発表のポイント:

宇宙から飛来する放射線(宇宙放射線)のうち、宇宙空間で主要な「陽子」と地上の大気中で主要な「中性子」に関して、それらが半導体に誤動作(ソフトエラー)を引き起こす確率が、宇宙空間で大部分を占める高エネルギー帯では同等であることを世界で初めて実証しました。
従来、地上と宇宙空間における機器への宇宙放射線影響を把握するためには、中性子照射試験と陽子照射試験をそれぞれ実施する必要がありましたが、本成果により、1回の中性子照射試験で両方を評価可能にし、照射試験のコスト削減・期間短縮を実現します。

すでに商用化している地上向けの中性子照射試験を、宇宙環境向け評価へ拡大し、太陽フレア等による通信機器障害リスクへの備えを効率化します。

 NTT株式会社(本社:東京都千代田区、代表取締役社長:島田 明、以下「NTT」)と国立大学法人北海道大学(北海道札幌市、総長:寳金 清博、以下「北海道大学」)は、世界で初めて、宇宙放射線「陽子」と大気中「中性子」による半導体の誤動作(ソフトエラー※1)の発生率※2が、宇宙空間で80%以上を占める20メガ電子ボルト(MeV)以上の運動エネルギー帯においては同等であることを実証しました。
 従来は地上と宇宙空間における機器への宇宙放射線影響を把握するためには、中性子照射試験と陽子照射試験をそれぞれ実施する必要がありましたが、本成果により、1回の中性子照射試験で両方とも評価可能にし、照射試験のコスト削減・期間短縮を実現します。また、試験機会の確保が容易になり、民間企業の宇宙産業への参入のハードルを低減します。その結果、宇宙向けのICTインフラを支える電子機器のソフトエラーのリスクを開発段階で見積もりやすくして運用前の対処を可能とすることで、安心・安全な宇宙インフラの構築に貢献します(図1)。
 NTTは、すでに商用化している地上向け電子機器を対象とした中性子ソフトエラー試験に本成果を反映し、宇宙環境で使用する場合の評価へ適用範囲を拡大することで、太陽フレア等による通信機器障害リスクへの備えを効率化する商用サービスを早期に実現していきます。さらに、本技術の有効性を宇宙空間で検証するため、国際宇宙ステーション(ISS)の船外実験プラットフォームにおいて実証実験(PEGASEUS計画※3)を行い、さらなる精度の向上をめざします。
 本成果は、2026年2月18日にIEEE Transactions on Nuclear Scienceに2編掲載されました。


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図1 地上向け電子機器を対象とした中性子照射試験で宇宙の陽子ソフトエラーリスクを評価


1.背景
 近年、ナビゲーションや気象予測、衛星電話など、私たちの便利な暮らしを支えるサービスには宇宙の利用が不可欠になっており、民間企業による宇宙ビジネスも急速に拡大しています。NTTも宇宙ビジネスブランド「NTT C89※4」を立ち上げ、通信・観測・データ利活用などに取り組んでいます。
 一方で宇宙空間は、宇宙放射線と呼ばれる目に見えない微小な粒子が光の速度に近い速さで飛び交い、地上の数千から数万倍におよぶ放射線環境にさらされています。また、太陽フレアなどの影響で、宇宙放射線量が突発的に増加することもあります。
こうした環境で通信・観測などの機器を安定して運用するためには、宇宙放射線が電子機器に与える影響の事前評価・対策が不可欠です。しかし、現状そのための試験は、主に学術利用向けの加速器施設に依存しており、産業利用に対応した試験機会の確保が課題となっていました。

 地上においても、宇宙放射線は大気との相互作用により中性子として降り注いでおり、地上のネットワーク機器においては中性子に起因した半導体の誤動作であるソフトエラーが課題とされてきました(図2)。ソフトエラーは半導体メモリの一部データが書き換わることで発生し、ネットワークにおいて多様で複雑な障害に発展することもあります。NTTはこれまで、中性子によるソフトエラー発生特性を明らかにし※5, 6、サービス運用前に機器全体を対象とした中性子照射試験による事前評価・対策を行うことで、信頼性の高いICTインフラを構築してきました。2016年にはその試験技術を商用化し※7, 8、さらに2018年には、ITU-Tでの標準化※9、2022年にはCIAJにおいてガイドライン策定※10にも参画するなど、評価の枠組み整備を進めてきました。

 一方で、宇宙ビジネスの拡大を受け、安価かつ高性能な地上用民生機器を宇宙空間でも利用したいという要望が増えています。さらに、宇宙利用が単体機器からネットワーク化したインフラへと広がるにつれ、過酷な宇宙放射線環境下でも高い信頼性がより求められるようになるため、ソフトエラーに起因するサービス障害リスクの定量評価と対策が不可欠です(図2)。加えて、宇宙環境では陽子、地上環境では中性子が支配的であることから評価試験が粒子種ごとに分かれ、コストや試験機会の確保の観点で課題となっていました。また、陽子照射試験は照射面積やビーム条件の制約により、外装(ケース)を含む機器全体の評価が難しい場合があり、試験回数や工数の増加にもつながっていました。


