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同じく東京に住んでいるはずなのに...私とは違う世界で生きるヒロインたちいつの時代においても、東京は憧れの場所だ。上京すれば、きっと何かがある、何かが起こる、と期待してしまうとでもいうのだろうか。
2000年に放送された『やまとなでしこ』(フジテレビ系)の桜子(松嶋菜々子)は玉の輿を夢見ながらも、都会ライフをファッショナブルに楽しむヒロインだ。お金持ちの男性と結婚するために客室乗務員となり、都心で奮闘している。なお、実家は富山県で漁業を営んでいるが、出自を嫌っている。桜子や彼女の周囲の女性たちのファッションはハイセンスであり、ロケ地も代官山を中心に洗練されたスポットが多い。視聴者は桜子のようにロマンティックな夢を描き、“この世界にも希望があるかも”なんて思えたりする。
また、1stシーズンが2006年に放送された『BOSS』(フジテレビ系)は日本の中央省庁が集まる霞が関やシックなバーなど、東京らしい魅力あふれるロケ地が多く、都会的な雰囲気を楽しめる刑事ドラマだ。ヒロインの絵里子(天海祐希)は特別犯罪対策室の室長を務めるキャリアウーマンで、長い髪をなびかせて働く姿は華やかでクールだ。また、絵里子の相手役はイケメン俳優の竹野内豊が扮する警視庁のキャリア・信次郎である。二人の友だち以上恋人未満の関係にキュンとした視聴者は多いはずだ。
その他にも、第1シーズンが2012年に放送され、現在は第3シーズンが放送中の『最後から二番目の恋』(フジテレビ系)におけるヒロインの千明(小泉今日子)も都会ライフを楽しむ女性だ。長野県で過ごした幼少期の思い出を胸に留めつつも、東京でさまざまな刺激を浴び、人生を謳歌している。キョンキョン世代の視聴者は千明の年相応の悩みや愚痴に共感しつつも経済力もあり、おしゃれな洋服を着こなす彼女は、どこか遠い存在に感じられるかもしれない。
東京でクールに生きる女性がヒロインのこれらの作品を見ていると、ドラマと現実の違いを分かっていても、“東京に行けばステキな私になれそう”と儚い期待を抱く。また、松嶋や天海といった堂々たる長身の美人、“なんてったってアイドル”の小泉がキャリアウーマンを演じる姿も、視聴者がヒロインに夢を見るゆえんだと思う。
筆者は2023年に放送された『東京貧困女子。-貧困なんて他人事だと思ってた-』(WOWO)の放送に衝撃を受けた。東京の陰の部分を写実的に描いた作品はこれまでなかったからだ。
本作のヒロイン・摩子(趣里)は経済誌の契約編集者として働き、取材を通して奨学金を借りている大学生や家族の介護で貧困に陥った女性などに出会う。そして、摩子自身も貧困と隣り合わせの状況だ。
本放送の1話では、摩子は友人と訪れたレストランでメニューのほとんどが3000円近いことに驚き、友人の華やかなアクセサリーに羨ましさを感じていた。スーツ姿で知的労働に従事している人を見ると、経済的に恵まれているという先入観を抱きがちだが、実際は必ずしもそうではない。
本作の翌年、派遣社員のリキ(石橋静河)がヒロインを務める『燕は戻ってこない』(NHK)が放送された。多くの女性にとって代理出産は現実的ではないものの、リキを取り巻く状況はリアリティがある。住民トラブルに遭っても経済的な理由で引っ越せない、コンビニでは価格を優先して炭水化物を選ぶ、親族の葬儀に帰省費用がネックで参列を諦めざるを得ない―こうした経験に心当たりのある人は多いだろう。
また、近年のヒロインの中には、2024年に放送された『団地のふたり』(NHK)における野枝(小泉今日子)と奈津子(小林聡美)、5月まで放送されていた『しあわせは食べて寝て待て』におけるさとこ(桜井ユキ)といった団地住まいの女性もいる。
特に、筆者は『団地のふたり』は現代の単身女性をリアルに描いており興味深く思った。50代の野枝と奈津子は実家暮らしで、行動範囲は自宅を中心とする狭い範囲だ。また、二人の一週間における娯楽関係の支出といえば、駄菓子、ホットケーキ、フルーツサンド、釣り堀30分の代金などささやかなものばかり。実際のところ、東京で暮らす女性の多くが支出や行動パターンは野枝や奈津子とそれほど変わらないだろう。東京に住んでいても恵比寿や銀座などにほとんど行かない人は結構いる。
近年、視聴者はドラマを通して現実離れした華やかな日常を垣間見たり、美男美女の恋愛に胸をときめかせたりするよりも、ヒロインに共感性を求めている。こうしたことは、SNSにも見て取れる。
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