そう自分に言い聞かせても、心は不安を消せなかった。
そしてついに、その“名前”が現実として目の前に現れる。
声をかけられた瞬間、背中に冷たいものが走った。
振り返ると、そこにいたのは――安藤 涼。
数年ぶりに見る顔。
でも、すぐにわかった。
忘れようとしていた記憶が、一瞬で蘇った。
「うそ……」
「びっくりした。こんな偶然あるんだなぁ。
このマンション、職場から近くてさ、住み始めたの割と最近なんだ」
あくまで偶然を装うその口調。
でも、目が笑っていない。
その距離感、言葉の選び方、“彼らしさ”が滲んでいた。
「まさか玲奈が住んでるとは思わなかったよ。運命かな?」
心の奥に、あのときの恐怖がよみがえる。