
自分には描けないと思った
――『だいすき!! ゆずの子育て日記』は編集さんから企画を提案されてはじまったそうですが、声をかけられた時はどう思いましたか?
愛本みずほさん(以下 愛本) 難しそうなので無理だと思いました。私自身、子育ての経験がありませんでしたし、そもそも知的障害の方が子育てをするなんて考えたこともなかったんです。なので最初に話を聞いた時、率直に「子供を育てられるんだ」と思いました。知的障害について何も知らないということも躊躇した理由の一つでした。今でこそ特別支援学級などがありますが、40年ほど前に私が通っていた小中学校にはなかったので大人になるまで障害のある方と触れ合う機会は皆無で、どう描けばいいのかわからなかったんです。
――『だいすき!!』の巻末漫画でも描かれていますが、ご友人から「知的障害の人をかわいいと思えたら描けるよ」というアドバイスをもらったことが大きかったそうですね。
愛本 その友人には知的障害のある妹さんがいました。構想段階から彼女にはとてもお世話になっていて、障害のある皆さんの作業所なども彼女に紹介してもらって取材をしていました。でも取材をすればするほど、「障害者」という人たちをどう感じていいのかわからなくなってしまって…。そんな時に「普通の人ならやらないようなおっちょこちょいなことをしちゃった時とかに、ふとかわいいと思えたら描けるかもよ」って言ってくれたんです。大の大人に向かって家族以外の人間がかわいいと言うことを不謹慎だとする考えもあると思います。でも取材をしてさまざまな方とお話しする中で、自然にそう思えることがあって。
主人公の気持ちがわからない
――知的障害のある主人公の漫画は今まで読んだことがありません。いざ描いてみるとやはり難しかったのではないですか?
愛本 そうですね…! 柚子が何を考えているかわからなくって…! 私の場合、漫画の主人公には自分の考えが反映されることが多いので、キャラクターは自分の分身みたいな存在になるんです。けれど知的障害者の方には彼ら独特の発想や思考回路があり、私とは全然違うのだろうと思っていたのでどうしたものかと。なので連載が始まった時、柚子の気持ちがわかるようになるまでモノローグを描かないと決めました。連載をしながら、子育てをしている知的障害の方をたくさん取材させていただき、流産を悲しんだり、また流産するのではと不安に思っている姿を見て、普通のお母さんとなんら変わりがないと思うようになりました。そのうち「このお母さんはこういう風にしたけれど柚子だったら違うことをしたはず」と思うことが増えてきて。結局、柚子のモノローグを描けるようになるまでは1年くらいかかりました。本当に手探りでしたね。
――確かに1巻は丸々柚子のだけありません。手探りで描かれていたのが伝わってきます。
愛本 常に試行錯誤しながらの連載でしたが、特に柚子の障害の描き方は本当に悩みました。彼女は軽度の知的障害なので実際に道ですれ違うくらいではわかりません。
障害は遺伝するか
――シリーズの中では、柚子だけでなくその家族の話も多く描かれています。特に柚子の弟・蓮(れん)の結婚のエピソードは印象的でした。
愛本 知的障害の方の兄弟の話は、連載開始当初から絶対に描きたいと思っていました。親御さんがそちらにかかりっきりになる分、子供の頃はとても寂しい思いをしただろうなぁとか、大人になったら兄弟の将来の面倒は自分が見なきゃいけないという責任を負うことになります。蓮は当初結婚願望がない子でしたが、夏梅(なつめ)というパートナーを得て、結婚について考え始めます。そうするとやっぱり一番気になるのって「自分たちの子供に障害が出るのか」ということだと思うのです。
――そうですね。読者の方の反応が気になります。
愛本 描いている間はすごく神経を使っていて眠れなくなったりもしたのですが、思っていたような批判はありませんでした。障害と子供の話を描いていて思ったのは、障害とは、もって生まれれば100ですし、そうでなければ0。障害をもつ子供というのはどこにでも生まれる可能性があり、そしてどちらの可能性が高いかわからない状況では、生まれてきた子を育てると覚悟をすることでしか解決法はないのではということでした。
誰かを悪者にするのは違う
――蓮は夏梅の両親を説得して無事に結婚しましたが、『ひまわり!!』では、ひまわりの結婚は破談になってしまいました。婚約者の新井さんのお母さんが、子供の障害や柚子の介護の話をして息子を心変わりさせようとする気持ちが理解できないことじゃないだけに、読んでいていたたまれず…。
愛本 そうなんです。新井さんのお母さんは決して悪い人ではありません。
後編へ
『だいすき!! ゆずの子育て日記』(試し読み/コミックス/Kindle)
『ひまわり!! それからのだいすき!!』(試し読み/コミックス/Kindle)
本日8月1日発売の「BE・LOVE」16号には『ひまわり!! それからのだいすき!!』の番外編が掲載中。

愛本みずほ(あいもと・みずほ)
1964年11月29日生まれ。大阪在住。1987年『別冊少女フレンド』でデビュー。
(松澤夏織)