これは、父の死をきっかけに始まった“静かな戦争”の記録です。
私はただ、家族のために戻ったつもりでした。
けれど、老舗料亭「翠霞楼(すいかろう)」には、上品な顔の裏に、想像を超える“女たちの闇”が隠れていたのです。

父がこの世を去ったのは、まだ暑さが残る九月のことでした。
江戸末期に創業された地方の料亭「翠霞楼(すいかろう)」の十代目店主として、父は常に背筋を伸ばし、威厳を保ち続けてきました。
私はというと、学生時代に家を出て、都内で働いた後、そのまま実家とは距離を置いていました。

しかし、突然の訃報とともに、私の人生は大きく揺れたのです。



葬儀の終わり、母が参列者に静かに告げました。

「これからは、娘のMが翠霞楼の代表となります」
「主人の遺志です」

場に一瞬、静寂が走りました。
まるで、誰かが喉元に氷を滑らせたような空気。
そのときふと、何かが視線の端をよぎった気がしました。