画期的な実用書が出た。帯の文句がすべてを言い表している。

「彼女をGETするための最終攻略読本/※ただし、イケメンに限らない!」
なんとこれは、容姿が異性に与える影響にあまり自信がなかったり、周囲に自分を理解できるような異性がいなかったりして、コミュニケーションをとるなどという無駄な努力を重ねるよりも、趣味に時間を費やしたほうが合理的と考えるような、賢い男性のために書かれた恋愛指南書なのである(政治的に正しい表現を心がけてみました!)
『藤田サトシ塾長のリアル彼女のつくりかた』が、本の題名である。めざせ、リア充生活!

テレビ番組で著者を一度だけ見たことがある。路上ナンパのやり方を教えていた。見間違いようのない自然の摂理というべき髪型(つまりハ○)をしていたので、たぶんそうだと思う。著者プロフィールを見ると、「モテない男のナンパ塾」塾長をつとめ、本書以外にも『モテる会話』『モテ・バイブル』『モテない男のナンパ塾』など多数の著書があるようだ。「モテる男の」ではなく「モテない男の」である点にご注意。
とにかく著者は、「モテない男」に優しいのである。本書の第1章では、そうした劣等感を拭い去るために必要な意識改善のために、かなりのページが割かれている。
たとえば、童貞について。

――童貞であることは、一部のビッチを除いてウケは悪くありません。
「本当に好きな人のために、残してあるんだ」
このように、前向きな理由づけであればOKです。

なるほどー。
この本の長所は、用いられている理屈がわかりやすいことである。

――おしゃれをかたくなに拒絶する人が稀にいます。
「自分は外見ではなく、中身で勝負したいんだ!」
なかなかに筋の通った主張のようですが、それは裏を返せば、女性に向かってこう言っているに他なりません。
「ぼくはオシャレに無頓着です。デートのときに恥ずかしい思いをさせてしまうかもしれないけれど、中身には自信があるから許してよね!」
このように翻訳してみると、どう感じますか?

ね、わかりやすい。こうした言い回しを駆使し、著者は読者の心を揺さぶってくるのである。
さらに、

――布の服と、ひのきの棒しか装備していないジョブも不明、ステータスも不明なキャラクターで、大ボスや中ボス戦に臨むことができるでしょうか。とてもじゃありませんが、勝てる気がしませんよね。

とRPGを引き合いに出して畳み掛けるのも忘れない。いや、俺は一切の武器も装備しないで素手で竜王を倒す勇者になる、という縛りプレイの猛者もいるかもしれないが、そこまではさすがに面倒を見てくれないわけである。
この場面では女性をRPGのモンスターに喩えているが、著者はとにかく徹底的に、女性に対する思い込みを捨てるように説得してくる。

――「昨日の敵はきょうの友」
「殴り合いの果てに友情が芽生える」
なんていうのは、男性だけの感覚です。

女性というものは基本的に、昨日の敵はきょうも敵ですし、殴り合いの果てにあるのは絶交という拒絶だけです。

――恋愛について、勘違いしている人が多いのですが、時間をかけて、じっくり攻めれば、自然と愛が育まれるというのは大きな間違いです。
 ダメな付き合いを何年続けても、そこに恋愛感情は生まれません。(中略)
 帰り道がいっしょというだけで、幼馴染みというだけで、たいして話が面白くもない男のことを好きになるような、母性本能の暴走したような女の子は現実には存在しません。

あたたたた……。こんな具合に小刻みなジャブが繰り出され、読者の間違った恋愛観が修正されていくのである。

もちろん単なる精神論だけではなく、実用面でもかなり役に立つアドバイスが記されている。外見を変えるためのおしゃれ実践を説く第2章「戦いを挑む前に、装備を整えよう」には、おすすめのセレクトショップ名、そこでの予算案などが記されていて、かなり具体的である。靴は「茶色い革靴、紐で締めるタイプが一番」、時計は「国産のクォーツ式や、デジタル式」は厳禁で、「これらを身に着けるくらいならば、腕になにも着けていないほうがはるかにマシ」、「セカンドバックは、あらゆるシーンに不適切ですから、全部捨ててしまって差し支えない」、といった具合に、すべての小物に至るまで明確な指針が示されているのであれこれ迷わずに済むのも心強いところだ。
そして最強なのが第4章「出会いの戦略準備室」である。この章では「萌えやアニメに多大な関心を示されるタイプ」の読者が好む社交の場におけるナンパ術が指南されている。なにしろ「廃人の一歩手前であったり、世間的にはすでに廃人と呼ばれている可能性」がある読者さえも突き放さず「これまでに溜め込んだ潤沢な知識は、決してモテに転用が効かないものではありません。
種類を問わず、なにかに打ち込んだという経験は、あなたのバックボーンとして必ず活かすことができるはずです」と、著者は優しく導こうとするのである。
オフ会におけるナンパ戦略を書いた本は世の中に星の数ほどあるだろうが、コスパ・ダンパで仲良くなる方法について触れた本は、おそらく本書の他にはないだろう。当然のこととして著者は、オンラインで人の心をどうこうできると思うな、と諭しているが、SNS、ブログ、ツィッターなどをコミュニケーションのきっかけ作りに使うことは認めており、それぞれの利用法も書いている。オンラインゲームについての、以下の言及でちょっと笑った。

――なお、女性の気を惹く目的で、高価なアイテムや貴重な武器などをプレゼントする行為も、たびたび見られますが、それであなたのことを好きになる女性は世の中にいません。
これはオフラインでも言えることなのですが、プレゼントをして相手の気持ちをどうこうしようという企ては、心の買収に等しいものです。

こうした釘の刺し方から見てもわかるように、これは極めて健全な倫理観で書かれた本なのである。コミュニケーションの取り方について触れた箇所では、「自分は粘着質になっていないか、常に自問自答を続けてください」「「これくらいなら、いいだろう」と思ったら、やめておくのが賢明です」と、さりげなくストーキングへの暴走を戒めている。男性に女性への接し方を教えるというのはつまり、女性が男性から不快な扱いを受けなくなるということでもあるわけだ。女子の諸君は、危険な徴候を示している男子が身の回りにいたら、この本をプレゼントしてみるといいよ!(杉江松恋)