東京芸術大学大学院映像研究科の学生たちが中心になって製作された映画『らくごえいが』が4月6日より公開される。『らくごえいが』は古典落語の演目を原作・原案とし、舞台を現代に置き換えた3本の短編からなるオムニバス映画。


■企画プロデューサー・東京芸大生の田中雄之(たけし)さんにインタビュー
映画を統括する企画プロデューサーを務めたのは東京芸大生の田中雄之さん。今回、映画を観た上で、田中さんに『らくごえいが』についてお話をうかがった。

田中さんは1982年生まれの30歳。田中さんは、大学卒業後に博報堂に入社。広告代理店マンとして、映画タイアップ企画などの映画関連の仕事に携わっているうちに、映画の企画者を志すようになったという。28歳のときに会社を退職し、2011年4月に東京芸術大学大学院映像研究科に入学して今に至る。

大学側が映画製作で出資するにあたっての条件は「原作ものでオムニバス作品」。田中さんが古典落語を原作に選んだ理由は、古典落語には著作権がないので比較的自由につくれることと、前から好きだったという落語の楽しさを映画の形で表現したいという思いがあったのだという。

「周りの同世代に聞いても、『落語に興味がある』『誘われたら行きたい』という人は多いですけど、実際に演芸場などに足を運んだことがある人はまだまだ少ないと思うんです。そんなハードルが高いイメージの芸能を『映画』というなじみあるもので表現すれば、気軽に観に来てもらえる。落語の楽しさを多くの人に知ってもらえるのでは、という思いもありました。また、『古典落語』を原作としながらも、舞台も現代に設定しました」

■古典落語の演目が原作
原作の古典落語の演目「ねずみ」「死神」「猿後家」も田中さんがチョイスしたもの。
それぞれの監督も同じく東京芸大生。第1話「ねずみ」が原作の「ビフォーアフター」の監督は1985年生まれの遠藤幹大(みきひろ)さん。第2話「死神」が原作の「ライフ・レート」の監督は1987年生まれの松井一生(いっせい)さん。「猿後家」が原作の「猿後家はつらいよ」の監督は1986年生まれの坂下雄一郎さん。

古典落語「ねずみ」を原作とした「ビフォーアフター」。大ヒット漫画の映画化にあたって、ロケ地探しに苦労する映画製作会社の女性社員。上司を説得するために思いついた策とは……。

「せっかくオムニバスならば、落語のジャンルの多さを知ってもらうために、それぞれ異なるタイプのものを選んで、さらに原作内容と映画とのアプローチも3つにしようと思いました。1本目『ビフォーアフター』はホロリとする人情もので原作『ねずみ』を大幅に変えた内容。2本目『ライフ・レート』はちょっと怖い話で原作『死神』に近い内容。3本目『猿後家(さるごけ)はつらいよ』はコミカルな話で原作『猿後家』をネタにした内容になっています」

■本編の合間に落語家・桂三四郎が「まくら」でナビゲート
落語には「まくら」という前説をしてから本編の話をするという形式がある。この映画でもそれを活かして、人気の若手落語家・桂三四郎が「まくら」で3本の短編映画をナビゲートしている。


■山田孝之も出演! “学生映画”ではあるものの豪華なキャスト陣
この映画でビックリなのは、“学生映画”ではあるもののキャスト陣が豪華なこと。山田孝之をはじめ、加藤貴子、斉木しげる、田中要次、演劇ユニットTEAM NACSの安田顕、戸次重幸、音尾琢真、そして人気急上昇モデルの本田翼、お笑いのハリセンボン・近藤春菜、箕輪はるか、フルーツポンチ・村上健志、亘健太郎まで。古典落語「死神」を原作とした「ライフ・レート」。「死神」に命を助けてもらった上に、特殊能力まで与えられた「男」の話。山田孝之はその「男」を演じている。

「山田孝之さんに関していえば、『死神』に登場する『男』の役は山田さんしかいないと思いました。出演依頼とともに脚本を送ったあと、直接企画内容について話す機会を作ってもらいました。そこで企画趣旨を説明したら、その場でオッケーのお返事をいただきました。本当に嬉しかったですね。ただ、山田さんはとてもお忙しい方なので、『撮り方などを工夫して撮影スケジュールを短くすることも可能です』と伝えたら、『いや、それはやめましょう、ちゃんと時間を作ってしっかり撮影しましょう』と山田さんに言っていただき、本当に感激しました」

山田孝之も舞台挨拶の時に、オファーを受けた理由として、「学生映画というのは関係なくて、ドキュメンタリーの中に作品が入っていることが面白そうだし、いろいろな要素があったので、『ぜひ、やりましょう』という感じでした」とコメントを述べている。

「役者の方々は、実際の撮影シーンでも慣れない学生スタッフに対して、もちろん場面場面で『こうしたらどうか』という提案はしてくださいましたが、僕ら芸大生の意志や考えを第一に尊重してくれました」と田中さん。舞台挨拶の際、「ライフ・レート」の松井監督も、「皆さん対等に接してくださり、一緒に映画をつくっていると感じました」と語っていた。


