凶器アリ、反則ナシの特殊ルールで行われる、プロレスの究極の試合形式“デスマッチ”。リングの上では爆散された蛍光灯に囲まれ、背中にカミソリが突き刺さり、ガラスボードが飛び散る。
そんなデスマッチのカリスマと呼ばれるプロレスラー、葛西純に密着したドキュメンタリー映画『狂猿』が5月28日より公開される。デスマッチと共に人生を歩む葛西純に、デスマッチへの思いと、今後の野望について話を聞いた。(前後編の後編)

【前編はこちら】デスマッチのカリスマ・葛西純の意外な私生活「リングでは血みどろ、家庭では普通のお父さん」

【写真】デスマッチのカリスマ・葛西純

――葛西選手はデスマッチの試合の中で、他の選手はあまりやらなかったコミカルな路線を生み出しました。その発想はどこから?

葛西 昔は血みどろになって戦う上で、決してお客さんに笑われてはいけなかったんですね。笑わせてもいけなかった。お笑いがご法度の時代に、自分なんかは身体も小さいし、普通にデスマッチをやっても上の選手たちを追い越すことができないんですよ。どうしたら追い越せるのか考えて、デスマッチでご法度な笑わせることをやってみようと。ギャンブルでしたね。

試合中に血まみれになってバナナ食べたり、そのバナナの皮で滑ってみたりとか。そういうムーブを作ってみたらどかんとウケたんです。まさすがに今はそんなことやらずに真面目にやってますが(笑)。

――当時のお客さんの反応ってどうでした?

葛西 それまでのデスマッチのイメージは、身体が動かなくなりレスリングできなくなったベテランレスラーがやるものと考えられていたんです。
当時、若い自分のような人間が、エンターテイメント要素を取り入れたことによって、若いお客さんが増えたんですね。そういう意味ではデスマッチファンの新陳代謝を促したのかなと。やってやった感と嬉しさはありますね。

――凶器とかを自作されてますが、カミソリをたくさん並べた「カミソリボード」はどうして思いついたんですか?

葛西 毎朝、髭を剃っていて、髭が硬くて濃いんで、よく出血してたんですよ。その時に、ちょっと待てこれは使えると(笑)。試合のときにカミソリを使って、相手をそこに落としたらとんでもないことになるなとひらめいたんです。

――映画の中でも、カミソリボード製作中は神経質にカミソリを並べてましたよね。

葛西 几帳面なんですよ(笑)。あの上に落とされたとき、キレイに傷がつくといいなと思いながら作ってました。ただ、貝印のカミソリを普通の板に張り付けていても、遠くで観ているお客さんは「アレ、何?」になるじゃないですか。だからでっかい貝印のカミソリの形のボードを作った方が分かりやすいなと。

――ボードもピンク色にして…。
ビジュアル的なものも必要なんですね。

葛西 これは当たったら痛い凶器だって、ひと目で分からないとと思って。

――今、開発中のアイテムってあります?

葛西 逆にアイデアあります(笑)? もう出尽くしちゃって、ほぼほぼないんですよ。竹田(誠志)って後輩がアホでね~。100円均一で売られている包丁を使った刃物系ボードで試合をして。あんなもん使ったら、そりゃ大けがしますよ!

――ほかの選手の凶器で、やられた!と思った発明アイテムってありますか?

葛西 吹本(賢児)のホットプレートですね! 電源を入れて、生卵を割って。目玉焼きが出来上がっていく中でプロレスをして、最終的にホットプレートの上に相手を落とした瞬間にお客さんから悲鳴があがったのを見て「うまいことやるな」と(笑)。

――映画でもおっしゃってましたが、危険なことばかりのデスマッチを通しての「生きてる実感」って何なんでしょう?

葛西 デスマッチをやると決まると、試合の何週間も前から緊張するんですよ

――葛西選手でもいまだに緊張する?

