今回のニュースのポイント


・家と家計の決定的違い:徴税権、通貨発行権、そして「寿命がない」という特性が借り換えを可能にしている


・利と成長のバランス:借金の総額よりも、金利とGDP成長率の相対的な関係が持続可能性を左右する


・出の硬直化:社会保障費という「固定費」の膨張が、将来への投資(変動費)を圧迫している構造


 国の財政状況を説明する際、最も頻繁に用いられるのが家計への例えです。「年収600万円の家庭が、毎年1000万円使い、足りない分を借金で賄い続けている。

借金総額は1億円を超えた。これはもう破綻だ」という言説です。この例えは、数字の大きさを実感させるには効果的ですが、国家という組織が持つ特殊な仕組みを切り捨てています。


 まず、個人の家計と国家の財政には、決定的な三つの違いがあります。一つ目は寿命の有無です。家計のローンは、借り手である個人が生きているうちに完済しなければなりませんが、国家には寿命がありません。二つ目は徴税権です。国は法律に基づいて収入を確保する権限を持っています。そして三つ目が通貨発行権です。自国通貨建てで借金をしている限り、技術的には返済不能(デフォルト)に陥ることはありません。これらの特性により、国債は「古い借金を返すために新しい借金をする」という借り換えを半永久的に続けることが可能となっています。


 では、借金はいくら増えても問題ないのでしょうか。

ここで重要となるのは、総額そのものではなく、金利と経済成長のバランスです。専門用語ではドーマー条件と呼ばれますが、経済成長率が国債の金利を上回っている限り、GDPに対する債務残高の比率は安定します。家計で言えば、ローンの利息よりも年収の伸びが大きければ、借金の重みは相対的に減っていくのと同じ理屈です。2026年の日本において議論の本質となっているのは、長年のゼロ金利政策が終わりを告げ、このバランスの均衡が崩れるリスクに対してどう備えるかという点にあります。


 本当の意味で財政が苦しいとされる理由は、数字の大きさよりも使い道の自由度が失われていることにあります。現在の歳出構造を見ると、社会保障費という、いわば家計の固定費が雪だるま式に増え続けています。かつては景気が良くなれば、増えた税収を道路や橋の修繕、あるいは教育といった将来への投資に回すことができました。しかし現在では、増収分のほとんどが膨張する医療や介護の費用に飲み込まれてしまいます。給料のほとんどが住宅ローンと家族の医療費に消え、子供の塾代や家の修繕に一円も回せない家庭の状態に近いのです。


 税金が足りないという叫びは、単なる金銭的な不足を指しているのではなく、私たちがどの世代に、どのようなサービスを、どこまで提供し続けるのかという合意形成が追いついていないことの裏返しでもあります。数字は嘘をつきませんが、その数字をどう解釈するかは、私たちがどのような社会を望むのかという意思決定に委ねられています。(編集担当:エコノミックニュース編集部)

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