サッカー日本代表はブラジルW杯出場に王手をかけ、年内の戦いを終えた。ロンドン五輪サッカーでの男女の躍進、カズも戦ったフットサルW杯、大分トリニータ奇跡のJ1昇格などいろいろあった今年の日本サッカーカレンダーも、J1最終節が終わると12月の天皇杯を残すのみとなる。


この「天皇杯」を舞台に描かれるサッカー漫画があるのをご存じだろうか。
プロリーグが舞台でもなく、世界を相手に戦うわけでもなく、主役となるチームは東京都社会人リーグ3部所属の「東京クルセイド」、つまりアマチュア! このアマチュアチームが日本サッカーの常識を変えるべく天皇杯制覇を目指すサッカー漫画『フットボールネーション』が面白い。アマチュアの試合、という地味な設定にもかかわらず、サッカーの固定観念を覆し、見方・楽しみ方をガラッと変えてくれそうな魅力にあふれているのだ。

この『フットボールネーション』、『キャプテン翼』のような必殺技は当然出てこないし、『ジャイアントキリング』のような戦術の妙、などが主眼でもない。本作のテーマは「身体が本来持つ可能性」について。運動科学総合研究所の高岡英夫の協力を仰ぎ、科学的な視点から日本のサッカー指導や常識における問題点を指摘していく。
「姿勢の美しさ」「インナーマッスル」「体幹」「身体の軸」「スポーツビジョン(深視力)」などなど、最近スポーツ界を賑わせるこれらのワードが随所に登場するので、サッカーファンならずともスポーツファンにとって興味深い内容になっているのではないだろうか。

たとえばコミックス1巻から描かれ、作者・大武ユキのこだわりでもある「日本人にフォトジェニックな選手が少ないのはなぜか?」という命題。ここに関係してくるのが「もも前」と「もも裏」の筋肉のどちらを使うのか、ということ。
日本人の多くが、ももを持ち上げて狭い歩幅で走るために、低重心かつ背筋が伸びない走り方=「もも前走り」になっているのに対し、欧州トップリーグで活躍する選手の多くが、ももの裏を使って勢いよく脚をスライドさせ、流れるように動くことで身体の軸がブレずに背筋も伸びる「もも裏走り」であるという。その身体の使い方の違いが、写真という静止画にしたとき、美しさの違いとして表れるのだ。
ここから、サッカーというスポーツの根本である「走り方」から変わらなければ「フットボールネーション(サッカー先進国)」にはなれない、というタイトルにもつながってくる。


部活でさんざんやらされた「もも上げ走」にそんな弊害が……とショックを受けたりもするのだが、これは決して先天的なものではなく、普段からの意識付けと、継続したトレーニングによって日本人であっても改善が可能だ、というから光明が見えてくる。その代表例がサッカー日本代表の長友佑都選手だ。

先ごろ発売された4巻のあとがきで明らかにされたのだが、上記したダメな例=日本人の「もも前走り」の絵が、FC東京2年目、つまり2009年当時の長友選手のプレイ動画をコマ送りにして描いていたというのだ。しかし現在、インテルでレギュラーを獲得し、日本代表に無くてはならない存在になった長友選手のフォームはまぎれもなく「もも裏走り」。
わずか3年で世界トップレベルの走行フォームを身に付けた長友選手はサスガだが、この作品の先見の明にも驚かされる。

そんな新事実も明らかにされた最新4巻では遂に「身体の使い方」にとどまらず、「脳の力」にまで踏み込んでいく。
映像を見て学ぶ「イメージトレーニング」の重要性から始まり、身体が持っているポテンシャルを最大限に発揮するためには、後頭部の下の方にある「小脳」を発達させる必要がある、というお話。考えて動かす「大脳」ではなく、意識せずに働く「小脳」を活用することで
サッカーに欠かせない「直感」「ひらめき」「読み」が冴え、さらには効果的な身体の使い方にもつながる……と書くとなんだか難しく感じるかもしれないが、サッカーの動きや試合展開になぞらえて解説されているのでわかりやすく、無駄な線がないそれこそフォトジェニックな大武ユキの絵とともに読み進めることができるのでスンナリと頭に入ってくる。

大脳に頼った「考えてから動く」対戦相手と、小脳を活用した「無駄のない」東京クルセイド。そのあまりのレベル差に驚愕した対戦相手が「こいつらとは違うスポーツをしてるんじゃ……ってゆーか、サッカーって、足でやるスポーツだったよな?」とつぶやくシーンは、本作のテーマを語る上でも象徴的なセリフだ。

この『フットボールネーション』の連載がはじまったのが2010年の1月。つまり、南アフリカW杯が始まる直前だ。
この頃から長友選手、本田選手らがレギュラーに定着し、日本サッカーに新しい風とマインドを持ち込んだ。日本サッカーが変わる契機と、日本サッカーの常識を覆したいという本作がまさに同じ時間軸で進んでいることも非常に興味深い点ではないだろうか。

また、最新4巻と同時発売で、大武ユキの初期作品『サッカーボーイ』も新装版で登場している。『フットボールネーション』の主要登場人物(東京クルセイドの監督・高橋、週刊イレブンの記者・三枝など)の若かりし頃の物語でもあるのだが、この『サッカーボーイ』が描かれた1990〜92年の日本サッカーは、まだまだ「フットボールネーション(先進国)」には程遠い、サッカー発展途上国になりかけの時代だ。大学サッカーというこれまた地味な設定で、今の作品に比べて線もまだまだ粗い作品なのだが、その分サッカーに対する愚直な情熱にもあふれている。『フットボールネーション』と『サッカーボーイ』を読み比べることで、日本サッカー20年の歴史の重みも感じることができる。
20年目のJリーグが間もなく終わりを告げ、天皇杯が佳境を迎える今こそオススメしたいサッカー漫画2作品だ。
(オグマナオト)
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