【写真】何かを掴めば、何かがこぼれてしまう…『エミリア・ペレス』場面写真【3点】
〇ストーリー
弁護士リタは、メキシコの麻薬王マニタスから「女性としての新たな人生を用意してほしい」という極秘の依頼を受ける。リタの完璧な計画により、マニタスは姿を消すことに成功。数年後、イギリスに移住し新生活を送るリタの前に現れたのは、新しい存在として生きるエミリア・ペレスだった。過去と現在、罪と救済、愛と憎しみが交錯する中、運命は思わぬ方向へと大きく動き出す……。
〇おすすめポイント
第97回アカデミー賞にて作品賞、監督賞、主演女優賞、助演女優賞ほか12部門13ノミネートを果たし、候補作品の中で、最多ノミネート。さらに非英語映画としては、歴代最多ノミネートという快挙を達成。
そんな今作は、アカデミー賞や他の映画賞はもちろん、日本でも横浜フランス映画祭でも監督ジャック・オーディアールが来日を果たし話題となった。ところが、メキシコを舞台としているのに、フランス映画?と思った人も多いのではないだろうか。実はそこに炎上騒動の理由がある。
メキシコが舞台でありながら、主演カルラ・ソフィア・ガスコンがメキシコ人ではないこと、さらには監督がフランス人のジャック・オーディアールであることから、メキシコ描写がステレオタイプすぎると、メキシコの一部ユーザーからは白い目で見られてしまった。さらにカルラの差別発言騒動などもあったりで、別の意味で話題の作品に。
今までにも『パリ13区』(2021)や『ディーパンの闘い』(2015)といった作品で、斬新な視点と切り口で物事を描いてきたジャック・オーディアールが監督を務めているということもあり、一筋縄ではいかないだろうというのは想像できるかもしれないが、ジャックの作品のなかでも、これまで以上に斬新な構成の作品となっている。つまり、観ないという選択は、非常に勿体ない。間違いなく名作だ。
ジャンルとしては、ミュージカルというよりは、オペラとミュージカルの中間のようなもの。あえて言うなら”ソフトオペラ”(内容は決してソフトではないが)と言うべきだろうか。心の声と感情の高ぶりによって歌唱シーンに切り替わるのだが、そのタイミングというのが不規則。ポップなものもあれば、会話のような曲もあったりと、スタイルも様々。
人の選択には、救われる者と同時に傷つく者もいる。右手で何を掴めば、左手から何かがこぼれてしまう……。そういったサイクルを繰り返しながら人生は進んでいくものだが、マニタスことエミリア・ペレス(カルラ・ソフィア・ガスコン)の場合は、死を偽装し、性別適合手術をしたことで、妻とふたりの子どもとの関係を失うことになってしまう。
ところが、どうしても会いたくなってしまい、正体を隠し、女性の身内として子どもたちを近くから見守る選択をする。目の前にいるのは、自分の妻と子、自分を自分と言えないことから、性別は望んでいたものになったはずなのに、自分ではない人生を生きているような矛盾に悩む日々。
その手助けをしたリタ(ゾーイ・サルダナ)の場合も、弁護士という仕事が、ただ日々の業務をこなすだけの仕事になってしまっていたが、マニタスと出会ったことで、生活に潤いをもたらすことができた一方で、より一層、弁護士は何をするべき職業なのかがわからなくなってしまう。かと言って、過去の退屈な自分に戻ることは違う。
さらにドラマ「ウェイバリー通りのウィザードたち」シリーズなどへの出演がきっかけで、ディズニーアイドルとして、ティーンのポップアイコンとして人気となったセレーナ・ゴメスだが、近年は味わい深い女優としての地位を築きはじめている。そんなセレーナが演じるマニタスの妻ジェシーも自分の居るべき場所がどこなのかわからなくなっている。
今作に登場するキャラクターは、誰もが、手探りで自分のあるべき姿、居るべき場所を模索し続けている。掴もうとしているものが、本当に求めているものなのかを自問自答しながら……。
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〇作品情報
監督・脚本:ジャック・オーディアール
出演:ゾーイ・サルダナ、カルラ・ソフィア・ガスコン、セレーナ・ゴメス、アドリアーナ・パスほか
制作:サンローラン プロダクション by アンソニー・ヴァカレロ
配給:ギャガ
3月28日(金)新宿ピカデリーほか全国公開
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