井上 今国会は、会期中に菅原前経済産業大臣と河井前法務大臣の辞任、英語の民間検定試験の延期、「桜を見る会」への追求……など、本当に話題が豊富でしたね。
安住 そうですね。長期政権の中での不正、官僚のだらけた仕事ぶりが表面化し、不祥事の続くにぎやかな国会でした。その分、外交問題、社会保障の問題など、本来ゆっくりと腰を落ち着けて論議するべき政策に向き合いきれなかったのかなと思いますね。
井上 私も委員会や本会議を傍聴していて、野党には不祥事の追及もしてもらいたいけど、でも、政策論議も深めてもらいたいなとモヤモヤしていました。やっぱり2つのバランスを取るのは難しいものですか?
安住 本当にそのとおりですね。ただ、政策論議に関して言うと、今国会で野党がこだわったのは安倍政権が進めていた大学入試改革です。これは野党が問題を提起し、英語の民間試験の活用は延期になり、国語と数学の記述問題の導入も見送りになりました。
井上 そこは、現役の受験生ではないですけど私も気になっていました。
安住 これまで大学入試センターが大学入試の主な部分を担当してきました。安倍政権はそれを改革しようと、今の高校2年生が大学受験をするタイミングから、民間業者に試験を委託するという話になっていたわけです。
井上 そうですよね。
安住 ただ、民間企業は公共性よりも利益追求を重視します。
井上 私は高校時代、栃木県の益子町に住んでいて、高校で英検を受けることが必須でした。会場は同じ栃木県内の宇都宮市で、クルマで片道1時間ちょっと。それでも「大変だな」とボヤいていましたけど……、鹿児島県の学生は福岡まで行かなくちゃいけないんですか!?
安住 高知県の学生も、選ぶ試験によっては広島市に行かなくてはいけないんですよ。規制緩和、民間委託。言葉の耳心地はいいですけど、本来、国が守らなくてはいけない公平なルール、平等な権利が失われてしまうのは違いますよね。生まれた場所やお金のあるなしに関係なく、平等に受けられる試験だったものが、金持ちの子弟や都市部の学生に有利で、そうでない人はそれなりに、となっていくのは絶対に許せなかった。その思いを強く持つ高校生たちからもたくさんのメールが来ました。また、これは私も初めての経験でしたが、野党の事務室に連日、5人、10人と首都圏近郊の高校生が来てくれたんですよ。
井上 それは政治に関心の高い若い人ですか?
安住 必ずしもそうではないと思います。当事者として大学入試改革の問題について自分の思いを伝えたい高校生が訪ねてきて、彼らが「国会議員が会ってくれた」とSNSに書くことでさらに会いに来てくれる若い人が増えていった。
井上 安住さんはどんな学生だったんですか? 早稲田大学の(多くの政治家を輩出した)雄弁会に所属されていたということは、もともと政治に関心が?
安住 もちろん、政治への関心はありました。ただ、僕が大学に入ったのは昭和56年だからね。40年近く前。学生運動の名残もあったし、今と比べれば政治に関心を持つ学生の割合は高かったと思います。
井上 政治家になりたい思いはあったんですか?
安住 うーん、それよりマスコミに行きたかったな。
井上 そうだったんですね。学生時代はモテましたか?
安住 全然(笑)。井上さんは想像がつかないかもしれないけど、私が通った高校は男子校で、先生にも女性がいないんだから。
井上 え!? そんなことってあるんですか?
安住 旧制中学時代から続く男子校で田舎の県立高校だとね、そういうこともあったんですよ。その後に進んだ早稲田大学で入った語学のクラスは、40人のうち女性は2人。
井上 そうなんですね。
安住 そのとき大問題になったのが、トイレ。官邸の記者クラブのあった記者会館には女性用トイレがなかったんです。
井上 え~! オフィスなのに?
安住 そう。どうするんだ? 作るのかって大騒ぎ。そもそも夏場の記者クラブの中は、男性記者がステテコ1枚、ランニングシャツでソファに寝っ転がって団扇をパタパタしているみたいなところでしたから。そこに女性記者を迎え入れるのに、相当の抵抗がありました。
井上 今とは大違いですね。
安住 そうですね。今は半分近くが女性記者になったと聞いているけど、私はそんな時代で10代、20代を過ごしたからね。話を戻すと、モテるわけがないんだよ(笑)。出会いがないから。今、世の中にある男女同居のシェアハウスなんて、私の人生にはない世界の話。コペルニクス的な出来事だよね。
井上 入居できるならしてみたいですか?
安住 無理無理。普段から女性の記者さんやスタッフ、職員の人と接するときは発言に気を付けているくらいだから。一緒に住んだりしたら気が休まらないと思う(笑)。
井上 気を付けているというのは、セクハラ的なことですか?
安住 いや、セクハラはしない自信があるけど、言葉遣いが荒いからね。記者時代、駆け出しの頃は地方の警察担当で、扱う事件は強盗殺人、汚職、窃盗、マル暴、放火。
井上 もちろんです(笑)。お話を聞いていて、NHKの報道記者は希望どおりの就職だったわけですよね。その仕事を辞めて選挙に出たのはどうしてなんですか?
