【写真】『聖なるイチジクの種』場面写真【9点】
イランとアメリカといえば、仲が良くないイメージがあるかもしれないが、それは国や政府同士の問題であって、若者たちの宗教離れも進んでいる。
だからこそ、そもそもビジャブという文化そのものが必要ない、信仰も解釈も人それぞれだから、極端にしなくてもいいという意見が飛び交い、SNSを通じて集まった人々によるデモ活動が日常的に行われている。
しかし、その状況をイラン政府は良いものと思ってはいない。そもそもイスラム教が国を構築しているのだから、女性はビジャブを着用するものだという固定概念を変えないし、変えるわけにはいかないのだ。
そんななかで、女性の権利をめぐる抗議デモに参加していた16歳の少女ニカ・シャカラミと、22歳のマフサ・アミニの不審死によって、改めてイランだけではなく、理不尽な状況下で生きる女性たちの声に世界が耳を傾けはじめた。この事件は、日本でも大きく報道され、議論されたこともあり、知っている人も多いはず。
第37回東京国際映画祭で上映された、イランで暮らしながらプロのムエタイ選手を目指す少女を描いた『マイデゴル』。現代に生きる少女たちは、アメリカ文化が大好きで、外出の際はビジャブで隠しつつも、おしゃれは欠かさないし、顔の出ている部分には化粧をしたり、髪の毛をギリキリのラインで出してみるといった様子が映し出されていた。近年、こういったZ世代の視点から描かれた作品が増えてきている。
音楽でいえば、イランポップ(ペルシャポップ)は、非常に現代的。ロックやヒップホップもあって、他国とそれほど変わらない。
さて、映画『聖なるイチジクの種』は、昨今のイランを巡る問題を描いている。国家公務に従事する一家の主であり、愛国心が評価され予審判事に昇進したイマンと、その家族の物語を描いたタイムリーな作品だ。抗議デモや治安部隊による過剰な鎮圧などの実際の映像も多数使用されている。
予審判事といっても、仕事内容は、反政府デモの逮捕者に不当な刑罰を下すこと。当初は、未来ある若者に重すぎる刑罰を下すことに葛藤していたイマン。家庭では、妻とふたりの娘を愛している普通の父親であることから、自分の子どもたちとも重なる。しかし、時間が経つにつれ、歪んだ愛国心へと変化していってしまう。
一方、妻のナジメは、家族で平温で幸せに暮らしたいという願いが強く、政府とか、反政府とかに極力関わりたくないため、「そういうものだから」と周りや自分自身に言い聞かせてきた。これは人権問題を先延ばしにしてきたイランの中間世代を象徴しているともいえる。しかし、ふたりの娘は、日常にあふれる抗議デモ、自己主張する人々に感化されていく、現代女性そのものだ。
そして、政府から護身用に渡されていた銃が家で紛失したことがきっかけとなり、イラン政府によって植え付けられた歪んだ愛国心と、家族愛。どちらがイマンのなかの人間性を構成しているかが試される事態へと発展していく。
そんな内容からわかる通り、今作は、政府批判というか、イランという国の構造そのものにメスを入れた冒険的作品である。
そのため、第77回カンヌ国際映画祭に選出されたことを知ったイラン政府は、モハマド・ラスロフ監督に有罪判決を言い渡し、出国を禁止したほど。それ以前にも、何度か投獄経験があり、命を狙わることもあるラスロフ監督が、なぜそこまでイランの実態を伝えようとするかというと、それは国民の自由のために、常に闘っているからだ。
イランだから~と、極端な国の問題だと思うかもしれないが、今作で描かれている自己表現への抑圧や世代間思想の違いによる家庭内分断は、どこの国にも共通するものではないだろうか。自分だったら、どうするかを考えながら観てもらいたい。
【ストーリー】
国家公務に従事する一家の主・イマンは 20 年間にわたる勤勉さと愛国心を買われ夢にまで見た予審判事に昇進。しかし業務は、反政府デモ逮捕者に不当な刑罰を課すための国家の下働きだった。報復の危険が付きまとうため国から家族を守る護身用の銃が支給される。しかしある日、家庭内から銃が消えた……。最初はイマンの不始末による紛失だと思われたが、次第に疑いの目は、妻・ナジメ、姉のレズワン、妹・サナの 3 人に向けられる。誰が?何のために? 捜索が進むにつれ互いの疑心暗⻤が家庭を支配する。
【クレジット】
監督・脚本:モハマド・ラスロフ
出演:ミシャク・ザラ、ソヘイラ・ゴレスターニ、マフサ・ロスタミ、セターレ・マレキほか
2024 年/フランス・ドイツ・イラン/167 分
配給:ギャガ
(C)Films Boutique
2025 年 2 月 14 日(金)公開
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