葛西 やっぱり緊張しますし、怖いですよ。次の試合で大けがしたらどうしようとか、まかりまちがえて変な落ち方をして死んじゃったらどうしようとか……。色々考えます。そういう恐怖に打ち勝ってリングに上がり、死んでしまうかもしれない状況の中で、血みどろになりながら戦って。勝つにしても負けるにしても、試合が終わり自分の足でリングを降りて控室に戻り、自分の運転する車で家に帰っている。


そこで初めて「生きて帰ってきた! 神様ありがとう」って思えるんです。試合中、リング上にいる時は、痛いですしきついですよ。でも試合が終わると生きてる実感を得られるんですよ

――常に痛い部分ってありますか?

葛西 両ひざはじん帯が切れてますし、半月板もないですし。首も腰もヘルニアですし。コンディションはいつも万全じゃないです。

――これまで試合中の大きなけがって、どれぐらいありました?。

葛西 数えきれないですね。でも、特に思い出深いのは、3年前の夏にビオレント・ジャックというメキシコ出身の選手との試合ですね。彼がコロナビールの瓶を持っていて、「やばい、頭かち割られる!」と思ったので、奪い取って、逆に彼の頭を瓶で殴ったんです。その瞬間、中指にすごい痛みが走って、「指飛んだ!?」と思ったんですが、見たら指は取れてなかったんで、そのまま試合したんですよ。

翌日の試合もあるので、帰ろうとしたら、レフリーに普通じゃないから病院行った方がいいと止められて。そしたら、神経も腱も切れていると。
皮一枚で指が繋がってるだけの状態だったので、即入院で手術になりました。

――リングの上だと気づかなかったんですね?

葛西 アドレナリンが出てるので、普段の生活より痛みが感じにくいんです。

――日常生活の方が痛みには弱い?

葛西 歯医者さんとか嫌いですね(笑)。

――それで、よくデスマッチをやれますね(笑)?

葛西 だって、歯医者行って治療中に葛西コールとか起きないじゃないですか(笑)。痛いの嫌いなんで、お客さんありきですよ!

――引退を決意したこともあったけどやめなかったというのは、どうしてです?

葛西 自分がいちばん好きなことがデスマッチなんで。辞めたら廃人になるでしょうね。今でもダメ人間なのに、もっとダメになるって。こんな楽しいことをやめちゃったら、人間としてダメになる。

――これから、選手としての野望はありますか?

葛西 葛西純に刺激を与えるような人間が現れて、「こいつにだけは負けたくない」と思いながら、お互い刺激を与えながら戦っていって、結局、葛西純がいちばんだったとお客さんが思っててくれたらいいなと思います。そして、自分が引退した後に、デスマッチというジャンルが滅びてしまえばいいと思ってます(笑)。

――自分の代で終わらせたいと!?

葛西 だって、自分が引退した後にデスマッチが盛り上がったら悔しくないですか(笑)?

――それはもう、ずっと続けるしかないですね!

葛西 そうですね(笑)。そのために鍛錬は怠っちゃいけないですね。


――最後に、まだデスマッチを見たことがないという方に向けて、デスマッチを観に来てもらうようにアピールをお願いします!

葛西 敷居高いなー(笑)。でも、観に来てくれた方は、勝ち組になれると思います。デスマッチは実際に観ると、きっと得るものが多いと思うんですよね。デスマッチはただの残酷ショーではなく、人間の生きざまとかが出るカテゴリーなので。

今、(講談師の)神田伯山さんがデスマッチにハマっていたり、倉持明日香さんが映画を大絶賛してくれたりと、著名人も興味を持ってくれています。だからみなさんも、乗り遅れるなよ!と(笑)。ぜひ一度、デスマッチを観に来ていただきたいですね。

▽ドキュメンタリー映画『狂猿』
5月28日(金)よりシネマート新宿、シネマート心斎橋ほかにてロードショー!以降順次公開
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