──眉村さんは最初からソロで活動していたのですか?
眉村 元々は3人組アイドル(StarBright ☆ REX)として活動していたんですよ。
──ソロになって、かなり早い段階から吉田豪さんや南波一海さんと交流がありましたよね。
眉村 私から連絡したんですよ。まず『南波一海のアイドル三十六房』という番組の放送中に、私が会場に乗り込んで。終わった直後に「私は眉村ちあきです! 番組に出させてください」って南波さんとタワレコの嶺脇社長にCDを配って。それで出演が決まって、繋がりました。
──吉田豪さんは?
眉村 豪さんには何も考えずにいきなり、「一緒にイベントをしたいです」とメールを送ったら、「変なやつが来た」って思われたのか最初は、相手にしてもらえなかったのですが、 めげずに「私はこういうことをしてます!」っていっぱい動画を貼り付けて送ったんです。
──他にも営業したんですか?
眉村 ライブハウスへはよく営業にまわって、CDと名刺を渡してました。とにかく自分の足で動く人って感じでしたね。
──’16年にソロ活動をスタートして、すぐにアイドル関係者から注目されて。’17 年に株式会社「会社じゃないもん」を設立されました。
眉村 1人で活動を始めて、気付いたら25万円が貯まっていたんです。そのお金を何に使ったら面白いかいろんな大人に相談したら「MVを作ったら」とか「ちゃんとしたHPを作りなよ」と言われたけど、全然ピンとこなくて。そしたら、変なおじさんが「会社を作っちゃえば」と言ってきて、ソレだー! って。すぐに司法書士へ駆け込んで、「2週間以内に会社を作りたいです!」とお願いして、区民センターで記者会見を開きました。
──しかも、設立後はライブハウスで株券の販売をして、株主総会も開くようになり。
眉村 日経MJに取り上げられました。そこから曲を聴いてくれる人も増えたのがうれしかったですね。アイドルがいっぱいいる中で違うことをして注目を浴びつつも、曲はちゃんと聴いてもらうのが理想だったので狙い通りです(笑)。
──その後に新宿LOFTでワンマンを開催されたんですよね。確か条件付きだったとか。
眉村 そうなんですよ! 「300人以上呼べないと貸せません」と言われて、「はあ!? 呼べるし」と思って。その頃は最高80人しか呼んだことなかったのに、「絶対にソールドさせます!」と言って借りました。そしたら400人超えるくらいまで売れて、販売ストップをかけたぐらいだったんですよ。
──80人から400人って、5倍も増えてるじゃないですか。何があったんですか?
眉村 LOFTの前に『ゴッドタン』に呼ばれたんですよ。それも大きかったし、バスジャックイベントの企画や、ライブの度にチケットを売ったり。その積み重ねですね。
──それこそ、’18年6月に『ゴッドタン』で披露した即興ソングはすごい反響でしたよね。
眉村 放送日に合わせてMVを解禁して、波に乗っかれるようにいろいろ考えました。
──それをきっかけにレコード会社、トイズファクトリーから連絡が来たんですよね。
眉村 まさかのメジャー(笑)。最初は絶対に詐欺だと思ってました。
──まさにトントン拍子で。
眉村 それ以降、『ゴッドタン』もそうですけど他の番組も呼ばれるようになりました。
──そんなメディアの活躍も多い中、ゲリラライブをしてる模様をYouTube に投稿されてましたよね。そういう行動は、なんとなくメジャーっぽくないと思ったんですけど……。
眉村 メジャーデビューして、どこまでやれるのか実験してるんです。私、ファンのことがめっちゃ大好きで、常に会う方法を考えてるんです。もしも路上が厳しくなったらTwitterで「今、代々木公園で寝てまーす」とつぶやいたり、LINE公式アカウントでこっそり伝えようかなって。
──今後、眉村さんがやりたいことってなんですか?
眉村 千葉に特撮でも使われている、爆破してもいい土地があって。そこで爆破イベントをやりたい。あとはヘリコプター上空でハシゴを下ろして、そこに掴まりながら「へーい!」ってやりたい。あと、これはできないんと思うんですけど、大きなライブ会場にバスで突っ込んで登場したい!
──止まらないですね。
眉村 あとはトラックの宣伝カーに穴を開けて、顔を出して「本物でーす!」ってやりたいです(笑)。
(『月刊ENTAME』2019年2月号掲載)
まゆむら・ちあき
1996年9月12日生まれ。
歌唱力の高さと、自由奔放な明るさでメディアから大きな注目を集める“弾き語りトラックメイカーアイドル”。
2017年12月「株式会社 会社じゃないもん」を設立。ライブ会場の物販にて株券の販売も開始した。2017 年は 1 年で 426 本のライブに出演した。