■落語家が劇中で映画の“本音”の感想を語る!
この映画の際立った特徴は、老若男女の落語家7人へのインタビュー映像がおさめられていること。三遊亭小遊三、笑福亭鶴光、立川志らく、林家三平など、こちらもそうそうたるメンバーがいる。

落語家たちが、この古典落語の映画化に対してどのように感じ、そして実際の映画を観てどう思ったのか、映画を「観る前」と「観た後」の感想が語られている。このインタビュー内容で衝撃的だったのが、落語家の皆さんがかぎりなく“本音”を語っているところ。

映画のCMで観客の肯定的なコメントを集めたものはよく見かけるが、このインタビュー内容では落語家たちの感想が必ずしも肯定的なコメントだけではない。「観た後」の感想では、作品にランク付けしたり、「ここまで言っちゃっていいの!?」と、こっちがハラハラしまうコメントも。誤解しないでほしいのだが、映画はとっても楽しかった。ただ、どんな映画でも、その人それぞれの好みや嗜好によって、つっこみどころはどこかしらあると思う。

「原作の映画化に対して、原作者はその映画を本音のところでどう思っているのか? がずっと気になっていました。また、つくり手側として、原作者に対して迎合するのではなく、闘う姿勢を表現していきたい。闘うといってもケンカ腰の批判ではなく、『そうきたか!』とお互いに高め合っていけるきっかけとなるものを提供したいという思いもありました。そこで、原作者ではないですが、原作を表現しているプロの落語家に本音を聞いてみよう。
辛辣な意見が出てきたとしても、それをドキュメンタリー形式にして映画に取り入れようと考えました」

「関わった監督や役者はじめスタッフのメンバーもこのインタビューを見るわけだから、自分たちの作品が批判されると、メンバー内で気まずくなるのでは」

「内容に大満足と感じたお客さんも、マイナスのインタビューの影響を受けて、いい口コミも広まらなくなる可能性がある。これはプロモーション的に失敗なのでは」

といった周りの声がありながらも、マイナスのコメント部分は一切カットしていないのだという。

「僕がこのドキュメンタリー形式を取り入れてよかったと思ったのは、落語家の皆さんが、賛否どちらの感想であろうと、観る前よりも熱く本音をぶつけて語ってくれたことです。本編を真剣に観てくれたからこそ、いただけたコメントだと思います。やってよかったと思いました」

この本音インタビューが入っていることが、逆に素晴らしく、誠意や心意気が感じられて感動した。「たしかに同じように感じた!」「そういう風に解釈できるのか〜」など、自分の感想と比べられるのも楽しいし、ほかの映画でも、このインタビューを取り入れてほしいと思ったくらいだ。

■「『大人の事情』に対して闘っていってほしい」
古典落語「猿後家」を原作とした「猿後家はつらいよ」。

「猿後家はつらいよ」では、「いい映画を撮ろう!」と思っている監督に、プロデューサーが「大人の事情」の無理難題を持ち込んできて、監督が困り果てていく展開。これは映画製作に限らず、仕事場で「大人の事情」が発生するビジネスパーソンの人たちにも訴える内容だと思う。

「自分が置かれている立場に『大人の事情』が存在したとしても、守るべきところは自分が体を張ったり、腹をくくって主張していく。そうすればある程度までは改善できるのではと思います。『大人の事情』に対して闘っていってほしいというメッセージを込めました」

■日本公開に先駆けて米ハリウッドでプレミア上映されていた!
この『らくごえいが』、日本公開に先駆けて、去年の12月に米国ハリウッドにおける日本映画に特化した映画祭『LA EigaFest 2012』でプレミア上映されている。
劇場は満席。現地では桂三四郎による英語版「まくら」も披露されて大盛況だったという。

レッドカーペットも体験! 左から「ライフ・レート」の松井一生監督、桂三四郎さん、そして田中雄之さん。

■完成披露試写会の舞台挨拶では、山田孝之をはじめキャスト陣10名が登壇!

田中さんが会社を辞めて、東京芸術大学大学院映像研究科に入学したのは2011年4月。この2年の間に企画プロデューサーとして1本の作品を世に送り出すことができた。

「本当に古臭い言い方ですけれど、情熱をもって一生懸命やってよかったなと思っています。学生映画で予算が少ない中にも関わらず、出資企業や豪華キャスト陣、外部の協力者の方々など、僕たちの熱意にどれほどたくさんの方たちが熱意で応えてくれたか、映画ではエンドロールのクレジット部分も観てもらいたいです」

2月4日にユナイテッドシネマ豊洲で行なわれた完成披露試写会の舞台挨拶では、山田孝之はじめキャスト陣10名が登壇。全12スクリーンを誇る同館史上、最大のキャスト登壇数だったそう。ここでも、役者さんたちの協力ぶりがうかがえた。

映画『らくごえいが』は4月6日より、ユナイテッド・シネマ豊洲、シネマート新宿ほか全国順次公開。「ねずみ」「死神」「猿後家」の原作を知らなくても楽しめるけれど、公式サイト内の紹介ページであらすじをチェックすることができる(下記の「関連サイト」参照)。ネタバレになってしまって言えないけれど、映画3編は物語の中でそれぞれリンクしているところがあって、そのつながりを探りながら観るのも楽しいと思う。


取材/dskiwt
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