
■渡辺直美じゃなくて、「BENI」が歌っていた!
「渦潮」篇と銘打たれた今回のCMは、2017年のダイナマイトボートレース新CMシリーズの第一弾。ボートレース未経験の人も、すでにファンの人も、「もっと気軽にボートレースをやろう!」というメッセージがこもった、“Let’s BOATRACE”というキーワードが印象的だ。
激しいしぶきをあげる水面、スピーディーに旋回するボートレーサーの姿……。わずか数秒の間に、思わず息を飲んでしまうほどのド迫力。魂を揺さぶられるボートレースの世界観がダイレクトに伝わってくる作品となっている。

普段よりも薄いメイクに艶やかな髪をなびかせて歌う渡辺直美の姿は、そんなボートレースの刹那的な瞬間を切り取った映像と相まって、“ビヨンセ”の時とはまた違ったディーヴァ(=歌姫)を思わせる。
「渡辺直美って、こんなに歌が上手いんだ」と感心してしまったのだが、実はこのCM、渡辺が歌う冒頭部分以外は、すべて歌手の「BENI」が歌っているというから驚いた。今回は、ベートーヴェンをカヴァーした実力派の歌姫・BENIと、彼女の楽曲が彩るボートレースの魅力について見ていこう。
■『悲愴』をカヴァーすることのプレッシャー
既存楽曲のカヴァーやアレンジは、誰もが知っている曲、多くの人に愛されている楽曲だからこそ、その「難しさ」は計り知れない。よく知られたメロディーに新たな声を乗せるアーティストは、その楽曲を愛している多くの人の思いや期待を共に背負うことになるからだ。
ましてやそれがクラシックの名曲であれば、なおさら大きなプレッシャーだろう。今回のCMで歌詞がつけられたピアノ・ソナタ8番「悲愴」は、かのベートーヴェンの初期を代表する傑作だ。数あるピアノ・ソナタのなかでもとくに誉れ高く、作曲された18世紀末から現代まで世界中で愛され続けてきた。
■カヴァー曲の女王でもあるBENI

同作にオリジナルの歌詞を付けて、新たに「見えないスタート」という表題を掲げたBENIは、沖縄県出身の女性シンガー。アメリカ人の父と日本人の母をもつバイリンガルでもある。2012年には英語詞のカヴァーアルバム『COVERS』をリリースし、オリコン1位を記録。その後、第27回日本ゴールドディスク大賞『企画・アルバム・オブ・ザ・イヤー』を受賞するなど、高い歌唱力に注目が集まる実力派歌手の1人だ。
そんな彼女が、「悲愴」のもの哀しく切ないメロディーを壮大な希望の光に満ちた曲に生まれ変わらせた。
レコーディング後の取材で、BENIは「ベートーヴェンの曲をアレンジするということは、光栄でもありプレッシャーもある。クラシックをベースにした曲を歌うのは初めて。メッセージ力も強く、聴く人の背中を押す曲に仕上がった」とコメント。
さらに、カヴァーの難しさについては「誰もが知っているメロディーにボーカルをのせるのが難しく、普段と違う緊張感があった。オーケストラの方々に背中を押された部分がたくさんあった」と、完成までの秘話を明かす。
■「見えないスタート」に込められた想い
今回オリジナルの歌詞が付けられた「見えないスタート」だが、彼女いわく「何かに向かっている道中の、その間に見つける大切なものを忘れたくない」という気持ちが込められているという。
さらに、壁にぶつかりそうになったとき、「明日、今日を思い出してやればよかったと思わないようにしたい。無駄なことを考えずにやるべきことをやる」という意識でそれを乗り越えてきたと語る。
どんな状況にあっても、常にその瞬間瞬間を“見えないスタート”地点と捉えることができれば、困難に立ち向かえる。そんなメッセージが込められた応援歌と言えそうだ。
■ボートレースの世界観とシンクロした楽曲に
さて、ボートレースといえば、0.1秒が勝敗を分けるシビアな世界。なかでもこの競技を特徴づけるのが、独特なスタート方式だろう。ボートレースをよく知る人のなかには、「見えないスタート」という言葉を聞いてハッとした人もいるはず。
ボートレースのスタートは、「フライングスタート方式」と呼ばれ、決められた時間(0〜1秒)の間にスタートラインを通過するという形をとる。大時計が0秒から1秒を指す時間より、ほんの少しでも早くラインを超えてしまうとフライング(F)に。さらに1秒を超えてラインを通過した場合は、なんと出遅れ(L)とみなされ欠場となってしまうのだ。なんという厳しさ……。
まさしく0.1秒が勝敗を決めるスピード勝負の世界……。そんなボートレースの世界観も、BENIの「見えないスタート」に込められている。
■芸能人にもファンが多いボートレース、見どころは?

ボートレースに馴染みのない人にも、そのスピード感や圧倒的な迫力は、今回のCM「渦潮」篇からよく伝わったはず。普段見ることができない巨大な渦潮、激しく飛び散る水しぶきはエンターテイメント・ショーとしても十二分に楽しむことができる。そんな魅力が、大人から子どもまで幅広いファンを抱えている理由だろう。
また近年では『アメトーーク!』で「ボートレース芸人」が特集されるなど、メディアでも注目が高まっている競技のひとつだ。
改めて簡単に基本を押さえよう。ボートレースは6艇で競われる公営競技で、公営競技のなかでは最も少ない出走数となる。そのため着順が的中する確率が最も高く、初心者でも挑戦しやすい。その手軽さの反面、老練な公営競技ファンが最後に行き着くところがボートレースだとも言われる。間口は広く、追究すればかなり奥が深い競技なのだ。
■とにかくターンがすごい!
なんといってもその見どころは「ターン」だろう。ボートレースは、2つのブイを180度旋回して行われる競技で、ここでいかに素早くターンをこなすかが勝敗を大きく左右する。激しい水しぶきを上げながら、目にも留まらぬスピードで突き進むボートがいきなりターンをする様は、他では味わえない高揚感を味わえる。
なかでも注目してほしいのが、「モンキーターン」だ。旋回半径を小さくすることで、より鋭く、そしてスピーディーなターンを追求した結果生まれたのが、レーサーがボートの上に立ちながら旋回する、この手法だ。第一人者と言われる飯田加一選手が好成績を記録して以降、現在では大半の選手がこのモンキーターンで旋回を行なっている。実際にレースで賭けをせずとも、そんな選手たちの美しいターンを見るだけで十分楽しめるのも特長だ。
■一度ボートレース場に足を運んでみては?
そんなボートレース、じつはボートレース場ではなく国から認可された地方自治体が主催している。その収益は各自治体の財政に繰入され、さまざまな事業の原資となっているという。たとえば、尼崎市の学校施設の整備、戸田市の水質浄化研究、丸亀市の伝統文化の保護など、収益金が社会貢献活動に使われているのは観客にとっても嬉しいところ。
現在、全国には24のボートレース場がある。なかには、海の一角を区切って作られた海水を使うレース場や、湖や川の一角が区切られた淡水のレース場など個性豊か。ぜひ一度、家族や友人、恋人と一緒にボートレース場に足を運んでみてはいかがだろうか? 自分の目の前で「見えないスタート」を体験したら、CMで味わった以上の圧倒的な迫力に魅了されるはずだ。
(文・ヤマグチユキコ)
■BENI、レコーディング・メイキング模様はこちらから
■取材協力:ボートレース振興会