阪神・淡路大震災から16年。あの震災をユーモアで切り取った名著「大震災名言録-「忘れたころ」のための知恵」。
著者の藤尾潔さんは、神戸で生まれ育ち、ソニーに入社したのに退職、ライターになった奇特な方。独立直後に震災で被災。本書を書き終えて出版社に持ち込みを続けるも連戦連敗。時には「まったく笑えませんでした」と一文書き添えて送り返されることも。この時点で本人がネタ満載です。
ちなみにAmazonでは、在庫状況が「通常2~4週間以内に発送します」と表示されますが、版元さん曰く「在庫はあるので、注文があれば、すぐ出荷しますよ」とのこと。直接版元まで買いに行って、ついでに聞いてきました。皆さんも安心してポチってください。もちろん書店で購入したり、書店経由での注文もOKですよ。
内容については、これまで何度もメディアで取り上げられて、小耳に挟んだ方も多いかと思います。
なにせ、人を笑わせるのが何よりも好きな関西人。僕も子どもの頃、10歳まで大阪で育って、大阪の大学に通ったので、ちょっとはその感覚がわかります。どうしようもない惨劇に見舞われたとき、人から同情されると、かえって傷つく。逆にそれをネタにして、他人から笑ってもらうことで、気持ちが救われるんですよね。
本書にも、そんな彼らが家財資産と引き替えに得た、250個以上の「至極のネタ」が詰まっています。ちょっと紹介すると、
「震災当初、テレビの現地レポーターは当然下調べなどする余裕もなくぶっつけ本番で、『この倒壊家屋は……アッ犬がいます、犬だけ助かったみたいですね……』
と中継しているさなか、横から
『ワシ生きとるわい』
と家人につっこまれていた。」
これ、三回転宙返り半ひねりして、カバーイラストのモチーフにもなっています。イラストレーターは、いしいひさいち氏。装丁は南伸坊氏。眉をひそめながら表紙をめくった人を、ウッと唸らせる推薦文に田辺聖子氏。
もう一つだけ、喫茶店で読みながら思わず笑ってしまったのが、
「『おれはよめさんの名前を呼んだ。呼んだと思ってたけど、呼びつづけてたけど、どうも違ってたんやね』
と後悔する長田区のOさんは、
『名前まちがわんようにすること、これが災害時の最大のポイントやった、ゆうことですわ』
と、ふりかえっていた。」
なんかもう、生きるか死ぬかの瀬戸際のところでも、人間らしいというか、アホやなあ……と思わされるんですよ。
また、全国から駆けつけた多くのボランティアに関するネタの充実ぶりも、本書の真骨頂。中でも「ボランティアとヤクザは本質的に同じもの」という下りは、その鋭い観察力に唸らされます。
「定職がない(時間がある)/世のため人のためが看板/徒党を組みたがる/行政に頼むと時間がかかりすぎたり、やってくれないことを、カオを利かせたり、さまざまな仲介を経て解決してみせる/見返りのことはいちいち言わないが、彼らにも生活があり、結局ただで放っておくわけにはいかない」
まるっとまとめると、外部から大量にやってきて、行政の補完をするけど、ショバ争いもする、といった感じでしょうか。こんな風に、時に赤裸々に、時にユーモアたっぷり、いろんなネタを記されています。あ、別にボランティアを否定しているわけじゃないですよ。自らも汗を流しながら、愛情をこめて、その一方で冷静に観察されているんです。
でもって、副題に「次の災害を乗り越えるための知恵」とあるとおり、阪神・淡路に続いて2007年の新潟県中越沖地震、そして今年の東日本大震災と、立て続けに日本列島を震災が襲っています。その度にメディアは「悲惨な光景」と、その対極にある「美談」で埋め尽くされます。
まあ、僕も一方でこんな記事を書いておいてナンですけど、被災地って、そんな話ばっかりなわけがない。
それを包み隠さずに、どんどん表に出して、みんなで笑ったらいい。笑ったら人間、元気になる。そんな人生の知恵が、本書の隠れたメッセージであるように感じます。
つまり何が言いたいかというと、本書の東日本大震災版のような書籍が、出てこないかなって話なんです。すぐにとは言わずとも、数年後。みんなが震災を忘れかけたころに出版されて、笑って読めるようになる。それが復興のバロメーターじゃないでしょうか。
余談ですが、関西を拠点とする漫画家たけしまさよさんが、ボランティア体験を綴ったマンガ「愛ちゃんのボランティア神戸日記」「愛ちゃんの神戸巡回日記」がWebで無料公開中です。たけしまさんは本書でも本文イラストを提供されており、姉妹編にあたる内容。