今回のニュースのポイント


・質賃金のマイナス:額面の給与(名目賃金)が増えても、物価上昇率(CPI)がそれを上回れば生活は苦しくなる


・業間・セクター間の格差:輸出企業や価格転嫁に成功した企業と、コスト高に喘ぐ内需・中小企業の二極化


・理的デフレの残滓:将来への不安や社会保障負担の増大が、賃上げ分を貯蓄へと向かわせる構造


 2026年、経済ニュースの紙面を賑わせているのは、数十年来の高水準とされる賃上げ交渉の行方と、それとは対照的に家計が苦しいと訴える世論の乖離です。上場企業が過去最高益を更新し、株価も堅調に推移する中で、なぜ私たちの財布にはその恩恵がなかなか届かないのでしょうか。

ここには、三つの構造的なズレが生む、いわば景気の錯覚が存在します。


 一つ目は実質賃金という高い壁です。ニュースで報じられる賃上げ率は、あくまで額面の給与を示す名目賃金の動きです。しかし、生活の豊かさを決めるのは、物価変動を差し引いた実質賃金です。たとえ給料袋の中身が増えても、食料品やエネルギー価格の上昇によって買い物袋の中身がそれ以上に減っていれば、生活実感は実質的な減収となります。スーパーのレジで以前より高いと感じるストレスが、昇給の喜びを上回ってしまうのです。


 二つ目は、企業規模による収益構造の二極化です。好調な業績を上げている企業の多くは、グローバル展開により円安のメリットを享受しているか、あるいは原材料費の上昇分を販売価格に上乗せできた企業です。対照的に、労働者の約7割を雇用する中小企業やサービス業では、顧客離れを恐れて価格転嫁が遅れ、コスト増を自助努力で飲み込みながら、賃上げ原資を捻出できずにいます。この企業間の体力差が、社会全体の実感を押し下げています。


 三つ目は、長年のデフレがもたらした心理的な防衛本能です。多少の賃上げがあったとしても、同時に社会保険料の負担増や将来の不安が頭をよぎれば、増えた分を消費に回すよりも、預貯金や新NISAなどの投資へ回す行動が優先されます。

長年「お金の価値が上がること(デフレ)」に慣れた日本社会にとって、物価が上がり続ける世界で財布の紐を緩めるのは、本能的な恐怖に近いものがあります。


 数字が示す好況の兆しと、家庭で感じる停滞。この二つの間にあるのは統計上の誤差ではなく、私たちが数十年ぶりに訪れた物価と賃金が共に動く世界に適応しようともがいている、過渡期の歪みなのです。(編集担当:エコノミックニュース編集部)

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