長野県飯田市で食品会社に勤める近藤茂さん(55)が、昨年8月に円周率5兆桁を計算をしたという記録が、このほどギネスブックに登録された。

円周率5兆けた計算、ギネスも認めた 長野の会社員

そのニュースが巷に流れた2011年2月13日の13時、わたしはまったく偶然にお茶の水駅前の丸善書店で、風変わりな本を手にしていた。
それが『π 円周率1,000,000桁表』だ。

真っ白に墨一色で巨大なパイが書かれた表紙。巨大なパイ……。フーターズ好きの心にピクリと来るものがあるが、もちろんここでは関係ない。パイの下にはタイトル「円周率1,000,000桁表」とあり、これが本書のすべてを言い表している。まさか? まさか円周率100万桁が、ただ印刷されているだけの本……?

その通りなのだ。お馴染みの3.1415から始って、926535897932384626433832795028841971……と書き写していけばいくらでも原稿を埋めることが出来るのだが、とにかく、めくれどめくれど数字(円周率)だけがズラズラズラーッと、この本には印刷されている。円周率に関する豆知識とか、計算プログラムの開発秘話とか、そういう余計なコラムは一切ない。本当に数字だけ。この潔さには惚れ惚れしてしまう。

一般の出版企画ではまず通らないであろうこの企画を世に送り出したアッパレな人は、牧野貴樹さん(著者)と、同人集合・暗黒通信団(発行所)だ。内容的にも、表紙デザイン的にも、発行所的にも、おそらく自費出版なのだろうと思うのだが、裏表紙を見るとちゃんと書籍コードを取得している。
実際、丸善書店で平積みされていたわけだし、Amazonでも取り扱っている立派なもんだ。

円周率をただ印刷しただけの本、というのがわかった時点で、わたしはすでに買うつもりになっていたのだが、裏表紙に印刷された“価格”を見てもう財布を取り出していた。本体価格「314円」なのである。モノクロ印刷の自費出版といえども、A5版で100ページ程度のものであれば500円以上したって不思議はない。そこをあえて314円にした。利益を得ることよりも購買者を笑わすことを選んだ心意気が嬉しいじゃないか。

奥付を見てさらに笑った。第1刷(初版)は1996年発行だったが、そこから第2刷、第3刷と順調に版を重ねていき、2007年には第3.1刷、2008年には第3.14刷、2009年には第3.141刷、2010年には第3.1415刷となっているのだ。まったく念が入っている。

あえて「ジョーク」と言ってしまうが、円周率だけで本を作ってしまおうというのは、思いつきのジョークとしてはそれほど珍しいものではない。けれども、そこにこれほどの労力をかけて、実現させてしまうというのは、なかなか真似のできるもんじゃない。いい本を買った、というより、いい芸を見せてもらった! という気分である。
どうかこのまま地道に版を重ねていって、いつの日か、奥付けに「第3.1415926535……(100万桁)刷」という文字が刻まれているのを見てみたいものだ。(とみさわ昭仁)
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