大相撲名古屋場所が開幕しましたね。今も大相撲は人気がありますが、昔はもっと人気の時代がありました。
それは90年代前半の「若貴ブーム」と呼ばれた現象です。若乃花と貴乃花という兄弟が20歳足らずで初入幕し、人気を博していました。父親も元名大関の貴ノ花利彰氏というサラブレッドでした。

【「若貴ブーム」の凄さ】
「若貴ブーム」は異常なほどまでの熱狂を生みました。連日ワイドショーや週刊誌などにもピックアップされ、兄弟の行く先々には常に若い女性ファンで溢れるほどでした。それまで国技館に訪れるファンはどちらかというと年配の方がほとんどでしたが、「若貴ブーム」時には若い女性が国技館に多く来ていました。

【まるでアイドル 若かりし日の貴乃花】
特に現在は相撲協会でも活躍する貴乃花(入門当時は貴花田。94年に改名)の人気・実力は凄いものでした。
1991年には父親を引退に追いやった当時の大横綱、千代の富士に勝って引退に追い込みます。その後も1992年には史上最年少優勝を果たすなど順風満帆の相撲生活を送っていました。
しかし、私生活では1992年、当時国民的人気を誇っていた宮沢りえと婚約するものの、翌年には婚約破棄を発表するなどのスキャンダラスな一面もありました。

【史上初の兄弟優勝決定戦】
1993年には若花田も幕内優勝を果たして、兄弟同時に大関へと昇進。
さらに貴乃花はその翌年の1994年には、横綱へと昇進しました。
そんな兄弟の相撲人生のハイライトはなんといっても1995年の兄弟での優勝決定戦です。もちろんこれは大相撲史上初めてのことでした。結果は兄の意地を見せて若乃花が見事勝ちました。

【若貴ブームの光と影 兄弟に大きな確執】
しかし、1996年以降は貴乃花が怪我に悩まされたこともあってブームにも陰りが出ました。さらに1998年、追い打ちをかけるかのように、貴乃花に整体師による洗脳報道、そして貴乃花と若乃花の絶縁騒動が飛び出し、さまざまな憶測が飛び交いました。
この兄弟のわだかまりは後年まで続き、父である貴ノ花利彰氏の葬式での兄弟のいざこざは週刊誌やワイドショーで散々取り上げられたため、覚えている方も多いのではないでしょうか。特に貴乃花による「花田勝氏」発言はかなり話題になりました。

【若貴と同時期に活躍 個性派力士たち】
後年は兄弟仲の悪化により、暗い影を落としてしまいましたが、90年代前半は確かに兄弟で一大相撲ブームを巻き起こしていました。しかし、この相撲ブームの裏には、若貴兄弟だけではない個性派力士たちの活躍もありました。
まずは、ハワイ出身力士の曙。最近ではプロレスラーお馴染みですが、当時はかなりの実力者として人気を博していました。
特に貴乃花とは数々の名勝負を演じ、対戦成績はまったくの互角でした。(幕内での対戦成績は21勝21敗、優勝決定戦まで含めた本場所中の対戦成績は25勝25敗)まさに若貴兄弟に立ちはだかる最大のライバル的存在であったと言えるでしょう。
曙の他にも、大相撲史上最重量を誇った同じくハワイ出身の小錦、小柄ながらも多彩な技に魅了して「技のデパート」と呼ばれた舞の海、イケメンとして知られた寺尾など多くの個性派力士が揃っていました。彼らがいたことも当時の大相撲人気の大きな要因だったことは間違いありません。

現在の大相撲は当時と比べると面白くないと言われがちですが、遠藤や逸ノ城など個性派力士、そして白鵬という歴代でも最強と名高い力士がいます。ぜひ時間のある方は一度、国技館などへ足を運んで生で相撲を見てみてはいかがでしょうか。もしかしたら相撲に対する印象が変わるかもしれませんよ。
(「サンデー毎日創刊70周年記念アルバム 若・貴 (サンデー毎日別冊)」)
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