NHKドラマ10で放送中の『しあわせは食べて寝て待て』(NHK総合、火曜午後10時)が静かな話題を呼んでいる。病を抱えながらも丁寧に日常を生きる独身女性の姿が、多くの共感を集めているのだ。
かつてはキャリア志向の“強い女”が定番だった独身女性ヒロイン像は、いまどのように変化しているのか──。

【写真】熱狂的なファンを生み出し続けている『しあわせは食べて寝て待て』場面カット【4点】

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一昔前、ドラマの独身女性ヒロインは華やかな見た目で、周囲を巻き込む力もある高キャリア女性が主流だった。しかし、近年、社会の中でひっそり暮らす独身女性をヒロインとした作品がNHKを中心に増えている。現在放送中の『しあわせは食べて寝て待て』(NHK総合)のさとこ(桜井ユキ)、昨年の夏に放送された『燕は戻ってこない』(NHK総合)のリキ(石橋静河)は、15年ほど前であればヒロインには選ばれなかった女性であろう。

15~20年前の連続ドラマでは、独身女性のヒロインといえば仕事に情熱を注ぐ女性であった。例えば、2008年放送の『Around40 ~注文の多いオンナたち~』(TBS系)のヒロイン・聡子(天海祐希)は年下の臨床心理士・恵太朗(藤木直人)に恋心を抱くものの、彼と一緒になる道ではなく、医師として夢を叶える道を選んだ。また、2012年からスタートした人気シリーズ『最後から二番目の恋』(フジテレビ系)のヒロイン・千明(小泉今日子)はテレビ局勤務の敏腕プロデューサーであり、鎌倉の古民家を購入できるほどの稼ぎがある。

1960年代後半に生まれた天海と小泉は同世代だ。この世代は母親世代に比べて女性を家庭に押し込む風潮が薄れ、仕事で能力を発揮する自立した女性が少なからず存在する。さらに、40代以上の女性の未婚率が1割を超えて間もない世代でもある。

言うまでもないが、当時もすべての独身女性がキャリアウーマンではなかった。それにもかかわらず、普通の主婦がヒロインのドラマは多いのに、キャリアウーマンではない独身女性がヒロインの作品が制作されることは長らくほとんどなかった。


近年は、人は共感できるコンテンツを好む傾向にある。例えば、ファッション雑誌では平均的な給与の女性に手が届きやすい商品が多く掲載されている一方、ハイブランドの特集は一部の雑誌を除いて見かけなくなった。こうした時代思潮はドラマにもうかがえる。

現在放送中の『しあわせは食べて寝て待て』のヒロイン・さとこの状況に共感する独身女性は少なくないだろう。さとこは38歳、独身。健康に問題ないように見えるが、膠原病を抱えており、週に4日しか働けない。現代社会では自活するには週5日・8時間労働必須という雰囲気がある。しかし、さとこのように病気を理由にフルタイムで働けない人もいれば、正社員としての勤務が何らかの事情で難しい人もいる。本作は膠原病への理解を視聴者にさりげなく促すだけでなく、大半の人が自然にできることでも、難しいと感じる人がいることを優しく伝えていると思う。

また、給与の範囲内で工夫を凝らしながら暮らすさとこに共感する視聴者は、雇用形態を問わず多いはずだ。2話では、さとこは電球が切れて買い替えが必要になり、肩を落としていたが、筆者はその気持ちに共感した。正直、1000円前後の消耗品の支出がキツイと感じることもある...。


同放送回で、さとこはお目当てのトウモロコシをスーパーで見つけて喜んだのも束の間、358円という価格に戸惑い、購入を控えていた。さとこは「薬膳にも お金がかかる…」とつぶやいていたが、健康な食生活を続けるには平均以上の収入が必要だと感じる。筆者は薬膳を取り入れていないものの、一日に何種類もの野菜や果物を摂りたいと考えている。とはいえ、スーパーで野菜をあれこれカゴに入れたものの、合計金額が気になり、一部の野菜を棚に戻すことが少なくない。

また、昨年の夏に放送された『燕は戻ってこない』においても独身女性の苦悩が描かれていた。リキが代理母出産を決意したことへの賛否はさておき、フルタイムで真面目に働いても、手取り14万円前後の世界が現実にも存在する。また、手取りがリキより多少多くても、値段が高く、腹持ちの悪いサラダよりも炭水化物を昼食に選ばざるを得ない人は多い。

リキのような暮らしを営む女性に対し、“東京にこだわらず実家に帰ればいいのに” “給与が高い仕事はいくらでもある”という声もあるが、筆者はこうした意見に必ずしも賛同できない。実家に頼れない、転職が難しいなどの事情を抱えているケースもあるからだ。

近年、NHKは必死にもがく独身女性がヒロインの作品を多く制作している。視聴者はヒロインのすべてに共感しなくても、ヒロインの何気ない行動やさりげない一言に頷ける。NHKはドラマを通して現代を生きる多くの独身女性の現状を“報道”しているといっても過言ではないだろう。
女性を悩ます問題として、妊娠・出産や子育てばかりが注目されがちだが、厳しい状況にある独身女性の存在も忘れず想起させてくれる。

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