2年ぶりに、世界陸上の季節が、キターーーーーー!!!
いよいよ明日が開幕ですよ、2年に一度の夏の祭典「世界陸上2011・韓国テグ大会」。いまや五輪、サッカーW杯と並ぶ世界3大スポーツイベントと言われる世界陸上。
今大会は来年に迫ったロンドン五輪の前哨戦という位置づけもあって、織田裕二じゃなくてもテンションあがっちゃうというもの。でも、陸上ってシンプルすぎるて逆にどこから見ていいのかわからない、という人も結構いるはず。そこで男女ひとりずつ、注目の日本人選手の関連本から「読んで楽しむ世界陸上」をお届けします。


男子注目はやっぱり室伏広治選手。

五輪金メダリストにして日本選手権17連覇中。始球式で131kmを計測して横浜スタジアムをどよめかせ、さいとうたかを先生に「ゴルゴ13を実写化するなら彼しかいない」と言わしめたスーパースター。それが男子ハンマー投げ代表の室伏広治選手(36)。しかし、華やかな経歴とはウラハラに競技への取り組みはストイックそのもの。そんな一端がうかがえるのが『室伏広治 孤独な王者』(文藝春秋刊)だ。
海外の屈強な選手に比べて体格的に劣る室伏選手が技術で勝ち上がってきたのは有名な話だが、私はその「技術」を例えばイチロー選手のような「職人的技巧」と想像していた。だからこそ、本書を読んでハンマー投げという競技へのとても科学的なアプローチが新鮮で、よくも悪くもちょっと裏切られた思いだ。ノーベル生理学受賞者の「筋肉の力とスピードの関係」の研究内容を参考に理想のハンマー投げを語る姿はスポーツマンというよりももはや学者。
実際、中京大学大学院に籍を置き、自身を被験体として「サイバネティックトレー ニング」という新しいトレーニング理論を打ちたて、それがゴルフやテニスのトレーニングにも応用されているという。
そして注目すべきは本のタイトル通り、室伏選手の歩んできたその「孤独」な道のり。高校時代、同じ陸上部の仲間の競技を応援しろと教師に言われても《いや、親父に悪いものを見ちゃいけないって言われてきたので》と断り、ひとり背を向けていたエピソードを本人は笑い話として語るのだが、その当時から周りには肩を並べられる人間もわかりあえる存在もいなかった、という悲しいエピソードのように思えてならなかった。
だが、常に孤高な存在だった室伏選手も競技生活の集大成を迎え、これまで自らが培ってきた経験を後世に残そうと次のように語る。
《(今後は)指導をしたり研究したりすると思います。新しい考えを持ち、成績を残す人も出てきてほしいですね。僕がやっていることは、ひとつの時代の中の一部ですからね》
自分ひとりのトレーニングや競技結果だけにこだわるのではなく、ハンマー投げという競技の未来を憂い、自らが歴史の中の1点だと認識した今、もはや孤独な存在ではなくなったのではないだろうか。
《僕はハンマーを投げる時に、ハンマーを投げるだけでなく、何か違うものを一緒に投げている》という一文があるのだが、そこには自身の覚悟やハンマーへの愛情など、様々な思いも一緒に込めて投げる室伏選手の意志が伝わってくるようで、世界陸上での試技がより一層楽しみになってくる。そして、ひょっとしたら私たちの閉塞感やストレスも一緒に投げてくれているのかも、と考えてみるとさらにハンマーの行く末が気になってしまうのだ。


