芸能活動とプロボディボーダーの二刀流で活動している白波瀬海来。フリーペーパー『千葉美少女図鑑』への掲載をきっかけに芸能界入りし、高校生時代は俳優として活動していた。
2020年からはグラビアデビューも果たし、ボディボードによって鍛えられた肉体美で話題となった。フリーランス時代は仕事量の減少や金銭的に苦しんだというが、二足のわらじを履いたことで助けられた部分もあったという。インタビュー前編では、芸能界デビュー時から今に至るまでを振り返ってもらった(前後編の前編)。

【写真】グラビアも話題に、白波瀬海来さんの撮り下ろしカット【8点】

――『千葉美少女図鑑』への掲載を機に芸能界入りされたそうですが、なぜ掲載されることになったんですか?

白波瀬 小さいときから水泳を習っていて、11、12歳のときはオリンピック強化選手に選ばれて練習していました。ただ、当時は伸び悩んでいて全国大会に出られるかどうかの瀬戸際にいたんです。そんなときに「勇気づけられるものがあったら」ということで、お父さんが応募してくれました。

――すてきなお父さんですね。芸能活動と水泳は両立されていたんですか?

白波瀬 「もう1回全国大会に出たい。優勝したい」という気持ちで水泳は続けていました。それに、勉強ができなかったのでやめられなかった部分もあります(笑)。

――勉強はできなかったと。

白波瀬 学校内でワースト1、2くらいでした。
(芸能活動で)学校に行けてなかったのもありますが、そもそも勉強はやる気がなかったです。中学まではちゃんとやっていたんですけど、高校デビューしちゃいまして(笑)。元々「大学は行かなくていい」という考えだったので、なおさらでしたね。

――学校にはどれくらい行けてなかったんですか?

白波瀬 3ヶ月くらい行けてなかったです。最初に受けたオーディションは『セシウムと少女』という主演映画だったんですけど、実家から阿佐ヶ谷まで毎日始発で行って、終電で帰る生活だったので、学校に行ける状態ではなかったんです。でも、そのときに大変な思いをできたのは、今に生きていると思います。

――かなりハードな生活だったんですね。たまに学校にいったときは目立ったんじゃないですか?

白波瀬 題名をいじられたり、役名で呼ばれたりしていたのである意味目立っていました(笑)。でも、目立っているからこそいじってくれるんだろうなと、うれしかったですし楽しかったです。

――それだけ目立った存在だと、モテたのでは? 当時、恋愛は?

白波瀬 めちゃくちゃしていました(笑)。恋愛していた方が頑張って学校に行こうってなりますし、1人っ子でお父さんとお母さんが家にいない状態で甘えられる存在がほしかったので。

――今はプロボディボーダーとして海外遠征もされていますが、海外でもモテるんじゃないですか?

白波瀬 そうですね。
でも、恋の波には乗れてないです(笑)。アプローチはものすごいのですが、言葉が通じず何を言っているのか分からなくて。今になって、英語だけは勉強しておけばよかったなって後悔しています。

――高校生のときは俳優として映画2作品で主演を務められていましたが、その後はどういった活動をされていたのでしょう。

白波瀬 最初の事務所は20歳で退所して、その後2年間はフリーランスとして活動していましたが、仕事はなかったですね。フリーランスは信用がなくてそもそも相手にしてもらえなかったんです。オーディションは書類選考で落とされることがほとんどだったのですごくきつかったですね。今はYouTubeやTikTokなどいろいろと売り込む方法がありますが、当時はあまりなかったので、地方のテレビ番組に出演したり、地道に活動していました。

――生計はどのように立てられていたんですか?

白波瀬 ハワイアンカフェ&バーでバイトしていました。朝からランチタイムまで入ってお昼休憩、その後のディナーまで勤務、といった感じでがっつりシフトに入っていましたね。20歳からの2年間はずっとバイトしていました。

――厳しいときもあったんですね。
現在の事務所に所属し、2020年にはグラビアデビューを果たされました。

白波瀬 22歳のときでしたが、当時はコロナ禍で撮影も難しい状況でした。いろいろと動きにくかったんですけど、そんな中でもなんとか撮影させていただいたことを覚えています。

――水泳、ボディボードで水着になることも多かったと思います。グラビアでの水着に戸惑いはなかったですか?

白波瀬 なかったです。でも、撮影を重ねるにつれて「布面積どうなってんの!? こんな水着あるの!?」という変形水着になってきてからはちょっと恥ずかしかったです。あと、ランジェリー撮影も恥ずかしい気持ちがありました。

――通常の形じゃない水着は恥ずかしかったと。

白波瀬 はい。でも、めっちゃ日焼けして目立っていたこともあって、変形水着の写真が1度話題になったんです。反響があったのでやってよかったなと思います。何事もチャレンジすることが大事ですね。


――日焼けが目立ったとのことですが、そのほかグラビアにおけるご自身の強みはなんだと思いますか?

白波瀬 ボディボードです。グラビアだけだと絶対に見てもらえていなかったので、やっぱり二刀流っていうところが大きいと思います。グラビアをやったことで、ボディボードの方も注目されるようになったので、すごくよかったです。

▽白波瀬 海来(しらはせ・かいら)
1997年9月27日生まれ。『千葉美少女図鑑』をきっかけに芸能界入り。映画『セシウムと少女』(2015)『写真甲子園 0.5秒の夏』(2017)で主演を務める。2021年にはボディーボードのプロ資格を取得。2023年にポルトガルで行われた世界大会に日本代表として出場し、自己最高の3位に。

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【後編はこちらから】プロボディボーダー白波瀬海来「水着には慣れていたけどグラビアの変形水着は恥ずかしかった」
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