「欅共和国」といえば、大量の水による演出だ。雨が降るかもしれないし、年に一度の祭りなのだから、「水浸しになるのも悪くないのでは?」ということで、メンバーからのすさまじい“放水”が恒例になっている。消防車で使われるような大きさの放水機、70mの高さまで水柱を上げることができる放水マシン「ウォーターショット」が何台も用意されたばかりか、ステージの前に水でスクリーンを作る「ウォータースクリーン」といった新たな試みも。使用された水の量は昨年の5倍、210tだったそうだ。
雨が降るかもしれないこと、水浸しになること、会場までの交通の便が決していいわけではないこと。それらの条件を考えれば、3日間で4万8000人が“入国”したのは驚異的だ。「欅共和国」では、来場することを“入国”と呼んでいる。ファンは欅坂46への思いを証明するために、足を運ぶ。距離も天候も“愛国心”を示すための足かせにはならない。
筆者は3日目に“入国”した。昨年は、けやき坂46が出演したり、シングル『アンビバレント』を初披露したりしたが、パフォーマンス面での目玉は「集団行動」だった。日体大でおなじみの、一糸乱れぬ行進パフォーマンスを採り入れ、華麗に演じてみせた(発案者は平手友梨奈。後にラストアイドルも『大人サバイバー』で採用)。今年の欅坂46は何を見せてくれるのか。
17時45分。巨大な船を模したセットに登場したのは、ブラスバンドだった。その後、演奏に乗ってメンバーも登場。尾関梨香はバケツのふたをシンバルのように叩く。他のメンバーはデッキブラシでステージを掃除するパフォーマンスを見せる。竹箒を手にしているメンバーもいる。自分の体や道具を使い、音に合わせてダンスをする「ストンプ」だ(AKB48の『RIVER』のイントロでも採用)。
気がつくと、メンバーは両手に手旗を持っていた。ストンプの次は、手旗信号を披露し始める。メンバーは手旗をリズミカルに動かし、シュパッと小雨を切り裂く。
トリで登場したのは、さながらジャック・スパロウのようなハットをかぶった平手。彼女が船長であることを表している。中央に位置した平手も手旗に参加した。後のMCで明かされたところによると、手旗で「欅共和国」と表していたという。派手でありながら繊細な味つけだ。こうしてメンバーを乗せた船は港を発った。
わずか数分で自分たちの世界を作り上げ、“入国”した者を圧倒してみせた。この空間を味わうためにファンはこの地に降り立ったのだ。
『世界には愛しかない』を本ステージで披露すると、メンバーは『手を繋いで帰ろうか』で花道や櫓(やぐら)に移動。水や泡を客席に向けて発射した。小型船を模したトロッコから水風船を投げるメンバーもいる。祭りならではの光景だ(この演出は何度も繰り返された)。メンバーからの水は、いわば聖水だ。ファンは喜んで、これを受ける。
びしょ濡れになっていたのはファンだけではない。『アンビバレント』ではメンバーも水浸しの床に寝転がる。もはや体裁を気にしている者など、どこにもいない。それが「欅共和国」だ。
MCでは、原田葵の復帰が告げられた。また、この日、誕生日を迎えた土生瑞穂にケーキが贈られた。
中盤で圧巻だったのは、『Student Dance』だ。本ステージで踊っていたと思いきや、間奏で出べそ(センターステージ)に移動。人工的に作られた水たまりに5人(平手、石森虹花、小林由依、齋藤冬優花、鈴本美愉)が入り、バシャバシャと水しぶきを上げながら踊りだしたのだ。飛び散る水しぶきが照明によって照らされ、キラキラっと幻想的な瞬間を作りだした。その後、他のメンバーも水たまりに入り、濡れることも厭わず、しぶきを上げて見せた。
今年の「共和国」は、欅坂46らしい、シリアスな選曲が多かった。それは後半になればなるほど顕著で、『避雷針』『AM1:27』『I’m out』など、欅坂46の世界観を支える意味で重要な楽曲が乱れ撃たれた。ただ、『バレエと少年』『バスルームトラベル』といった曲が披露されたことを考えると、バランスもよく取れていたように思う。
ライブは終盤に突入した。『風に吹かれても』の後には、ウォータースクリーンに三つまたの槍を持った海王神が映し出され、「さあ最後の戦いだ」とメンバーに告げる。
3日間の真価のすべてが問われるラストソング。双眼鏡でメンバーの表情をうかがうと、どの顔にも緊張感がみなぎっている。“モーセ”で本ステージから出べそへと歩いていくメンバーの顔には、この3日間を駆け抜けた者にしか出せない達成感と色気が浮かんでいた。
メンバーはステージから錨を上げた。これから新たな旅に出るということだ。花火が梅雨空に打ち上がり、「共和国」は幕を下ろした。事前に告知されていたように、アンコールはなし。これといった発表もなし。だが、それでいい。結局、やむことはなかった小雨の中、ファンは“入国”できた喜びを感じていたことだろう。
欅坂46が出る旅とは、8月16日に仙台からスタートする全国ツアーのことであり、欅坂46というグループ自体の行く末の暗示でもある。その旅路がどうなるかなんて、誰にもわからない。
1期生の卒業と復帰、2期生の加入など、これからも何が起きるか予想がつかない。その予想のつかない未来を楽しむのが、欅坂46だ。計画はあってないようなものだが、未来は危なっかしいほど楽しさが増すものだ。
「欅共和国2019」
●日程:2019年7月5日、6日、7日開場16:00 開演17:30
●会場:富士急ハイランド・コニファーフォレスト
セットリスト
オープニング
Overture
1:世界には愛しかない
2:手を繋いで帰ろうか
3:青空が違う
4:太陽は見上げる人を選ばない
5:アンビバレント
6:バレエと少年
7:制服と太陽
8:バスルームトラベル
9:結局、じゃあねしか言えない
10:Nobody
11:危なっかしい計画
12:僕たちの戦争
13:Student Dance
14:避雷針
15:AM1:27
16:I’m out
17:キミガイナイ
18:語るなら未来を・・・
19:風に吹かれても
20:サイレントマジョリティー