安住 政治部記者として総理官邸や自民党、文部省などを取材していくうち、だんだん自分が評論家みたいなことばっかり書いたり、言ったりするようになっていたわけですよ。でもね、そうやって批判しても現実はいつまでたっても変わらない。だったら、自分でやってみようと思った。単純かもしれないけど、それが動機です。本当に。
井上 そうなんですか。
安住 あとはね、生意気な話、早稲田出身、NHKの記者という肩書がなくなって裸になったとき、どんな評価をされるかなとも思っていた。だから、選挙はそれを試す一番の機会かな、と。
井上 怖さはありませんでしたか?
安住 ありましたよ。落ちたら食いっぱぐれるわけだから。最終的な決め手は、若かったからでしょうね。30歳で、怖いもの知らずだった。
井上 周りからの反対は?
安住 それももちろんありました。でも、全部無視しました。だってね、私の人生だから。他の誰でもなく、自分が生きていくんだから。
井上 今、私はいろいろ悩んでいるんです。安住さんにとって、人生において大切なことって何ですか?
安住 出会いですね。
井上 出会い?
安住 もちろん、人との、だよ。人間との出会いが大事。老若男女いろんな人と出会うから面白いんですよ。そこで、どういうふうにつながっていくか。政治の世界はなおさらです。井上さんは今20歳だっけ?
井上 はい。この間なりました。
安住 若いときって、いろいろ人生の計画を立てると思うんだ。でもね、実際はそう思うようにいきませんから。
井上 そういうものですか。
安住 そういうものです。だから、はじめからベストを尽くすこと。そうすると、いい人との出会いもやってくると思います。
井上 私は変化すること、しないことどちらも怖いと感じてしまうんですけど、それはどうですか?
安住 1つ言えるのは、人間って一カ所にとどまっていられないんですよ。
井上 変化するし、変化しないことはないってことですか?
安住 そう。社会も同じで、「爆走する列車だ」と誰かが喩えていたけど、本当にね、一瞬たりとも一カ所にとどまっていられない。だから、逆に変わらずに1000年単位で佇んでいる法隆寺のような神社仏閣には価値があるじゃないですか。
井上 法隆寺? 佇む? 価値?
安住 我々、今を生きている人間、過去生きてきた人間はみんなね、前に進むしかないんですよ。今、この部屋にいる私たちも、読者の皆さんも、刻一刻と人生の終わりに向かって爆走しているわけです。その中で、世の中も少しずつ変わっていく。ところが、法隆寺のような仏閣は佇んでいるんです。戦乱の世も、昭和の戦争の時代も見てきた。だから、価値がある。でも、人間は一カ所に佇むことができない。特に20代から30代はさまざまな出会いがあって、誰もが思いもよらない道に行くんですよ。
井上 人生も世の中も変わっていくのが当たり前なんですね。
安住 その変化をできるだけいい方向に向かわせるのが、政治家の仕事。そして、その仕事は国民の未来を拘束してしまうことがあるんですよ。
井上 拘束ですか?
安住 例えば、法律を作ることは、これから生まれる人たちに枷を課すとも言えます。税法を改めれば、それは明日生まれた子が20歳になったときにも影響を与える。だから、私は法案を審議するとき、未来の人たちはどう思うだろうか? と、いつも考える。その想像が大切な1つの判断基準になるんです。いつも未来を予測して、感じとること。それが政治家に欠かせない資質だと思っています。
「取材を終えて」~井上咲楽の感想~
解散が囁かれる中、次期国会はかなり重要視されています。野党の国対委員長として、バランスをとるための葛藤は常にあるということが、インタビュー中に伝わってきました。また、ユーモアにあふれる方で、すごい角度から笑いに持っていかれるのも印象的でした(笑)。昨今の議員さんのスキャンダルについて問うと「国民全員がカメラマンだと思っている」……この言葉、私も使わせてください!安住議員が <新たに選挙権を得た若い世代> に読んでほしい1冊

『塩狩峠』(三浦綾子 著/新潮社 刊)
『塩狩峠』は国鉄の運転士さんが主人公で、事故が起きたとき、自分の命を捨ててでもお客さんを守ろうとする物語なんです。そこには生々しい葛藤があり、それでも第三者への愛や善意を貫き通した人間の美しさが書かれた小説です。最近は、厄介事が起きているのを見てもやり過ごした方が賢いという風潮があります。対応は公的機関に任せればいい、と。でも、それはいい社会じゃないんです。古い本ですが、若い人にぜひ読んでもらいたい。
▽井上咲楽(いのうえ・さくら)
1999年10月2日生まれ、栃木県出身。A型。現在は『アッコにおまかせ』(TBS)などバラエティ番組を中心に活躍。
Twitter:@bling2sakura
▽安住淳(あずみ・じゅん)
1962年1月17日生まれ、宮城県出身。立憲民主党所属の衆議院議員。1996年に初当選。民主党政権時代は財務大臣などを歴任、現在は立憲民主党国会対策委員長を務める。
(『月刊エンタメ』2020年2月号掲載、文/佐口賢作)