネルギー源ですが、現在の利用技術(太陽電池など)の多くは可視光に偏っており、豊富に含まれる「近赤外光(λ > 750 nm)」の多くは活用されずに無駄になっています。特に800 nmを超える近赤外光は、次世代太陽電池として期待されているペロブスカイト太陽電池等でも利用が難しく、変換効率向上の大きな障壁となっています。
本研究では、金原子3個が正三角形状に積み重なった「針状」の異方的なコア構造を持つ金クラスター※1超原子※2(Au量子ニードル)に着目しました(図1)。


図1:Au42(PET)32の幾何構造と紫外-可視吸収スペクトル(最大モル吸光係数の値も併せて示す)。ルブレンの発光(蛍光スペクトル)の波長域では、吸収が弱く透過窓として機能する。     

この物質は、以下の3つの特徴を兼ね備えています。
1.圧倒的な近赤外光吸収能力:810 nm付近に極めて強い吸収帯(モル吸光係数 ~105 M-1cm-1)を持つ。
2.可視域の高い透明性:波長変換後の可視光(黄色・橙色)を再吸収してロスしない。
3.高効率な励起エネルギーの伝達:光吸収によって獲得した励起エネルギーを発光体(ルブレン)へと高効率に受け渡す。


これらの特性により、808 nm励起で21.4%、さらに長波長の936 nm励起でも15.0%という、従来の報告値を圧倒的に上回る三重項-三重項消滅(TTA)※3に基づくフォトンアップコンバージョン※4の変換効率(理論上限50%)を達成しました(図2)。また、アップコンバージョンが効率よく起こり始める光の強さ(閾強度)は、0.14 W cm-2と極めて低く、レーザーのような強い単色光だけでなく、疑似太陽光のような弱い多色光の照射でも機能することを証明しました。さらに、これまで学術的に議論の対象となっていたルブレンのスピン統計因子(f)※5が0.58という高い値であることを突き止めました。これは、今回のAu量子ニードルを用いることで、ルブレンという汎用性の高い分子材料が持つ潜在的な能力を初めて「全開放」できたことを意味します。


図2:Au42(PET)32/ルブレン系における世界最高水準の近赤外-可視光変換の性能 (a) 808 nmおよび936 nmの近赤外光を照射した際の発光スペクトル。可視域(550-650 nm)に強いルブレン発光体のアップコンバージョン蛍光が観測されている。疑似太陽光(1 sun相当)の照射下でも鮮やかに発光する溶液の様子(左)。(b) 従来報告されている主要な増感剤との効率比較。850 nm以上の長波長域において、本研究のAu量子ニードルが圧倒的な変換効率(従来比2桁以上の向上)を達成している。

【今後の展望】
今回開発した「金量子ニードル」は、その原子レベルで制御された針状構造をさらに伸長させることで、1,000 nm(1マイクロメートル)を超える未踏の波長域まで光吸収を自在に広げることが可能です。これらの金クラスター超原子をフォトンアップコンバージョンへと応用することは、将来的に、これまで人類が利用できていなかった広大な近赤外光のエネルギーを、自由自在に「資源化」できる可能性を秘めています。

■■ 論文情報 ■■
・論文タイトル:
Au42(PET)32 Nanocluster Sensitizer Unlocks the Annihilator Potential of Rubrene, Enabling High-Performance NIR-to-Visible Photon Upconversion
・著 者 名:Masaaki Mitsui,* Shinjiro Takano,* Tatsuya Tsukuda*
・雑 誌 名:Angewandte Chemie International Edition
・D O I :doi.org/10.1002/anie.202523868
・掲載サイト:https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/anie.202523868

■■ 研究プロジェクトについて ■■
本研究は、以下の支援を受けて行われました。

・JSPS科研費(JP24K01614、JP23K26610、JP25H01394)
・JST CREST(Grant No. JPMJCR20B2)
・住友財団 基礎科学研究助成
・自然科学研究機構 岡崎共通研究施設 計算科学研究センター project : 24-IMS-C026、25-IMS-C027

■■ 用語解説 ■■
※1 クラスター:数~数百個の原子が凝集した数ナノメートル(10億分の1メートル)サイズの超微粒子のこと。
※2 超原子(スーパーアトム): 数十個程度の原子が精密に組み合わさることで、あたかも一つの大きな原子であるかのように振る舞う物質のこと。特定の原子数や形状(今回の場合は「量子ニードル」状の異方的な構造)を持つことで、原子1個ともバルク(固体・液体)状態とも全く異なる、特異な光吸収特性や化学的性質を示す。
※3 三重項–三重項消滅(TTA):エネルギーを蓄えた2つの三重項状態の分子が衝突し、1つの高いエネルギー状態の分子を生むエネルギー移動過程。
※4 フォトンアップコンバージョン:低いエネルギー(長波長)の光を高いエネルギー(短波長)の光に変換する技術。
※5 スピン統計因子(f因子):TTA過程において、どれだけの割合で発光に寄与する励起一重項(S1)状態が生成されるかを示す指標。

▼本件に関する問い合わせ先
立教大学 企画部広報室
メール:koho@rikkyo.ac.jp

【リリース発信元】 大学プレスセンター https://www.u-presscenter.jp/
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