女子注目は短距離、福島千里選手

100mと200mの日本記録保持者として今大会に出場するのが福島千里選手(23)。そんな彼女が目指すのは「準決勝進出」、と書くと拍子抜けするだろうか? だが、黒人選手ばかりが目立つ女子短距離種目において、北京五輪で100mに出場を果たしたこと自体が56年ぶりの快挙! 男女を通じ日本人初の100m決勝レースにもっとも近い存在といわれる選手だ。そんな福島選手に関連する本が先日出版された。
タイトルは『日本人が五輪100mの決勝に立つ日』(日文新書刊)。著者の中村宏之氏は福島選手が所属する北海道ハイテクACの監督で、日本陸上界においてもその独特なトレーニング方針で異彩を放つ指導者だ。高校卒業まで一度も日本一になれず、大学進学を考えていた福島選手に《同じ日本一になるなら、大学日本一じゃなくて本当の日本一になろう》と口説いて自身のクラブチームに入部させたエピソードが冒頭に語られているのだが、そこからたった2年で本当に日本記録を達成させた手腕は、有言実行でカッコいい。
本書ではいかにして福島選手の成績を伸ばしたか、技術的・精神的の両面から解説されている。例えば男子選手と競わせて限界値を引き延ばすトレーニングや、「フレキシブルハードル」「レッドコード」といったオリジナルの器具を使った練習方法。また、1日休むと取り戻すのに3日かかる、ともいわれるスポーツ界の常識にとらわれず大会直前に3日休ませたりと、これまでのトレーニング本ではなかなか出会えないユニークな練習&調整方法ばかりだ。その根底には北海道のため冬に屋外で思いきったトレーニングができず、そのハンデをどう克服していくか、という視点があるから。スポーツにおける「ハンディキャップ」という問題は、日本人選手が世界と伍していくときに必ずぶち当たる問題であり、そこをあきらめてはいけないという記述が何度も登場する。
《日本人がどこまで速く走れるのか、自分たちの民族はどこまで速く走れるのか。その可能性を追求して多くの人に見せてくれるのが、アスリートなのだろう。だから、100分の1秒でも記録を縮め、数多くの同胞たちに可能性の大きさを見せてあげることが、アスリートとしての本当の務めだと思う。》 これはコーチとしての中村氏の言葉だが、その教えを受けて走る福島選手にも受け継がれている意志であるだろう。
民族の可能性を示す競技といわれる100m走で、国の代表がどのような走りをみせてくれるのか多いに注目していきたい。
ちなみに、オリンピックや世界選手権のあと、有名選手のコーチや監督が書いた本がベストセラーになることが多い。マラソン・高橋尚子選手における小出監督、水泳・北島康介選手における平井コーチ、直近ではなでしこジャパンの佐々木監督がそうだ。その点からも今から注目しておきたい一冊である。


大会ごとに洗練される映像技術にも注目を!

最後に、アスリートとは別な側面から見た世界陸上関連の本も紹介したい。『65億のハートをつかめ!スポーツ中継の真実』(ベースボールマガジン社刊)。本の帯には「限界に挑んだのはアスリートだけじゃない!」と記されており、前々回の世界陸上大阪大会でホストブロードキャスターに指名されたTBSが、どのような準備を重ね、技術を駆使し、トラブルを乗り越えて国際映像を作り上げたかを記した骨太なノンフィクションだ。
たとえば、走り幅跳びが何カットの映像(シーン)で描写されているかなんて考えたことがあるだろうか? せいぜい「走り始める前」「助走」「踏切」「空中姿勢」「着地」「選手のアップ」の6カットくらいだろうか?と思いきや、なんと3倍以上の21カット! 本書では、競技をひとつの「ストーリー」として見せるため、8台のカメラによる映像を細かく切り替え、スローVTRを織り交ぜながら、なぜ21カットが必要かが解説されていて、テレビマンの画づくり、ストーリーづくりへのこだわりを知ることができる。また、生放送中に倒れても点滴を打って戻ってくるスポ根漫画の登場人物のようなディレクター、審判団とマイクの位置でもめる音声担当、「熟成した言葉」を紡ぎだすために取材や資料作りに奔走する実況アナウンサーなど、放送にたずさわる様々な職種のプロフェッショナルの勇姿が丁寧に描かれている。大会のリハーサルのために、HNKが放送する陸上大会をTBSが制作した、という裏話には驚かされた。世界陸上を放送するのはTBSだが、そこには日本の放送技術や魂が結集されていたのである。
これは大阪大会の話、今回の韓国大会はまた別でしょう?と思いきや、ひとつの大会だけで放送技術や陸上競技のストーリーづくりを途切れさせないため、「ライツビルダーブリーフィング」という放映権をもつ世界中の放送局からの厳しいダメだしが、大会ごと&大会期間中毎日繰り広げられる。
そのディスカッションはまさに「もうひとつの戦い」だ。
もちろん、世界陸上の主役はあくまでも競技であり、そこでプレーするアスリートだ。だが、我々はついつい「織田裕二今年はどんな名言を残すのかな?」とか「実況アナウンサーちょっとしゃべり過ぎじゃない?」とか、表面的な感想ばかり求めてしまいがちだ。そんな見方も楽しいのだけれど、今大会からはぜひともその奥にあるテレビマンたちの画づくりの苦労も読みとっていきたい。


「世界陸上 韓国テグ」、8月27日(土)~9月4日(日)まで毎日開催。読んでからテレビを見てもヨシ。テレビを見てから本を読んでもヨシ。詳しい選手のプロフィールなどはオフィシャルガイドブックも要チェック!
(オグマナオト)
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