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図2 地上~宇宙における宇宙放射線によるソフトエラー


2.研究の成果
 このような背景のもと、NTTと北海道大学は、地上向け電子機器を対象に確立してきた中性子照射試験の枠組みを宇宙向け電子機器の評価にも活用できる可能性を見据え、宇宙環境で支配的な陽子と、地上で支配的な大気中性子によるソフトエラー発生率の関係に着目しました。その結果、20メガ電子ボルト(MeV)以上の運動エネルギー帯において、陽子と中性子によるソフトエラー発生率が同等であることを世界で初めて実証しました(図3)。
加えて、中性子によるソフトエラー発生率の測定方法を改良し、広いエネルギー帯を1回で高精度に測定できるようにしました。
 これにより、従来は粒子種や運動エネルギー帯ごとに複数回必要だった照射評価について、1回の中性子照射試験で宇宙向け評価にも活用できる道筋を示しました(図4)。


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図3 今回測定した陽子/中性子の運動エネルギー毎のソフトエラー発生率


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図4 ネットワーク機器に対する陽子・中性子ソフトエラー発生率測定方法


3.技術のポイント
(1) 宇宙(陽子)/地上(中性子)で分かれていた評価を1回の中性子照射試験で評価
 20メガ電子ボルト(MeV)以上の運動エネルギー帯で、陽子と中性子によるソフトエラー発生率が同等であることを実証したことで、宇宙向け評価においても中性子照射試験を活用した評価が可能となりました。
 この同等性を実証するため、高崎量子技術基盤研究所のイオン照射研究施設(TIARA)における10~65 MeVの陽子照射試験を実施し、陽子によるソフトエラー発生率を測定しました。さらに、より高エネルギー帯を測定するために、通常医療目的で利用されている北海道大学病院の陽子線治療センター(図5)において、がん治療向けの設定条件を電子機器評価に適用できるよう換算し、電子機器に対する陽子照射試験として実施することで、70~220 MeVまでの陽子によるソフトエラー発生率を測定しました。
 これらの結果に加え、中性子によるソフトエラー発生率を、複数の半導体デバイスを用いて運動エネルギー依存性を詳細に比較することで、宇宙空間で80%以上※11を占める20 MeV以上の陽子と、その運動エネルギー帯において、陽子と中性子のソフトエラー発生率が同等であることを世界で初めて実証しました。(図3)


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図5 北海道大学病院陽子線治療センター


(2) 低エネルギー帯から高エネルギー帯まで、1回の中性子照射で一括評価
 中性子ソフトエラー発生率の測定手法を高精度化し、低エネルギー帯から100 MeV級の高エネルギー帯までを一度の中性子照射試験で測定・評価できるようにしました。
 本成果では、ある特定の中性子照射方式において発生するエネルギー測定精度の低下を補正する手法を開発しました。これにより、国内施設である大強度陽子加速器施設(J-PARC)物質・生命科学実験施設(MLF)に設置された中性子源特性試験装置(NOBORU)においても、100 MeVまでの高エネルギー帯で中性子ソフトエラー発生率を測定することに成功しました(図3)。
 本手法により、従来は運動エネルギー帯に応じて複数回必要だった照射試験を、低エネルギー帯から高エネルギー帯まで一度の中性子照射試験に集約し、測定・評価の高精度化を実現しました。

(3) 外装(ケース)を含む“機器全体”の評価を、より現実的に
 照射範囲が広い中性子照射試験を宇宙向け評価にも展開することで、ケースを含む機器全体の評価を可能にします。これにより、開発段階でソフトエラーリスクを見積もりやすくなり、運用前の対処につなげることができます。
特にケースを含む機器全体を対象とする場合には、陽子照射試験で必要となり得る試験の分割や段取りを抑えられるため、試験回数や準備工数をさらに削減でき、コスト低減効果が一層高まる場合があります。

4.各機関の役割
・NTT
各施設との実験調整、ソフトエラー検出回路の製作、ソフトエラー測定データの解析
・北海道大学
中性子エネルギー分布解析、陽子線治療センター実験における施設運転および実験協力


5.今後の展開
 NTTは、すでに商用化している地上向け電子機器のための中性子ソフトエラー試験サービスに本成果を組み込み、宇宙環境向け評価まで対応可能な商用サービスを早期に実現することをめざします。あわせて、重イオンなどの他の宇宙放射線によるソフトエラーや、それ以外の物理的損傷等を含むリスク評価へと対象を拡大し、より包括的な信頼性評価につなげます。加えて、本成果の有効性を宇宙実環境で検証するため、国際宇宙ステーション(ISS)の曝露部において実証実験(PEGASEUS計画)を実施し、評価精度の向上を進めます。これらを基に、宇宙ビジネスブランド「NTT C89」のもとで技術とサービスを磨きつつ、国内外の機器メーカーや宇宙インフラ事業者をはじめとする幅広いお客さまに活用される評価手法・試験サービスとして展開し、安心・安全な宇宙利用の拡大に貢献していきます。

