1.研究成果のポイント
生命が海で誕生したのち、陸上へ進出した小さな線虫たちがどのように多様な寄生性を獲得してきたのかを、112種の動物寄生性線虫を用いた「祖先状態復元」により明らかにした。
自活性線虫の祖先の一部は、古生代に陸上へ進出した「ヤスデ」への寄生性を獲得したのをきっかけに、そこから昆虫など多様な無脊椎動物へ、さらに脊椎動物へと宿主を広げて「ギョウチュウ」や「カイチュウ」の祖先となった。
また別の祖先系統と、ヤスデ寄生性を獲得した系統の一部は、淡水産カイアシ類(ケンミジンコ)に捕食される過程で寄生性を獲得し、魚類・両生類・爬虫類・鳥類・哺乳類へと宿主を乗り換えながら進化し、現代の「顎口虫」や「アニサキス」へつながった。
本研究は、寄生虫が本来は宿主と共に生きる「共生」の一形態であることを示し、寄生・共生・病原性の進化的理解に基づく病気の根本解決に貢献する基礎研究である。
2.発表概要
私たちの身近に存在する寄生虫として、アニサキス(注1)、ギョウチュウ(注2)あるいはカイチュウ(注3)といった線虫(注4)が挙げられますし、アニサキス症で苦しい思いをしたひとも少なくないでしょう。しかし、地球上には私たちが普段目にすることのない、はるかに多様で複雑な寄生虫の世界が広がっています。今回、中部大学 応用生物学部 環境生物科学科の長谷川浩一教授と研究員の長江星八博士は、動物寄生性線虫112種の寄生性生態と分子系統解析を組み合わせた祖先状態復元(Ancestral State Reconstruction)(注5)により、線虫がどのように寄生性(注6)を獲得し、どのように宿主を乗り換えながら進化してきたのかを包括的に明らかにしました。
生命が海で誕生したのは約40億年前であると言われています。その後、約5億年前の古生代に生物は陸上へ進出し始め、そのなかにわずか1ミリほどの小さな線虫も含まれていました。陸上は海に比べて過酷な環境であったがゆえ、生物たちはお互いに影響し合いながら、実に多様な形態や生態を進化させてきました。その相互作用の中で、もともと自活性(非寄生性)(注7)だった線虫の一部が、地球上で繁栄を遂げる動物たちに応じた様々な寄生性を進化させていったのです。
本研究により、寄生性の起源が複数回独立して生じたことが明らかになりました。陸上生態系に適応した自活性線虫のある祖先系統は、古生代シルル紀に陸上へ進出した最初期の節足動物であるヤスデ(注8)への寄生性を獲得しました。
寄生虫は一般に「病気を引き起こす存在」と思われがちですが、本来は宿主とともに生活する「共生」の一形態です。問題が起こるのは、本来とは異なる宿主体内に入ってしまったときです。たとえば、イルカやアザラシといった海産哺乳類が本来の宿主であるアニサキスがヒトに入るとアニサキス症を起こし、豚や猫、アライグマが本来の宿主であるカイチュウや顎口虫がヒトに入ると病気を引き起こします。
今回の研究は、長い生物進化の過程で築き上げられた寄生・共生・病原性の生物間相互関係を理解することで、病気の根本的な理解と解決につながる基礎研究です。線虫という小さな生き物がたどってきた壮大な進化の旅路は、地球上の生態系保全や私たちの健康の理解にも深く関わっています。
今回の研究成果は大手学術出版社の米John Wiley & Sonsが発行する科学専門誌Ecology and Evolution(電子版)に掲載されました。
論文の情報
雑誌名: Ecology and Evolution
論文タイトル:Evolution of animal parasitism in nematodes of the suborder Spirurina
著者:Seiya Nagae & Koichi Hasegawa
URL: https://doi.org/10.1002/ece3.73422
図1. 動物寄生性線虫スピルリーナの分子系統樹と推定進化イベントを表した図。
➀自由生活性海洋線虫のうち特定の系統が陸上環境に適応し、スピルリーナの祖先となった。
➁淡水産カイアシや巻貝といった水生無脊椎動物への寄生を獲得し、魚類などを終宿主とする複雑な生活環が進化してネイソストーマトモルファ(顎口虫症の原因となる寄生虫が含まれる)やククラニーダ(アユの肝臓にできる白斑の原因となる寄生虫が含まれる)となった。
③ヤスデへの寄生を獲得した。
④昆虫への寄生を獲得し、陸生脊椎動物を終宿主とする複雑な生活環へと進化してスピルロモルファ(カやアブといった吸血昆虫が媒介するフィラリア症(注11)、象皮病の原因となる寄生虫が含まれる)となった。
⑤水生無脊椎動物への寄生を独立して獲得し、再び魚類を終宿主とする複雑な生活環へと進化するカマラノモルファ(ヒトギニアワーム症(注12)の原因となる寄生虫に加え、水産業上重要な寄生虫も多く含まれる)となった。
