スタッフの美咲が、愛人Aの甘い言葉に応じて動き始めた。
それは、“裏切り”の始まりだった。
私は気づいた。
この料亭で一番怖いのは、愛人Aでも私でもない。
ずっと黙って見ていた、母だった。

「……動いたわね」
帳簿を見つめながら、母がぼそりとつぶやいた。

その声は低く、けれどどこか楽しげだった。
まるで、読み通りの展開を待ちわびていたかのような…。

「どうするの?」と私が聞くと、母は湯呑みに口をつけながら、
まったく目を合わせずにこう言った。



「泳がせておきましょう。今はまだ…証拠が足りないから」

その瞬間、私は背筋にゾクリとしたものを感じた。