性に苦しみを抱える人々を救う作品?

もともとは、エッセイ漫画ではなく、BLや犯罪モノ、日常モノなど完全なフィクションを描いていたというペス山さん。しかし、ネームがボツになるなど嫌なことが重なったせいで、漫画を描くことが楽しめない状態になってしまい、一度漫画から離れることを決めた。ペス山さんは、「最初は漫画描かずに、ただ寝てバイトしてみたいな生活だったんですけど、だんだん性欲がものすごく沸いてきたんですよ(笑)」とぶっちゃける。そして、人生でずっと抑えつけていたマゾヒズムがついに爆発。それから始まったペス山さんの“冒険”が『ボコ恋』に描かれている。
『ボコ恋』のあらすじを聞いて、「奔放な女性が性遍歴を切り売りするような、ネット上でよくある作品ではないか」と感じる人もいるかもしれない。しかし、同漫画の魅力は、ペス山さんの冷静な自己分析にある。作中でペス山さんは、己の性に悩みながら、さまざまな男性に出会う中で、性自認が男性であることや、自身がマゾヒストである理由に気づいていく。自分の内面にどんどん深く潜っていくような描写は、何か悩みを抱えている人に強く刺さるものなのだろう。ペス山さんのTwitterアカウントには、セクシャルマイノリティを始めとした、性に悩める人々からの相談が多く寄せられている。
「自分がめちゃくちゃ変態だと、他人の大概のことが許せるんで(笑)。

「気持ち悪い」「知りたくもない」という批判もあった

ペス山さんは、純粋に暴力を求めるタイプのマゾヒストだ。出会い系掲示板でも、セックス抜きでただ殴ってくれる相手を探していた。ペス山さんがマゾヒストであることを自覚したのは、「小学生か、中学生の頃」だった。しかし、3歳のときから、「ゲームの主人公にボコボコにされる」といったマゾ的な妄想で自慰をしていたそう。成長して、「オナニー」という言葉を覚えたとき、「私がしているのオナニーじゃん! しかもオカズがヤバいじゃん!」と気づいて衝撃を受けた。
しかし、その欲望を現実に持ち込むことは、ずっとなかった。『ボコ恋』で、ペス山さんが出会い系掲示板を利用するとき、「精神的な自立」という言葉を使っているのが印象的だ。
「わりと親に秘密を持たないで生きてきたんですよ。『嘘をついたらいけない』って育てられてきたんで。でも絶対バレてはいけない秘密が、心の中だけじゃなくて、現実に具現化していったんですよね。
『ボコ恋』読者にとっては信じられない話だろうが、ペス山さんは成人するまで、自身のことを「鈍感なタイプ」だと思い込んでいたそう。しかし、他人から「明るくすることによって、心の繊細な部分を守っているんじゃないか」と指摘されて、誤解に気づいた。
「鈍感だと思っていた時期が長かったぶん、繊細だって気づいたときの驚きが大きくて、『みんな聞いて!』と言いたくなった。『ボコ恋』を書いたのは、その延長線ですね。もちろん、ここまで自分をさらけ出すことに不安がなかったわけではないですけど、知ってもらいたい気持ちが上回りました」
センセーショナルな内容の作品であるため、バッシングを心配していたが、思いのほか、温かな意見が多いそう。ペス山さんは、「もっと死ぬくらい叩かれると思っていたんですけど、意外と平気でした」と語る。
「最初はまとめブログなんかで『気持ち悪い』や『知りたくもない』みたいに言われたりもしたんですけど、肯定的な意見をもらえるようになりました。『私だけじゃなかったんだ』という感想を読んで、自分自身、『私だけじゃなかったんだ』と励まされています」
成長ストーリーにして、初恋ストーリー
ペス山さんと、担当編集者のSさんは、『ボコ恋』を「初恋の話」として捉えている。Sさんは、半年ほど漫画から離れていたペス山さんから「久しぶりに会いましょう」と連絡が来て、「お会いしていない間に、初めて恋を知りました」と打ち明けられたとき、大変驚いたそう。Sさんは、「ペス山さんって恋愛に興味ないと思っていたんです。
ペス山さんは、かつての自身を「精神的に飢餓状態で、心の貧しい人間でした」と苦笑いで振り返る。
「なんといっても初恋ですから。だから、普通に恋愛経験を積んできた成人が想像する恋に比べると、すごく原始的な恋なんですよ。これまでクールぶって描いてきた理屈や分析が全部崩壊するレベルで、めちゃくちゃド直球に恋をしています。IQ2くらいになりました(笑)。崩壊するジェンガを見るような感覚で楽しんでもらいたいです」
そう、『ボコ恋』とは、成長ストーリーにして、初恋ストーリー。“セクシャルマイノリティ”や“自己分析”といった言葉に取っつきにくさを感じる人もいるかもしれないが、作品の根底にあるものは、誰しもが共感できる普遍的なテーマなのだ。ペス山さんは、『ボコ恋』について「なるべく若い人に読んでもらいたい」と語る。
「昔の私が読みたかったものを描きました。若いときって、いろんなことに対して、『なんで?』と感じて傷つきがちだと思うんです。
(原田イチボ@HEW)