PASSPO☆としてライブアイドルの第一線で活躍、グループ解散後に自堕落な生活もあり体重が激増したことで大きな話題を呼んだ、岩村なちゅ。けれど「太ったことで仕事が増えた」とポジティブに語る彼女の、アイドル時代と卒業後の人生とは。
(前中後編の前編)

【写真】前向きな笑顔が魅力、岩村なちゅの自然体な撮りおろしカット【12点】

──「グループを卒業した元アイドルの生き様」というテーマでお伺いしたいのですが、岩村さんの場合、本当に独特な道を歩んでいらっしゃいますよね。今、PASSPO☆時代をどんなふうに振り返ることができますか?

岩村 う~ん、そもそもワシはアイドルになりたくてなったわけじゃないですよ。スカウトされたあと、「じゃあアイドルでもやってみる?」みたいな軽いノリで言われて。ワシも「やるやる~!」って何も考えずに応募したら、受かっちゃった。

──そんなことはないと思いますが(笑)。PASSPO☆(デビュー当時は「ぱすぽ☆」表記)になりたくてもなれなかった人もいるでしょうし。

岩村 いやいや、マジで自分の名前さえ言えれば誰でも受かるようなオーディションでした。もちろんワシもアイドルは嫌いじゃなかったですよ。放課後、カラオケでAKB48を歌ったりしていましたし。だけど、逆に言えばそれくらいのライトな感覚。アイドルになるために必死で努力したなんていう経験はゼロでしたね。行きがかり上、アイドルになっちゃったと言いますか。


──どんな高校生だったんですか?

岩村 本当に普通のそこらへんにいるJK。毎日やることがなくて暇だったから、バイトとかも掛け持ちして。カラオケとか居酒屋とか、めっちゃいろいろやりましたね。アパレルもやりました。で、暇だったから渋谷で遊んでいたら、109の前でスカウトされて、のちにPASSPO☆になったんですよね。

──スカウトを受けたときは何て言われたんですか?

岩村 「君なら『Popteen』(角川春樹事務所)にも『egg』(大洋図書)にもすぐ出ることができるよ」って。それで、ワシもバカだから「マジでー!?」って大喜びしちゃったんですよ。しかもワシは若槻千夏さんが大好きだったから、最高じゃんと思って速攻で話に飛びついたんです。

──若槻さんはプラチナムプロダクションの大先輩ですもんね。

岩村 だけど事務所に入ったらモデルなんてすぐ仕事が来るわけでもないし、そこで「騙された!」って思ったんですよ。で、アイドルになって、それが9年間も続いたと。9年間やっている間は辞めたいと思ったことだって何度もあったけど、そのたびにメンバーだったり、スタッフさんだったり、振付師の竹中夏海先生だったりが引き留めてくれたんですよ。
結局、PASSPO☆が好きだったんでしょうね。嫌だったら、9年間も続けていないです。

──岩村さんにとってはPASSPO☆の何が特別だった?

岩村 シンプルにすごくいいアイドルだったと思う。曲はいい。メンバーは可愛い。グループの雰囲気もいい。自分がメンバーじゃなかったとしても、ファンになっていたかもしれない。だから「そんな素敵なグループにいる自分が好き」という若干ナルシスト的な気持ちもあったんです。

──たとえば他のグループに入っていたら、9年間も続かなかった?

岩村 それはスタッフさんからもよく怒られて言われました。「お前な、他のグループだったら10回以上はクビになっているぞ!」って。まぁ怒られたところでワシもワシだから「確かに~! あぁ、PASSPO☆でよかった~」とか内心では笑っていましたけど。

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(取材・文/小野田衛)
▽岩村なちゅ(いわむら・なちゅ)
1991年 7月 29日生まれ、神奈川県出身。

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