格差・貧困問題に取り組み、メディアで積極的に発言をしている作家・雨宮処凛が、バンドやアイドルなどを愛でたり応援したりする“推し活”について深堀りするコラムシリーズ。1回目は米寿を迎えてもなお現役でイケメン俳優やヴィジュアル系バンドを推す、フリーアナウンサーの東海林のり子さんに話を聞いた。
文・雨宮処凛(前後編の後編)

【前編はこちら】ヴィジュアル系の母、東海林のり子のバンギャ人生を雨宮処凛が深堀り「88歳で現役」

【写真】米寿をむかえた東海林のり子と作家・雨宮処凛

前編で綴ったように、東海林さんは30年以上、ヴィジュアル系のシーンを見つめてきた。2016年には幕張メッセで10万人規模のヴィジュアル系音楽フェス「VISUAL JAPAN SUMMIT」が開催されたが、これにも参戦。それだけでなく、そこでは「人生初めて」の体験をしたという。

「前に取材したことがある若い子のバンドのライブを見てたら、突然『最前(最前列)取ろう!』と思ったの。それで私、突然立ち上がったの!」

一緒にいた人に「どうしたんですか?」と言われながらも最前を目指して進む東海林さん。すると、奇跡が起きた。ファンの子たちが次々と道を開けてくれたのだ。まるで「モーゼの十戒」である。バンギャにとっての「神」が客席に降臨し、「最前」という聖地を目指しておられるのだから当然と言えば当然だ。

「女の子たち、最前でヘドバンやってるんだけど、もう隙間がないの。でも私が行ったらバーって開けてくれて。それで私、髪短いけど頭振ったの。
そうしたらメンバーがギター弾きながら、『あ、東海林さん!』って気づいてくれたの!」

メンバーもさぞかしびっくりしただろう。

「やってみたいことってあるじゃない? どこかでやらないと、なかなかできるチャンスなんてないから、ここを逃したらできないなって」

それが80代にして「最前でヘドバン」って本当に素晴らしすぎる。東海林さんは「最前取った自分に勲章あげたいくらい!」と嬉しそうに振り返る。「やってみたいこと」はまだまだある。韓国ドラマでよく見る「バックハグ」だ。

「米寿の時に、LUNA SEAのメンバーにバックハグをお願いしたの。INORANとJと真ちゃん(真矢)。INORANは優しいから、バックハグしながら『東海林さん、僕もあったかい気持ちになった』って言ってくれたの」

全INORANファンが悶える情報である。次の目標は「卒寿」。90歳になったら「お姫様だっこ」をしてもらいたいそうだ。

「もうこの年だと、誰にでも頼めるのよ(笑)」と悪戯っぽく笑う東海林さん。
 
そんな東海林さんの好奇心はとどまるところを知らず、最近では韓国ドラマにハマっているという。
特にお気に入りなのは『梨泰院クラス』のパク・ソジュン。

「かわいいでしょ?」とスマホの裏にたくさん貼られた彼のシールを見せてくれた。私にとっては、そんな東海林さんがの方がかわいいです…。

また、昨年ハマったのがBL(ボーイズラブ)。きっかけは、凪良ゆうさんの小説『流浪の月』だったという。

「(番組をやっている)アンコーから借りた本で凪良ゆうさんを知って、BLも書いていることを知ったの。それで読み始めたら、文庫本だからコーヒー一杯飲むより安いじゃない? それでどんどん買って…楽しいのよ! 凪良さんの本はもう20冊くらい読んだかな。文章だと思うのよね。他の人のを読むと表現が直接的だったりするんだけど、違うの。最後か真ん中くらいにセックスシーンがあるんだけど、すっごく丁寧なの。男女の恋愛よりも、相手を思いやる気持ちがすごいの。そのやりとりがね。
男女の恋愛だとどっちが上位とかあるじゃない? でもそうじゃないの。とにかく、細かいのよ、描写が! だからね、私、ホルモン出ちゃう(笑)! 」

これが東海林さんの元気の秘訣なのだろう。おそるべし、美容と健康にいいBL。BL好きが昂じて、最近、あるテレビ番組で「BL喫茶」を訪れたという。

「『何かやってみたいことないですか?』って聞かれたから、今BLに凝ってるから、そういう場所ないのって聞いたら、BL喫茶っていうのがあるっていうの。リクエストしたら、男の子同士がポッキーを食べさせ合う様子を見せてくれたりするのよ! それで私はあの子とあの子って言って、一人が先輩に怒られて、もう一人がそれを慰めてるシーンをやってほしいってお願いしたら、やってくれたの。そんなところがあると思ってなかったけど、ちゃんとあるのよ!」

BL小説を入り口に、タイのBLドラマも観るようになったのだという。それだけではない。K−POPも好きで「SEVENTEEN」と「BE:FIRST」推し。ライヴはまだ行っていないが「今に行くから!」と高らかに宣言。

日常にも、至るところに「推し」との出会いが潜んでいる。最近、補聴器を直しに行った先で新たな推しを見つけた。


「そこで渡された雑誌に、イケメンがいたのよ!」

高橋文哉という俳優で、最近はドラマや映画に出演しているのでそれを追うのが楽しいという。俳優は他にも綾野剛菅田将暉山田孝之が好き。一般人への目配りも忘れない。少し前に骨折した際は、理学療法士がイケメンだったことによりリハビリに力が入り、無事に完治したという。

好きなものの布教にも余念がなく、最近、70代の友人が「韓国ドラマからBL」という流れで「沼落ち」した。「東海林さんに教えてもらって、本当にこれからの人生が楽しくなる」という最大級の感謝の言葉を頂いたそうだ。

これまでの人生では仕事が忙しく、ドラマを観る時間などなかったそうだ。80代の今、それを埋め合わせるように観ていたら「楽しいこと」がどんどん増えたようで、「推し」の話をするときの東海林さんは目がキラキラと輝いている。

それにしても発見だったのは、「推しが複数いてもいい」ということだ。なんとなく、推しは一人でなきゃいけない気がしていた。が、東海林さんにはこれほど複数の推しがおり、だからこそ、目一杯楽しんでいる。人の目なんて気にしても仕方ないですよね、というと「そんな暇ないのよ!」と東海林さんは笑った。


「家を9時半に出なきゃいけないのに、あ、あと30分ドラマ観れるなって観ちゃうんです。それで遅刻しそうになったりするんだけど、でもこれほど楽しいことないでしょ? だからたぶん、人生って楽しいんだよね」

そうして東海林さんは言った。

「歳をとっていくことは、つらいことではないのよ。肉体的には衰えて、階段登るの大変とかいろいろあるけど、精神的には楽しくなるのよ。それとやっぱり、ホルモンが大事だからね(笑)」

長寿の秘訣は「推し活」。40代で、なんとなく「もうキャーキャー言ったりしちゃいけないのでは」なんて思っていた私だったが、東海林さんにこれ以上ないほどの勇気をもらったのだった。東海林さん、これからもついていきます!!

▽雨宮処凛
バンギャやフリーターなどを経て、2000年、自伝的エッセイ『生き地獄天国』(太田出版/ちくま文庫)でデビュー。06年から格差・貧困問題に取り組み、取材、執筆、支援活動を行い、メディアなどでも積極的に発言をしている。07年に出版した『生きさせろ! 難民化する若者たち』(太田出版/ちくま文庫)ではJCJ賞(日本ジャーナリスト会議賞)を受賞。著書多数。新刊『学校では教えてくれない生活保護』(河出書房新社)が絶賛発売中。
編集部おすすめ