【写真】HKT48を卒業する矢吹奈子【4点】
はじめて矢吹奈子の取材をしたのは、いまから9年以上も前のこと。まだ彼女は小学生で同い年の田中美久と2人並んでおとなしく座っていた。
こちらとしては仕事の話をしたいけれども、まだHKT48に入ったばかりの小学生相手には、それはちょっとばかり難しいミッションだった。
苦肉の策で「いま小学校ではどんな遊びが流行っているのかな?」と質問すると、突然、目をキラキラ輝かせて「鉄棒!」「逆上がり!」。その場は盛り上がったが、さて、どうやって原稿をまとめればいいんだろう、と頭を抱えたことを思い出す。
その小学生の女の子がいつのまにか大人になって、センターを張って、韓国でスターになって、そして卒業していくーー。
無邪気に「逆上がり!」と答えていた小学生は、いつしかアイドルとしての立ち位置に悩み、時に取材中に涙を浮かべるような中学生になり(けっして順風満帆ではなかったのである)、高校生にしてアイドルとしてはベテランのキャリアを誇るエースに成長していた。
アイドルは輝ける時間に限りがある。だからこそ「最初から最後まで」見届けることができるのだが、こうやって振り返ってみると、矢吹奈子のアイドル人生はじつにドラマチックだったし、やっぱり「最終回」が間近になってくると、なんとも言えない気持ちになってくる。
2年前に韓国から帰ってきてからは、本当に大人になったな、と会うたびに感じていた。
とにかく自分のことよりも、HKT48をどうしていくのか?を彼女は常に考えていた。韓国で学んできたことを、なんとかフィードバックできないものか、と試行錯誤しつつも、それによって、いままでのHKT48の良さが打ち消されてしまうのは嫌だ、という想いも強く抱いていた。
コロナ禍でコンサートの演出にも制限がかかる中、矢吹奈子はセンターに立って、グループ全員を牽引していった。広い会場でステージを俯瞰で見ると、それがよくわかった。
全員を引き連れてパフォーマンスしている感じ。それによって全体のパフォーマンスが向上していっている感じ。矢吹奈子はHKT48の良さを消すことなく、確実に変化をもたらしてくれたのだ。
昨年春に開幕したツアーのときは、まだ制限が非常に厳しく、観客は立って応援することすらできなかった。しかし、アンコールの際、矢吹奈子の呼び掛けで1曲だけスタンディングでの観覧がOKになった。クラップしかできないけれども、コロナ禍の長く暗いトンネルから、やっと一歩踏み出せた瞬間……錆びついた鎖から解き放たれた感覚はいまでも忘れないし、その先頭に立っていた矢吹奈子の姿も、いつまでも忘れないと思う。
もうひとつ興味深かったのは、彼女が韓国に行っているあいだにリリースされた楽曲での立ち居振舞い。後方のポジションに回った彼女は、その位置からメンバーのパフォーマンスをしっかりと見ていた。
「みんな、本当に悲しんでくれているのかな……」
卒業を発表した直後、矢吹奈子にそんなことを言われた。
たしかに「辞めないで、卒業しないで!」という悲鳴はあんまり聴こえてこないような気がする。そもそも、卒業発表の場はコンサート会場で、まだ歓声が解禁されていない時期だったから、みんな、リアクションすらできなかったから、不安になってしまうのも致し方ない。
でも、誰が「辞めないでくれ!」と言えるだろうか?
急な発表だったから、たしかにびっくりはしたけれども、韓国から帰ってきて、こんなにも長い期間、HKT48で活動してくれたことには感謝しかないし、グループに対する献身ぶりを見てきたから、本当にもう「ありがとう」しか言葉が見つからない(その後、彼女自身もメンバーの涙やファンからの熱いメッセージを見て、安堵したようだ)。
クラス替えによる新体制がスタートし、6期生が着々と成長してきたタイミングでの卒業。まさに卒業コンサート、そして当日の昼に開催される春コンサートは、そんな「新しいHKT48」を今を確認してもらう場でもある。その「新しいHKT48」の礎をコツコツと築いてきた中心人物のひとりが矢吹奈子であることを考えたら、ぜひ卒業コンサートだけでなく、春コンサートもセットで見ていただきたいな、と切に思う。
矢吹奈子がHKT48を卒業する、ということは、田中美久との「なこみく」もファイナルステージを迎えることになる。
個人的には「なこみく」は平成のアイドルブームが生み出した最後にして最強のアイドルユニットだと思っている。ペアとしてのオリジナル楽曲が一曲しかないのに、こんなにも語り継がれる存在がほかにあるだろうか?
2年前、ももいろクローバーZの佐々木彩夏が主宰する日本武道館で開催されたアイドルフェス「AYACARNIVAL」にHKT48が出演したとき、参加メンバーに田中美久の名前を見つけた佐々木彩夏は「コラボ曲はみんなで盛り上がる楽曲がいいんだろうけど、本当はさ、私が奈子ちゃんのポジションに立って“あやみく”をやってみたかった。
卒業しても、おばあちゃんになるまで、ずっと仲良し、と公言する二人だけれど、アイドルとして同じステージに立つのは、4月1日のパシフィコ横浜 国立大ホールがラストとなる。
先日、武藤敬司の引退試合を見ながら「平成初期のプロレスの最終回だ」とうるうるしてしまったばかりだが、今度は平成のアイドルブームを思い返して、またウルっときてしまうのかもしれない。矢吹奈子の卒業は、これからのHKT48、そしてアイドル業界にとって、きっと大きなターニングポイントになる。
9年前、インタビュー現場の椅子にちょこんと座っておとなしくしていた小学生が、4月1日、パシフィコ横浜の大きなステージで卒業を迎える。ファンに愛され、同業者からも憧れられた存在は、アイドルとして、どんな散り際を見せてくれるのだろうか? 例年よりかなり早く咲き乱れている桜の花を見ては、そんなことを思わず考えてしまう令和5年の春……名花がまた一輪、去る。
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