⑥ヤスデへの寄生を維持しライゴネマトモルファ(ヤスデ寄生性グループ、とくにヒトに影響ない)となり、その後一部の系統が脊椎動物への寄生を獲得し(カエル寄生性が一部、とくにヒトに影響ない)、なかには複雑な生活環へと進化してアスカリドモルファ(アニサキスやカイチュウが含まれる)となった。
⑦単純な感染サイクルを維持しながら広く無脊椎動物そして脊椎動物寄生性を進化してオキシウリドモルファとなった(ヒトギョウチュウが含まれる)。
3.用語解説
注1 アニサキス(Anisakis)
オキアミ等を「第一中間宿主」、サバやイカなどを「第二中間宿主」として寄生する線虫。アニサキスにとって本来の「終宿主」はイルカやアザラシなどの海産哺乳類であり、捕食・被食を通して中間宿主から終宿主へと移動し、終宿主内で成熟したのち交尾・産卵して生活環をまわす。サバやイカと一緒に、そこに寄生している生きたアニサキスをヒトが食べると、強い腹痛を起こすことがある。
注2 ギョウチュウ(Enterobius)
子どもに多い寄生虫として知られるが、とくに病原性はないとされる。肛門周囲に卵を産むため、かゆみを引き起こすことがある。日本でも小学校でギョウチュウ検査が実施されていたが、衛生環境の改善で大きく減少し、2015年以降は検査しなくなった。
注3 カイチュウ(Ascaris)
かつて日本でも広く見られた20-30cmと大型の線虫で、おじいちゃんやおばあちゃんに話を聞くとよく知っているかもしれない。
注4 線虫(Nematoda)
わずか1ミリほどのにょろにょろとした細長い形をしているものが多く、地球上のあらゆる環境に生息する。自活性種から動植物寄生性まで多様な生態であり、種数およびバイオマスは動物界のなかでも圧倒していると言われている。
注5 祖先状態復元(Ancestral State Reconstruction; ASR)
現存生物の特徴と系統関係から、「祖先がどのような性質を持っていたか」を推定する手法。今回の研究では、現存する動物寄生性線虫112種の系統樹と寄生性生態の情報を組み合わせることで、自活性の祖先がいつ寄生性を獲得し、どのように宿主を乗り換えていったのかといった「寄生性進化の道筋」を再構築した。
注6 寄生性(Parasitism)
宿主から栄養や住処を得て生活する生態。一般的に共生といえば、相互関係しあうもの同士が利益を得る相利共生(Mutualism)を思い浮かべるが、宿主と寄生虫がバランスの取れた関係であり一緒に生活する寄生性も共生(Symbiosis)の一形態である。宿主を殺したり病気にしたりする病原性(Pathogen)とは区別する必要がある。
注7 自活性(Free‑living)
寄生をせず、自分の力で環境中から栄養を得て生活する生き方。線虫の場合、土壌や水中で細菌・藻類・有機物などを食べて生活する種が多い。
注8 ヤスデ(Millipede)
古生代に陸上進出した初期の節足動物のひとつで、ムカデやゲジとともに多足亜門に属する。動物寄生性進化の重要な起点である。
注9 カイアシ類(Copepods)
淡水・海水に広く分布する小型甲殻類。ケンミジンコとも呼ばれることもあり、また多くの寄生虫の「中間宿主」となる。
注10 顎口虫(Gnathostoma)
カイアシ類を「第一中間宿主」、魚やカエルを「第二中間宿主」として寄生する線虫。本来の「終宿主」は豚や猫などの哺乳類であって、ヒトは間違った宿主であるため病気を引き起こしてしまう。
注11 フィラリア(Filaria)
カやアブといった吸血昆虫に媒介される線虫で、犬では心臓や血管に寄生するフィラリア症、ヒトでは象皮病やオンコセルカ症といった熱帯寄生虫症が知られている。
注12 ギニアワーム(Dracunculus)
アフリカを中心に見られる線虫で、ヒトが汚染された水を飲むことで感染する。1メートルにも育ったメス成虫が皮膚を突き破って出てくることで知られ、とても痛いらしい。世界的な取り組みの成果にて、現在は根絶に向けて大きく減少した。
寄生・共生・病原性のこと、気持ち悪いけど、もっと面白くわかりやすく知りたい方のための参考書籍
長谷川浩一著「線虫 1ミリの生命ドラマ」dZERO出版 ISBN-13: 978-4907623586.
4.お問い合わせ先
(研究内容に関すること)
長谷川浩一 中部大学 応用生物学部環境生物科学科 教授
E-mail: koichihasegawa@fsc.chubu.ac.jp
▼本件に関する問い合わせ先
中部大学 入試・広報センター(広報課)
TEL:0568-51-5541
メール:chubu-info@fsc.chubu.ac.jp
【リリース発信元】 大学プレスセンター https://www.u-presscenter.jp/