東洋大学(東京都文京区/学長 矢口悦子)の食環境科学研究科 加藤悦子教授らの研究グループは酒米「山田錦」の心白※1領域におけるデンプン高次構造の特徴を固体NMR※2を使って分子レベルで可視化することに成功しました。本研究は、日本酒の製造に欠かせない酒米の磨き(酒米を削ること;精米)が、なぜ重要とされてきたのかを分子レベルの構造の違いとして解明したものです。
この結果は、今後の食品化学および日本酒醸造の発展に貢献することが期待されます。本研究成果は、2026年2月26日に国際学術誌「Food Chemistry」にオンライン公開されました。

※1 心白(しんぱく):酒米の中心部にある白濁している部分のこと
※2 固体NMR(核磁気共鳴):試料を溶媒に溶かさず、固体状態のまま結晶・非晶(アモルファス)・粉末・膜などのミクロ構造や分子運動性を非破壊で解析する分析手法

■研究の概要
食環境科学部の加藤悦子教授らの研究グループは、日本酒醸造に用いられる酒米「山田錦」を対象に、精米歩合の異なる試料を比較することで観測されるデンプン構造の違いを、固体NMR、走査電子顕微鏡(SEM)、脂質分析、アミロペクチン鎖長解析を組み合わせて詳細に解析しました。その結果、精米歩合の異なる酒米間でデンプンの化学組成やアミロペクチン鎖長分布はほぼ変化しない一方で、心白に富む領域では結晶性の秩序(A型結晶構造)が相対的に低いことを明らかにしました。この構造的特徴は、酒米特有の心白に見られる疎(そ)で多孔質なデンプン粒子構造と密接に関連していました。

■研究のポイント
[研究の背景] 日本酒造りには、原料米、酵母、麹、発酵条件など、さまざまな要因が関わっています。その中でも、酒米を磨く工程(精米)は、ほぼすべての日本酒に共通する重要な工程の一つです。酒米の中心には「心白(しんぱく)」と呼ばれる白濁部分が存在し、一般的に、精米歩合60%程度の酒米を用いた日本酒は吟醸酒、さらに精米を進めた酒米を用いたものは大吟醸酒と呼ばれています(図1左)。
このように、酒米の磨きは日本酒造りにおいて重要とされてきましたが、その理由については経験的に語られることが多く、分子レベルでの科学的理解は十分ではありませんでした。特に、山田錦に代表される酒米に特徴的な心白と呼ばれる領域において、デンプン構造がどのように異なるのかについては、これまで明確に示されていませんでした。

[発見や成果の詳細] 本研究では、精米歩合の異なる酒米試料を比較することで、心白に富む領域において観測されるデンプンの高次構造の特徴を、固体NMRや電子顕微鏡観察などを用いて解析しました。その結果、精米歩合の低下に伴い、脂肪酸などの低分子成分が段階的に減少することが確認されました(図1中央)。
この結果は、従来の脂肪酸分析と同様の結果でした。また、磨き度60%の酒米では、デンプンの化学組成やアミロペクチンの鎖長分布はほぼ同一である一方、心白領域では結晶性の秩序(A型結晶構造)が相対的に低いことが明らかになりました(図1右)。これは、精米によって構造が変化したのではなく、もともと異なる構造を持つ心白領域が相対的に観測されるようになったことを示しています。心白領域に見られる疎な構造は、水や麹菌が作用しやすい状態と関連している可能性があり、今後の発酵過程との関係解明が期待されます。

[期待されること] 本研究は、酒米の精米という伝統的な工程の意味を、デンプンの高次構造という観点から科学的に捉え直す手がかりを示しました。今後、同様の解析手法を他の酒米品種や加工条件に適用することで、日本酒醸造に用いられる原料米の構造理解が進み、食品化学分野における穀物研究の深化にもつながることが期待されます。

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図1:日本酒造りにおける精米と固体NMR※2により明らかになったこと


■研究者のコメント
日本酒好きの一人の研究者として、私は以前から「なぜ酒米をここまで磨くのだろう。少しもったいないのではないか」と素朴な疑問を抱いていました。しかし、何百年も続いてきた日本酒造りには、きっと合理的な理由があるはずです。その背景を、化学の視点から理解したいと考えました。
そこで菊正宗酒造株式会社(本社 神戸市東灘区、社長 嘉納治郎右衞門)の研究者の方々を訪ね、固体NMRという手法を用いれば、その理由の一端を明らかにできるかもしれないとお話ししました。最初は、酒造りの世界に対して失礼な提案ではないかと受け取られた部分もあったかもしれません。
しかし、「日本酒造りの謎や、杜氏の技のすごさを、化学的に理解したい」という思いを丁寧に伝えたことで、少しずつ対話が始まり、本研究へとつながっていきました。
日本食には、長い経験の中で受け継がれてきた知恵が数多くありますが、その多くはまだ科学的に十分解き明かされているとは言えません。食品の製造や調理は、突き詰めれば化学反応の積み重ねです。伝統を尊重しながら、その背景にある仕組みを明らかにすることで、食品科学の貢献できることはまだまだあると感じています。

■今後の展望
本研究は、酒米の精米という伝統的工程に伴い露出する心白領域に着目し、その構造的特徴について固体NMRを用いて分子レベルで捉えた点に特徴があります。本手法は、酒米だけでなく多くの食品に対して重要な知見をもたらすことが期待されます。例えば、コメと同様にデンプンを主成分とする小麦を用いたパンの老化現象の解明など、他の食品研究への展開も進んでいます。

■論文情報
掲載誌:Food Chemistry (2026年2月26日オンライン公開)
論文タイトル:Solid-state NMR spectroscopy reveals polishing-induced supramolecular disorder in sake rice starch
著者:加藤悦子1*,山田翼2*,藤田直子3
1. 東洋大学 大学院食環境科学研究科
2. 株式会社 菊正宗酒造
3. 秋田県立大学
* 責任著者

DOI:https://doi.org/10.1016/j.foodchem.2026.148618

【学校法人 東洋大学について】
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<東洋大学HP> https://www.toyo.ac.jp/

■ 本件に関するお問い合わせ
東洋大学 食環境科学部 食環境科学科
教授 加藤 悦子(かとう えつこ)
E-mail: katoh@toyo.jp

■本件に関する報道関係の方からの問い合わせ先
東洋大学 総務部広報課
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