6.論文情報
雑誌名:IEEE Transactions on Nuclear Science
タイトル:Experimental Confirmation of Equivalence of Proton- and Neutron-induced Energy-dependent SEU Cross Sections for Sub-100-nm Bulk Planar SRAM-based FPGAs
著者:Ryu Kiuchi, Yuji Sunada, Yoshiharu Hiroshima, Mayu Tominaga, Nagomi Uchida, Hidenori Iwashita, Takashi Ikeda, Hirotaka Sato, Seishin Takao, Taeko Matsuura, Takashi Kamiyama, Michihiro Furusaka, and Yoshiaki Kiyanagi
DOI:10.1109/TNS.2025.3646265
URL:https://ieeexplore.ieee.org/document/11305188

雑誌名:IEEE Transactions on Nuclear Science
タイトル:A Method for Deduction of Single-Event Upset Cross Sections from Time-of-Flight Data Obtained at a Double-Bunch Proton Accelerator-Based Neutron Source
著者:Yuji Sunada, Hidenori Iwashita, Ryu Kiuchi, Mayu Tominaga, Yoshiharu Hiroshima, Nagomi Uchida, Kaito Ishiguro, Hirotaka Sato, Takashi Kamiyama, Michihiro Furusaka, and Yoshiaki Kiyanagi
DOI:10.1109/TNS.2025.3646262
URL:https://ieeexplore.ieee.org/document/11305232

【用語解説】
※1.ソフトエラー:
 永久的にデバイスが故障してしまうハードエラーとは異なり、デバイスの再起動やデータの上書きによって回復する一時的な故障のこと。

※2.ソフトエラー発生率
 ここでは、単位面積あたり1個の放射線粒子がソフトエラーを引き起こす確率のことを言う。専門的にはSEU(Single Event Upset)クロスセクションと定義される。もしくは、単位時間当たりにソフトエラーが発生する確率と定義される場合もある。

※3.PEGASEUS計画
 Payload for Evaluation of Guarding Against Single Event Upset in Spaceの略。国際宇宙ステーションの船外曝露実験モジュールにおいて、電子機器を宇宙線に曝してソフトエラーなどの放射線耐性を測定するNTTの計画。

※4.NTT C89
 NTT 技術ジャーナル 「宇宙ビジネスブランド「NTT C89」で推進するNTTグループの取り組み」
 https://journal.ntt.co.jp/article/29836

※5.2020年11月25日「世界で初めて半導体ソフトエラーを引き起こす中性子のエネルギー特性を測定~宇宙・他惑星などあらゆる環境での中性子起因ソフトエラー故障数を算出可能に~」
 https://group.ntt/jp/newsrelease/2020/11/25/201125a.html

※6.2023年3月16日「世界初、中性子が引き起こす半導体ソフトエラー特性の全貌を解明~全電子機器に起こりうる、宇宙線起因の誤動作対策による安全な社会インフラの構築~」
 https://group.ntt/jp/newsrelease/2023/03/16/230316a.html

※7.2013年3月21日「宇宙線による情報通信機器のトラブルを未然に防ぐ技術を開発~小型加速器中性子源を用いた効率的なソフトエラー試験技術を確立~」
 https://group.ntt/jp/newsrelease/pdf/news2013/1303/130321a.pdf

※8.2016年12月19日「宇宙線に起因する電子機器の誤動作「ソフトエラー」を再現させる「ソフトエラー試験サービス」を開始~小型の加速器中性子源を用いたサービスを実用化 高度な電子機器のさらなる信頼性向上に貢献~」
 https://group.ntt/jp/newsrelease/2016/12/19/161219a.html

※9.2018年11月22日「通信装置のソフトエラー対策、ITU-T国際標準制定~宇宙線起因のソフトエラー対策に関する設計・試験・評価基準に基づく更なる信頼性向上へ~」
 https://group.ntt/jp/newsrelease/2018/11/22/181122a.html

※10.「通信装置のソフトエラーガイドライン」の制定
 CIAJ Website 「通信装置のソフトエラーガイドライン」の制定
 https://www.ciaj.or.jp/news/topics/topics_past_issue/topics2022/8056.html

※11.本研究で想定した宇宙放射線環境(軌道条件・遮へい条件)に基づく見積りでは、電子機器に入射する陽子の粒子数(フルエンス)のうち、20 MeV以上が80%以上を占めます。
なお、この割合は軌道・遮へい条件や太陽活動により変動します。
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