本研究成果は、 2026年2月5日に米国微生物学会の学術雑誌「Microbiology Spectrum」に掲載されました。
URL: https://doi.org/10.1128/spectrum.02913-25
【本件のポイント】
ISSの飲料水に長期的にラルストニア属細菌が優占することを発見
ISS由来のラルストニア属細菌がEPSを産生し、バイオフィルムを形成
本菌のこの性質がISSの水環境への適応を支える重要な要因であると示唆
上記顕微鏡写真は論文の図を改変
研究の背景
長期にわたる宇宙滞在ミッションでは、乗組員が飲用する水の衛生状態を維持し、微生物学的な安全性を確保することが極めて重要です。ISSでは、空気中の湿度から得られる凝縮水に加え、宇宙飛行士の汗や尿から回収した水分を組み合わせて再生し、飲料水として利用しています。
一方で、こうした再生水は成分特性によって栄養塩に富む場合があり、微生物にとって増殖しやすい環境となり得ることが知られています。再生水の一部は、PWDを介して宇宙飛行士に供給されます。これまでのPWD水の微生物解析から、飲料水として必要な処理は十分に行われている一方で、再生処理装置において細菌を完全には除去できていない可能性が示されてきました。更に、細菌そのものとは異なる生物学的因子の存在も示唆されており、PWD水の微生物学的特徴をより多角的に捉える必要がありました。
本研究では、電子顕微鏡観察によりPWD水中に存在するEPSを直接観察・測定するとともに、PWD水の細菌群集構造の経時変化を解析しました。ラルストニア属細菌が優占していることを確認しましたので、更に、ISS由来のラルストニア属菌株と地上環境由来株を比較し、宇宙環境に特有の適応メカニズムの解明を試みました。
研究内容
本研究により、ISSの飲料水では少なくとも3年以上にわたり、ラルストニア属細菌が細菌全体の約70%を継続的に占めることが明らかになりました。更に、飲料水中に存在するEPS粒子数が細菌数を上回ることを確認しました。平均体積と粒子数から算出したEPS総量は、細菌総量の数十%に達することが初めて示されました。
EPSは、細菌が細胞外に分泌する粘性の高い高分子の混合物です。細菌はEPSを介して互いに接着することで、三次元的な集合体であるバイオフィルムを形成します。EPSは、細胞が他の細胞や物体に付着する際の「接着剤」として働くだけでなく、網目状構造をつくることで抗菌薬や消毒剤の浸透を遅らせ、効果を低下させ得る防御バリアとしても機能します。加えて、EPSは細胞同士のコミュニケーションを支え、情報伝達の場としても重要な役割を果たします。
本研究では更に、ISSの飲料水から分離したラルストニア属細菌を用いて、その性質を実験室内で詳細に評価しました。宇宙環境を模倣した微小重力環境で培養したところ、通常重力環境と比べて細胞濃度およびEPS濃度がいずれも上昇し、総量が増加することが明らかになりました。
また、ISS由来株は、栄養が豊富な条件下で地上由来株より高いEPS産生能およびバイオフィルム形成能を示しました。加えて、栄養が乏しい条件下においても高いバイオフィルム形成能を維持することが確認されました。これらの結果は、高いEPS産生能により、ラルストニア属細菌がISSの水環境に長期的に適応し、優占する要因の一つである可能性を示しています。
本研究の意義
本研究は、ISSの飲料水に、バイオフィルム形成の鍵となるEPSが多量に含まれていることを、世界で初めて定量的に示したものです。EPSはバイオフィルム形成に不可欠な因子であり、バイオフィルムは配管や機器に付着・増殖することで、汚染、詰まり、機能低下・機能不全といった運用上の問題を引き起こします。特に微小重力環境では、沈降や流れのパターンが地上と異なるため、バイオフィルムの形成や影響が増幅される可能性が指摘されています。
こうした課題は宇宙に限りません。産業・研究用途を含むさまざまな水供給システムにおいても、バイオフィルムは下流コンポーネントへ悪影響を及ぼし、配管・タンク・機器の損傷や性能低下の要因となります。更に、バイオフィルム内部では抗菌薬や消毒剤が作用しにくくなることから、除去・制御の難しさに加え、抗生物質耐性の増加を通じた人体リスクの高まりも懸念されます。
水は飲料・調理用にとどまらず、洗浄や衛生管理、更には宇宙農業など、宇宙でのあらゆる活動の基盤となる資源です。今後、人類の活動領域が月や火星へと広がり、ISSよりも多くの人々が長期間宇宙で生活する将来を見据えると、地上と同様に「必要なときに安全な水を使える」環境の実現が不可欠です。
そのためには、水質そのものの管理に加え、微生物およびEPS・バイオフィルムの形成まで含めた総合的な水マネジメントが求められます。本研究で得られた知見は、宇宙居住環境における再生水の微生物学的安全性評価の高度化に加え、バイオフィルム形成を考慮した水処理・装置設計・運用指針の構築に向けた重要な基盤情報となります。
用語説明:
※本研究で検出されたラルストニア・ピケッティイは、栄養の乏しい水環境に生息するグラム陰性桿菌である。健康な人では問題となることは少ないが、免疫力が低下した人では、呼吸器感染症や尿路感染症に加え、血液の中に細菌が入り込むことで全身に強い炎症が起こり、臓器に重い障害を引き起こすことがある。
論文情報
論文タイトル:High extracellular polymeric substances production and biofilm-forming capacity of Ralstonia pickettii isolates from ISS potable water(和訳:ISS飲料水由来のRalstonia pickettii分離株の高い細胞外高分子物質産生能とバイオフィルム形成能)
著者名:見坂武彦、一條知昭、山崎丘
掲載誌:Microbiology Spectrum
公開日:2026年 2月 5日
DOI:https://doi.org/10.1128/spectrum.02913-25
本研究は摂南大学開学50周年記念事業『むむプ』、JSPS科研費25K03284、21K12272、21H03654、JAXA「きぼう」利用Micro MonitorおよびJEM Microbeの助成を受けたものです。
▼本件に関する問い合わせ先
学校法人常翔学園 広報室
石村、木下
住所:大阪市旭区大宮5丁目16番1号
TEL:06-6954-4026
E-mail:Koho[at]josho.ac.jp
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【リリース発信元】 大学プレスセンター https://www.u-presscenter.jp/