仲のいい友達同士で集まって、酒を飲みにいくのは楽しい。飲むほどにバカ話がヒートアップし、ときに歌を唄い、ときに踊り出す。
しかし、限度がわかっているつもりでも、酔いがまわってくると、人は自分の限界というものがわからなくなる。どんどんグラスを重ねるうちにテンション上がりすぎて、やがて喧嘩に発展する。仲間どうして殴り合うぐらいなら、まあ勝手におやんなさいと言ってあげるところだが、その矛先が他人に向かったり、公共物の破壊なんてことになっては大変だ。

飲んで騒ぐというのも、学生のコンパぐらいなら微笑ましくもあるが、たまにイイ大人でもいるんだよねー、ひどい飲み方をする人達が。いや、仕事のストレスを酒の力で発散しようとするから、むしろ大人にこそひどい酒の飲み方をする人は多いのかもしれない。上司への不満をぶちまける“愚痴り酒”や、同期の出世に嫉妬しての“妬み酒”なんて、旨いわけがない。でも、そういう飲み方に限ってペースが早くなり、必要以上に酔って声が大きくなり、他人にからんだりする。サイテー。図体は大人でも、飲み方がぜんぜん大人じゃないよ!

というわけで、これから社会人になる人達と、もうすっかり社会人なのにまだデタラメな飲み方をしている人達に、「大人のお酒の飲み方を知るための作品」を3つ、チョイスしてみた。

「ハングオーバー! 消えた花ムコと史上最悪の二日酔い」
酒を飲んで羽目を外しすぎるとどうなるか、というのを描いた傑作コメディ映画だ。アメリカでは、男性が結婚するときに独身最後の夜を惜しんで仲間が集まりバカ騒ぎをする「バチェラー・パーティー」という習慣がある。日本でも似たようなことをする人達は多いだろう。
この映画は、まさにそのバチェラー・パーティーの一夜を描いている。

もうすぐ結婚式というダグを祝福するために、親友のフィルとスチュアート、そして新婦の弟のアランも交えた4人はラスベガスへ繰り出す。そこで散々酒を飲み、翌朝、ひどい二日酔い(ハングオーバー)で目が覚めると、ホテルの部屋は大変なことになっていた。スチュアートは歯が1本抜けており、トイレからは本物の虎が出て来て、クローゼットの中には誰のだかわからない赤ん坊がいる。おまけに主役のダグが消えていた。いったい昨晩は何があったのか? 手掛かりを探しに出てみると、次から次へと驚きの事実が判明していく。

あくまでもこれはコメディ映画なので、ボンクラ4人が巻き起こす事件はどれも最高におかしく、最後もみんなでゲラゲラ笑える最高のオチがつくのだが、もし、現実に目が覚めたときにこの映画みたいな状況になっていたらと考えると、ぞーっとする。この映画から大人の飲み方を学ぶことはできないが、幼稚な飲み方をするのだけはもうやめよう、という気持ちになれることは間違いなしだ。

『男の作法』池波正太郎/新潮文庫
時代小説の名手でありながら、食にまつわるエッセイでも素晴らしい作品をたくさん残している池波センセイの大名著。タイトルが示す通り、男を磨くにはどうすればいいかということを、生活習慣から立ち居振る舞いなど、多岐にわたって指南してくれる。なかでも、食事の作法に関する項目が抜群におもしろい。どれを読んでも目からウロコが落ちるような記述の連続だ。


たとえば、寿司屋で通ぶった客が「シャリ」なんて言うのを池波センセイはバッサリと斬る。そういう言葉を使った方が粋だと思うのかもしれないが、むしろ逆だ。そういう言葉は職人同士の間での符丁なんだから、客が使うのは無粋なんだね。かっこつけて「アガリ」なんて言わずに「お茶ください」と素直に言えばいいのよ。わたしもずいぶん前に上野の寿司屋で食事してたら、隣りの客が「ムラサキある?」って言い出して、お茶噴きそうになった。普通、言わねーよ!

他にも「天ぷらは揚げるそばからかぶりつく」とか、「わさびは醤油に溶かさず刺身にのせる」とか、「すき焼きのネギは短めに切って鍋の真ん中に立てる」とか、「うなぎは何も食わずに酒だけ飲んで待ってから食う」とか、いちいち納得のアドバイスが書かれていて、読んでるあいだずっと「うんうん!」と頷くばかりのヘッドバンキング状態だ。しまいにゃ「バーの醍醐味というのは、ホステスと仲よくなるより、バーテンと仲よくなること」なんて、生半可な男の口からは絶対に出てこない名言まで飛び出して、もう降参するしかない。一読と言わず、手元に置いて何度でも読み返したい本だ。

『東京飲み歩き手帳』浜田信郎/ぴあ
最後は実用ガイドブックを紹介したい。グルメガイドブックの類いというものは、店と出版社の付き合いだったり、制作スケジュールだったり、ライターの知識不足だったりして、案外とアテにならないものも多いのだが、この本は信用できる。なにしろ、執筆しているのが30年近くも東京近郊のシブい居酒屋ばかりをめぐり続けてきた人物だからだ。当然、紹介されている店はどれもハズレがない。


これまでのガイドブックで名店認定されているところが網羅されているのはもちろん、初めて名前を聞く店も数多く掲載されている。試しに、この本ではじめて知った「番番」を訪問してみて驚いた。カウンターのみの店内はいい案配に煤けていて、酎ハイは250円、焼き鳥は1本100円ぐらいからと良心的なお値段。日曜祝日もやっているのがまた頼もしい。わたしも新宿ではずいぶんいろんな店で飲んできたつもりだったが、歌舞伎町の入り口のわかりやすいところに、これほどシブくて安くて旨い店があったなんて!

この本で紹介されているような店は、地元に根付いた大衆店ばかりなので、大勢で予約していくようなところではない。だから、時間が空いたときにふらりと覗くのがいい感じだ。でも、そうすると地元のおっちゃん達で満員だったりするんだよね。そんなときこそ、この本が役に立つ。シブい酒場というのは周辺にも似た感じの店が集まっていることが多いから、一軒ぐらいフラレてもこの本で近隣のいい店を探せばいいのだ。

慣れないと入りにくく感じる店も多いかと思うが、バカ騒ぎするのでなければ誰も追い出したりはしないよ。一歩暖簾をくぐれば、中では大手チェーンの居酒屋にはいない酒飲みの先輩達が静かに酒を味わっている。彼らの背中を見て、大人の酒の飲み方を学ぶのもまたいいものだ。

(とみさわ昭仁)
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