―受精研究を妨げていた“解せない”抑制機構を回避―

 横浜市立大学木原生物学研究所植物エピゲノム科学部門の 石田大悟さん(理学部理学科4年生)、杉直也学振特別研究員、丸山大輔准教授らを中心とした研究グループは、被子植物の受精に重要な「精細胞」において、これまで発現が困難だった遺伝子を細胞内で機能させる新しい方法を開発しました。モデル植物であるシロイヌナズナの精細胞では、外来遺伝子の発現が抑制される特殊な現象「GESENI(解せない)*1」[文献1]が知られており、これが受精過程の分子機構解明を妨げてきたと考えられます。
本研究では、P2A*2と呼ばれる短いペプチド配列を用いることで、この抑制機構を回避し、精細胞内において目的タンパク質を発現することに成功しました(図1)。本成果は、植物の受精メカニズムの理解を前進させるとともに、将来的な植物育種や基礎生命科学研究への応用が期待されます。
 本研究成果は、植物専門誌「Plant and Cell Physiology」に掲載されました(2026年2月4日)。

研究成果のポイント 

精細胞で遺伝子発現を阻害する現象「GESENI」を回避する新手法を開発
P2A配列を用い、精細胞で細胞質基質局在タンパク質の発現に成功
精細胞内カルシウム動態の可視化が可能となり、受精研究の進展が期待される


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図1 GESENIによって遺伝子発現が抑制された花粉およびGESENIを回避して蛍光タンパク質を発現した花粉
(左)精細胞特異的なプロモーターに蛍光タンパク質GCaMP*3をコードする配列を結合したコンストラクト(pHTR10:GCaMP)が導入された花粉。GCaMPは細胞質基質局在を示すことからGESENIの標的となり、発現が抑制されて精細胞内に蛍光は観察されない。
(右)精細胞特異的なプロモーターに、核局在タンパク質AHG3をコードする配列とP2A配列、そして蛍光タンパク質GCaMPをコードする配列を結合したコンストラクト(pHTR10:AHG3-P2A-GCaMP)が導入された花粉。GCaMP配列を核局在タンパク質AHG3と結合したことによりGESENIの標的になることを回避した。加えて、P2A配列の働きによりリボソーマルスキッピングが誘導され、核局在ではなく細胞質基質に局在するGCaMPを発現する(矢尻)。

研究背景
 被子植物では、花粉管を通じて2つの精細胞が雌性配偶体へ運ばれ、重複受精が起こります。しかし、この受精の瞬間に精細胞で起こる反応については、未解明な点が多く残されています。その大きな理由の一つが、精細胞特有の遺伝子発現抑制現象「GESENI」です。これにより精細胞では、細胞質基質に局在する外来タンパク質をコードする遺伝子が強く抑制されるため、他の細胞では広く用いられている蛍光タンパク質やバイオセンサーを用いた解析に大きな制限がありました。


研究内容
 研究グループは、モデル植物シロイヌナズナを用い、精細胞でカルシウムセンサーGCaMPの発現を試みました。従来の方法では、精細胞内でGCaMPの発現は全く確認できませんでした(図1 左)。そこで本研究では、翻訳の途中でタンパク質を分離させるP2A配列に着目しました。P2Aを用いてGCaMPを共翻訳的に切り離す設計を導入した結果、GESENIによる抑制を部分的に回避し、精細胞の細胞質にGCaMPが均一に発現することを確認しました(図1 右)。この手法は、遺伝子を精細胞自身で発現させる場合だけでなく、他の細胞から運ばれるmRNAを利用する場合にも有効であることが示されました。

今後の展開
 本研究により、これまで解析が困難だった精細胞内のカルシウムシグナルや分子動態を、リアルタイムで観察できる道が開かれました。今後は、精細胞が受精時に果たす役割の解明に加え、代謝酵素やシグナル伝達分子、さらにはゲノム編集関連タンパク質の導入など、より高度な機能解析への応用が期待されます。本成果は、植物の受精研究のみならず、育種科学や農業分野にも波及効果をもたらす基盤技術となる可能性があります。

研究費
 本研究は、JSPS科研費、ながひさ科学振興財団、JST 創発的研究支援事業、千里ライフサイエンス振興財団、および横浜市立大学学長裁量事業 第5期戦略的研究推進事業「研究開発プロジェクト」の支援を受けて実施されました。

論文情報
タイトル:P2A-mediated Co-translation Bypasses GESENI, a Cryptic Gene Silencing System in Arabidopsis Sperm Cells(日本語訳:P2Aを介した共翻訳は、シロイヌナズナ精細胞における謎めいた遺伝子不活性化機構GESENIを回避する)
著者:石田大悟、杉直也、元村一基、須崎大地、丸山大輔
掲載雑誌:Plant and Cell Physiology
DOI:https://doi.org/10.1093/pcp/pcag014


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用語説明
*1 GESENI (GEne Silencing based on ENcoded protein’s Intracellular localization):花粉の精細胞において、外来遺伝子がコードするタンパク質の細胞内局在に依存して、転写または転写後の段階で遺伝子発現が抑制される現象。特に細胞質に局在するタンパク質をコードする遺伝子が強くサイレンシングされる特徴を持ち、蛍光タンパク質やバイオセンサーなどの発現を困難にしてきた、精細胞特有の遺伝子発現制御機構。

*2 P2A配列:翻訳過程においてリボソームのペプチド結合形成を一時的に停止させ、1本のmRNAから複数の独立したタンパク質を生成させる短いペプチド配列。
リボソームスキッピングと呼ばれる現象を利用することで、融合タンパク質を形成せずに、機能的に分離したタンパク質を同時に発現させることが可能となる分子ツール。

*3 GCaMP:緑色蛍光タンパク質(Green Fluorescent protein : GFP)の構造の中にカルモジュリンと呼ばれるカルシウムイオン結合性の配列が組み込まれており、カルシウム濃度に応じて蛍光強度が変化する性質を持つ。これを用いることで細胞内のカルシウム濃度変化を評価することができる。

参考文献など
1. Ohnishi Y., Kawashima T. (2023) Evidence of a novel silencing effect on transgenes in the Arabidopsis thaliana sperm cell. Plant Cell. 35:3926-3936.
https://doi.org/10.1093/plcell/koad219
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